「……どうも、店長代理のマグダです」
「はぁぁあん! 今日のマグダたんは一段と天使ッスっ!」
陽だまり亭が、いつにもましてカオスだ。
いや、単純にアホ密度が高い。主にウーマロのせいで。
昨晩――
三十五区から戻った俺を迎えてくれたマグダとロレッタは、ジネットが帰らないことを知って非常に驚いていた。
それよりも俺が驚いたのは、マグダが拗ねたのだ。
『……店長がいないこんな陽だまり亭は……ポイズン』
『マグダっちょ! 店長さんがいないからこそ、あたしたちで盛り上げていこうって今日も言ってたじゃないですか!? 今こそ、成長した姿を見せる時ですよ!』
などと、ロレッタが懸命に慰めてくれたので事なきを得たのだが……
以前、マグダは言っていた。
『行く時は行くと言ってほしい』と。
……今回みたいに、帰ってくると思って待っていたのに帰ってこないってのが、マグダにとっては一番こたえるのかもしれないな。
ジネットが戻ってきたら、盛大に甘えさせてやるとしよう。
それまでは……
「マグダ店長代理。期間限定メニューの試作が出来ました。味見をお願いします」
「……うむ。持ってまいるがいい」
「はいっ、ただいまっ!」
がっちがちの縦社会風に言って、俺はマグダの前へ限定メニューを並べていく。
こうして、おだてて、乗せて、なんとか時間をやり過ごそう。
もっとも、マグダなら……『気を遣われているのが分かるから乗っているフリをしておくか』くらいのことは考えていそうだけどな。
「マグダっちょ! 今日の陽だまり亭はいつもとちょっと違うです! なんとなくワイルドなテイストでいくです!」
ジネットが戻るまで陽だまり亭に泊まり込むと言ってくれたロレッタ。
そして、ジネットの不在を乗り切るために心強い助っ人が集まってくれた。
「んなぁぁあっ! すげぇいい匂いだなぁ! あたいも早く味見してぇよぉ!」
「ちょっと落ち着くさね。店長代理の後で好きなだけ食べればいいさよ」
「いや、好きなだけはダメだと思うッスよ……」
ウェイトレス姿のデリアにノーマ。そして、新しく作った男性用エプロンを身に着けたウーマロだ。
このエプロンは、俺がデザインしてジネットが縫ってくれたもので、今後何かとこき使…………手伝いを頼むであろうウーマロやベッコに着せるためのものだ。
早速役立って、エプロンもウーマロも大喜びをしていることだろう。
「美味さ引き立つ、付け合わせやー!」
一人遅れて、ハム摩呂が厨房から出てくる。
手には、青ノリや鰹節、そして紅ショウガが載ったお盆を持っている。
「よし。そこに置いておいてくれ、ハム摩呂」
「はむまろ?」
お前のことだよ。
「んじゃ、ちょっと手伝ってくれウーマロ」
「オイラッスか?」
「お前以外いないだろー、ウ~マロー!」
「呼び捨てにするなッス、ハム摩呂!」
「はむまろ?」
やいやいやかましい男連中を率いて、俺は鉄板の準備を始める。
「……これは未完成?」
マグダが、自分の目の前に並んだ料理を指さして言う。
「いや。それは厨房で作ってきたやつで、もう完成している。食っていいぞ。これから作るのは、客に提供するスタイルでの実演だ」
祭りの時に使用した平らで広い鉄板と、その前後で作ってもらったたくさんのくぼみがある鉄板。こいつを使って作るのは、そう、お好み焼きとたこ焼き。あと焼きそばだ。
「あぁっ! ソースの香りが堪んねぇな! ヤシロ! まだ食ってないけど、おかわりだっ!」
気が早過ぎるデリアは盛大に腹の虫を鳴かせている。
そして本人は、ちょっと泣いている。
「今焼くから、ちょっと待ってろ」
「……ヤシロ」
「ん?」
あと二十分くらいの間、どうやってデリアを黙らせておくか……そんなことを考えていると、マグダが俺の名を呼んだ。
目の前の料理には手をつけず、ジッと、表情のない半眼で見つめてくる。
「……今から、焼くの?」
「え? あぁ。ここにいるメンバーに焼き方とか教えつつな」
「……デリア」
今度はデリアを呼び、そして、手つかずの皿をすすすっとテーブルの上で滑らせる。
「……デリアに進呈する」
「えっ!? い、いいのか!?」
「……冷めないうちに食べるべき」
「そ、そうだよな! 折角だもんな!」
チラッチラッと俺を見るデリア。
そうかそうか。もう我慢の限界か……しょうがねぇな。
「食っていいぞ」
「やったぁ! いただきますっ!」
デリアがお好み焼きに食らいつく。
……熱くないのかな?
