異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

115話 四十区領主としての立場 -1-

公開日時: 2021年1月21日(木) 20:01
文字数:2,453

 四十一区とのいざこざがあった翌日、俺とエステラは四十区に向かって歩いていた。

 想像以上に早くアポイントが取れたことに、俺は正直驚いていたのだが……

 

「四十一区の通行税導入に関して、オジ様に相談をしようとしていたところに、向こうからコンタクトがあったんだよ。『話があるからすぐに来い』って」

「渡りに船だな」

「おそらく、通行税の話がオジ様の耳に入ったんだろうね。隣接する区だから何も告知しないわけにもいかないだろうし……」

「タイミングがいいのか……俺たちが動いたから話に行ったというか……」

 

 おそらく後者だろう。

 新制度の導入に関し、他者から情報が漏れたとなれば心象は悪い。

 そうなる前に自分から挨拶をしに行くのは当然の判断だ。特に、相手領の物流や経済に多大な影響を及ぼすような制度であるなら尚のこと。

 ……んだよ。フットワーク軽いんじゃねぇか、あの小物領主め。

 

「でも、オジ様の方からコンタクトがあったっていうことは、ボクたちのことを心配してくれているんだと思う。うまくいけば四十一区に圧力をかけられるかもしれない。四十区には木こりギルドもあるしね」

 

 全区を股にかける狩猟ギルド。その発言力は大きく、並みの領主では真っ向から意見できない。だが、四十区には木こりギルドがいる。狩猟ギルドに勝るとも劣らない発言力を持つギルドだ。

 エステラの言うように、うまくいけば対等な話し合いくらいは設けられるかもしれない。

 なんなら、海漁ギルドも仲間に引き込んでやるか。

 

「あれ?」

 

 不意にエステラが立ち止まる。

 四十二区の中央広場から延びる細い山道。大通りと対比して裏道と呼ばれる一.五車線程度の道の前方に、見慣れた大きな荷車が見えた。

 荷車には、大量の花が積まれている。

 

「お~い、ミリィ!」

「ぁ……えすてらさん。てんとうむしさんも」

 

 ミリィが荷車を曳いて裏道を歩いていた。どこかに荷物を届けに行く途中だろうか?

 

「ぁ……四十一区に、ごようじですか?」

「ううん。ボクたちは四十区だよ」

「たいへん……ですね」

「配達をしてるミリィに比べたら全然だよ。あ、そうだ」

 

 ポンと手を打ち、エステラは荷車の花を指さす。

 

「ねぇ、ミリィ。ここにある花、ちょっと売ってもらえないかな?」

「ぁ……ぅん、ぃいよ……花束にしてあげるね」

 

 エステラの申し出に、ミリィの表情がパアッと明るくなる。相当嬉しそうだ。

 

「オジ様に花を持っていこう。あぁ見えて、綺麗な花が大好きなんだよ、オジ様は」

「そうなのか?」

 

 見事にハゲ上がった、人懐っこい笑顔のオッサンの顔が思い浮かぶ。

 うん、別にいいよな。花好きと毛根の有無は関係ないもんな。

 

「オジ様が喜ぶ花にしよ~っと」

「ミリィ。育毛効果のある花はないのか?」

「ぅえ…………な、ない……かも」

「ヤシロ、余計な気の遣い方しなくていいから! ごめんね、ミリィ。ヤシロの言うことは気にしないで」

「ぅ……うん。気に、しない」

 

 なんだよ。実在したらめっちゃ喜ぶと思うぞ、育毛花。

 タンポポでも頭皮に植えておけば、秋頃にはみんな綿毛になって、アフロみたいな仕上がりになるだろう。

 

「ミリィ、タンポポを大量にくれないか?」

「ヤシロは黙ってて! タンポポアフロ大失敗事件は、オジ様の思い出したくないトラウマ事件簿ワーストファイブにランクインしてるんだから!」

 

 すでに実験済み!?

 

「ぁの……てんとうむしさんのは、みりぃが選んであげるね」

「ん……?」

 

 え、俺も買う流れなのコレ? タンポポは冗談だったんだけど……

 うん、どう考えても俺は必要ないな。エステラだけが買っておけばいいんだ、こんなもんは…………そんなキラキラした無邪気な目で見ないでくれるか……俺の心が浄化されちゃうから。

 

「じゃあ、お願いしようかな」

「ぅん!」

 

 あ~ぁ……笑顔に負けた。

 ミリィには勝てる気がしないな……レジーナだったらぶっ飛ばしてやるところなのに。

 

 結局、エステラはオレンジ色の温かみのある花を中心に、控えめながらも気分を明るくしてくれる花束を購入した。

 俺のはというと、桃色と白を基調としたなんとも可愛らしい花束で、片思い中の女の子にあげれば大喜びされそうな、そんな仕上がりになっていた。……あの、ミリィ? これ、ハゲ散らかしたオッサンにやる予定なんだけど……?

 

 花を贈り合う習慣の定着には、ミリィは大いに賛成らしく、お手頃な価格の花束をいくつも取り扱うようになっていた。そのせいか、最近売れ行きがいいらしい。この前、すごくにこにこしながら、そう教えてくれた。

 

「それじゃあ、みりぃ、こっちだから」

「あぁ。気を付けてな」

「お花、ありがとうね」

「ぅん……、ばいばーい!」

 

 大きな荷車を引きながら、ミリィがぶんぶんと手を振り遠ざかっていく。

 今日は「ばいばい」は一回だけだった。他所の区だから遠慮したのだろうか。

 

「それじゃ、ボクたちも行こうか」

「……この花、どうすっかなぁ」

「オジ様にあげるのが躊躇われるなら、好きな人にでもあげればいいんじゃないかな?」

 

 そんな相手がどこにいるんだよ。

 一体、誰にやれって…………う~っわ、何そのにこにこした顔?

 え、なに? ここで、「じゃあ、お前にやる」とか言えばいいの?

 その後どの面下げてデミリーに会いに行くんだよ?

 もじもじしながら深刻な話し合いなんか出来るか。却下だ却下。

 

「そうだな。デミリーのところで爆乳を惜しげもなくぶるんぶるんさせた絶世の美女との出会いがあるかもしれんしな」

「むぅ……オジ様のところにそんないかがわしい人がいたら、ボクはすごく複雑な気持ちになるよ……」

 

 デミリーは領主だぞ? やることはやってるさ、きっと。………………あのハゲ、なんて羨ましいことを……

 

「どこかに凸レンズはないか? ヤツの毛根を焼き払ってやらねば……っ!」

「君がこれから会いに行くのは領主なんだからね……失礼のないようにね!」

 

 何を今さら。

 一回おちょくり合えば、もはや友達だろうが。

 

 まぁ、四十一区の時とは違って、多少気楽にお邪魔させてもらえばいいだろう。

 

 ――なんて、甘い考えが吹っ飛ぶのは、それから間もなくしてのことだった。

 

 

 

 

 

 

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