「よかったのか?」
「……店長代理としては」
静かな視線が俺を見つめる。
「……お客様に出す物と同じ製法で作られたものをきちんと味見するべきと判断した」
「ほぅ、それは偉いな」
実に感心な意見だ。
口の端からよだれさえ垂れていなければな。
要するに、今から焼くのが楽しそうで、そっちを食べたいと思ったのだろう。みんなと一緒に。
まったく……寂しがり屋なんだから。
「じゃあ、ちょっと待ってろ。すぐに美味いヤツを焼いてやる」
「……マグダはエビが好き」
「はいはい」
「あ、あたいもおかわりなっ!」
「はいはい」
一人前ずつでは足りないようで、デリアが威勢よく手を上げる。
こいつ、大食い大会で大食い癖が付いたんじゃないだろうな。それなら仕方ない部分も………………って、いやいや、デリア全然食べてなかったじゃん、大食い大会!?
単なる食いしんぼうか。
まぁ、シラハに比べれば可愛いもんだ。
「では、私も三人前ほど」
「……なんでいるんだ、ベルティーナ」
「ジネットが留守だと聞いたもので」
あぁ、言ったさ。
今朝、寄付に行った時にな。
さすがに朝からお好み焼きは重いだろうと、朝はいろいろな味が楽しめるバラエティおにぎりにした。
汁物をマグダに任せて、俺とロレッタでひたすらおにぎりを握りまくった。
俺たち二人の口癖が「店長って偉大だなぁ」になった瞬間だ。
……五十人前って、相当きつい。
あ、ハムっ子が増えた分と、ベルティーナの胃袋がレベルアップしてしまった分を入れて、最近は五十人前必要なのだ。…………利益がどんどんのみ込まれていく。
で……
「あんだけ食ったのに、まだ食わせろってか?」
「お手伝いが出来れば、と、思いまして」
本当に手伝う気あるんだろうな?
試食以外の仕事もちゃんとやるんだろうな?
ベルティーナがウェイトレスをしたことはなかったから……やらせてみると意外と需要があるかもしれんな。
……ただ、ジネットがいない日に需要が増えるのは御免被りたいが。
「今日一日、私もお手伝いさせていただきます。日頃お世話になっている、せめてものお返しに」
「……では、大至急超ミニメイド服を発注してこなくては」
「待てマグダ! 今日に限り、無駄に需要を増やすのは遠慮してくれ」
死人が出る。
「……一理ある。今日はひっそり営業する所存」
「そんなこと、出来るんかいねぇ」
「まぁ、無理ッスね。陽だまり亭が特別なことをやり始めると、とりあえず覗きに来る人が多いッス」
「じゃんじゃん客を呼べばいいだろう? あたいは、どんな挑戦も受けて立つぜ!」
いやいや、デリア。
お前、客が増えるとテンパって、ほとんど捌けてないからな?
とにかく全力ダッシュする癖、なんとかしような?
「ヤシロさん。一つよろしいですか?」
「なんだ?」
穏やかな表情で、ベルティーナが小さく挙手をする。
いつもながら主張は控えめに。けれど、口にする言葉は的確なんだよなぁ。
「女性をイヤラシイ目線で見たいヤシロさんのお気持ちは分かりますが、私はシスターですので、露出は控えめでお願いしますね」
「最初の部分必要かなぁ!?」
そんな言うほど的確じゃないかもねっ!
そもそも、超ミニメイド服って言い出したのマグダだしね!
「だそうだ、マグダ。ベルティーナの服は控えめにな」
「……『ベルティーナの服は生地を控えめにな』? ……ヤシロは卑猥の権化」
「ちょっと待て。余計な単語が追加されてたな、今?」
「……ヤシロさん」
「困った子を見る目で俺を見るな、ベルティーナ!」
まったく、こいつらは……俺で遊びやがって。
「いい子にしないと、お好み焼き焼いてやらないぞ」
「すみません。卑猥な服を着ます」
「……すまない。卑猥な服を着せます」
「違う! そうじゃない! それじゃないんだ、俺の要求!」
「ヤシロ……あんたって男は……どこまでも突き抜けたヤツさねぇ……」
「ノーマ、ちゃんと見てた、ここまでの流れ!? なら、その評価はおかしいよね!?」
こいつらに構っていると俺が損をする。
さっさと試し焼きをして店を開けてしまおう。うん、そうしよう。
「ハム摩呂。鉄板に油を引いてくれ」
「素手で……?」
「違うよ!?」
手に油をつけて、熱した鉄板をダイレクトに撫でようとしていたハム摩呂を、光の速さで止める。
危ねぇっ!?
ちゃんと説明しなきゃ、何をしでかすか分かったもんじゃない。
「ちゃんと道具を使って油を塗るんだよ」
「道具?」
「使えるもんがそこらにあるだろう?」
「…………ウーマロ?」
「誰が道具ッスか!? あと呼び捨てにするなッス!」
「じゃあもう、油は危ないからウーマロやっとけ」
「分かったッス」
「ウーマロ、やっとけー」
「お前が言うなッス!」
「はわわー……あからさまな、格差社会やー」
ウーマロが鉄板に油を引いている間に、生地を用意する。
キャベツやエビなどの具材と生地を混ぜ合わせる。
「じゃあ、ハム摩呂。こいつを鉄板に流し込んでくれ。あ、道具を使ってな!」
「ウーマロ、やっとけー」
「いい度胸ッスね、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
と、なんだかんだとウーマロが大活躍でお好み焼きが焼き上がり、試食は無事終わる。
この試食の間に、ウーマロがお好み焼きをマスターしていた。これなら本番でも使えるだろう。うん、お好み焼きはウーマロに任せよう。
「ロレッタは、少しテクニックのいる焼きそばを担当してくれ」
「任せるです!」
ソースの分量を間違うとえらいことになるからな。基本が出来ているヤツに頼んでおく。
ロレッタなら、普通に作ってくれるだろう。普通に美味しい普通の焼きそばを。
「……マグダは?」
「お前には、特別な仕事がある」
そうして、俺はマグダにたこ焼きの焼き方を伝授する。
寂しくて拗ねていたマグダには、新しいことを覚えさせて、そっちに集中してもらう。
そうこうしているうちに、ジネットは帰ってくる。きっと、あっという間に感じるだろうよ。
「……こ、これは…………楽しいっ」
「おぉっ! 面白そうだな! あたいも! あたいもやりたい!」
「テクニックがいりそうだから、デリアには無理さね」
たこ焼きを千枚通しでくるくるとひっくり返す様に、一同は釘付けだった。
面白いよな、たこ焼き。完成形も可愛いし。
「……マグダはきっと、もうマスターしている」
「一回見ただけじゃねぇか」
「……やる」
「はぁぁん! 意欲に燃えるマグダたん、マジ天使ッス!」
「ウーマロ、お好み焼き焼けー」
「うっさいッスよ、ハム摩呂! あと呼び捨てにするなッス!」
「まっとうな、叱責やー!」
何度も失敗を繰り返し、マグダがたこ焼きをマスターした頃、陽だまり亭は開店時間を迎えた。
ジネットのいない陽だまり亭がオープンする。
「店長さんの下ごしらえすらない開店は、ちょっと緊張するです」
「大丈夫だよ、ロレッタ。ウチには、頼れる店長代理もいるしな」
「……大船に乗ったつもりでいるといい」
今日明日くらいなんとかなる。
まぁ、俺もいるし、なんとでも出来る。
緊張感は持ちつつも、俺は心配などしていなかった。
本日一日を共に戦う従業員たちと心を一つにして、店のドアを開く。
すると、試作段階からずっと漂っていたいい香りに誘われたのか、すでに数名が列を作っていた。
陽だまり亭の行列……またしてもジネットは見られず、か。
「お待たせしましたです! 陽だまり亭、開店です!」
ロレッタの声に、客は笑顔を見せ、順に店内へと入ってくる。
その日の陽だまり亭は、出足から上々の客入りで……ジネットの大切さが身に沁みた。
…………忙しいよぉ。休みたいよぉ…………
そうこうしているうちに太陽はてっぺんを過ぎ――午後のティータイムがやってくる。
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