「あららぁ。やっぱバレとったんかいな?」
「右乳の揺れ方がな」
「やっぱ、いつもと違ぅてもうたかぁ~、意識してたんやけどなぁ、右乳」
アホなことを言っているのは、言わずと知れたブルマ薬剤師(上は長袖体操服)のレジーナ。
いつものようにへらへらと笑っているが、椅子に浅く座り足を投げ出している。
足首が痛くて曲げられないのだろう。
パン食い競争で、こいつは着地に失敗して盛大に足を挫いていた。
平気なふりをしていたが、それももう限界のようだ。
「挫いた直後、まっすぐ歩いてみせたんやけどなぁ」
「捻挫はあとから痛み出すもんだ。ヤった瞬間『マズい』と思ったんだろ? だから下手な芝居をした」
「下手って……あれでも精一杯、いや、性おっぱい芝居したんやで?」
「言い直した方が間違ってるよ! 言葉としてはすごく魅力的だけども」
そんなくだらない話をしながら、俺はレジーナのブーツを脱がせる。
許可はいらんだろう。医療行為の重要性を熟知しているこいつなら、無駄に恥ずかしいとか言わないはずだ。
「触るんはえぇけど、ばっちぃから舐めたらアカンで?」
「綺麗でも舐めねぇよ!」
「絶対か?」
「一旦持ち帰って、後日文書で回答させてくれ」
「悩むんかいな」
「あ~、アホらし」と、レジーナはけたけた笑って天井を見上げる。
一応恥ずかしいみたいだ。変な理由付けをして、こちらを見ないようにしているらしい。
救護テントとはいっても、氷までは用意されていない。というか、出来なかった。
挫いた足は、流水なんかに浸けて冷やしたいところだが、レジーナは今回『医療担当』としてここに来ている。その自分が負傷退場するなんてこと、こいつなら絶対しない。
だから、痛みをひた隠しにしていたのだ。川は、ここから大分離れているからな。
「ちょっと冷たいぞ」
「へ、なに? まさかホンマに舐め……ひゃぁぁあああ!? 冷たっ!? ひゃっこい! なんなん!?」
氷を入れる袋がなかったので、蓋を開けた箱の中に直接足を突っ込んでやった。
箱の中には氷がぎっしり詰まっており、これならかなり冷やされるだろう。
「氷かいな? どないしたん、こんなもん」
「マーゥルの口利きでな。氷職人を雇って年中氷を保管してるみたいだぞ」
「はぁ~、変わった人やなぁ」
「貴族には結構多いらしいぞ。猛暑期だけじゃなくて、料理に使ったり、酒を冷やして飲んだり……」
「ちゃうやん。自分や」
「俺?」
「せや。自分や。ホンマ、変わり者やなぁ」
俺のどこが変わっているというのか。
理解できずにレジーナを見ると、レジーナはなんだかちょっとだけ泣きそうな、そんな儚げな笑みを湛えてこちらを見ていた。
「これ、結構高ぅつくんとちゃうのん?」
「貸しを返してもらっただけだよ」
「あ~ぁ、損したなぁ、自分。その貸し、もっとえぇもんに使ぅたらよかったのに。添い寝とか、混浴とか」
「マーゥルとか? 罰ゲームじゃねぇか」
ドニスに売れば高値が付くかもしれんが…………いや、あいつはカッコつけて買わないだろうな。ヘタレだし。
「ほなら、ウチがその分の『貸し』を返さなアカンなぁ」
「んなもん、気にしなくていいから、さっさと治し……」
「なぁ、自分」
静かな声に、思わず口が止まった。
余計な言葉はしゃべっちゃいけないと、そんな気がした。
レジーナが、らしくもなく柔らかい笑みを浮かべている。
そして――
「ウチが足突っ込んだこの氷、溶けた後一気飲みしてもえぇで?」
「するか、ボケェ!」
――いつものようなアホ発言を寄越しやがった。
一瞬でも真面目に聞こうとした自分を殴りたいわ!
「あ~、もうアカン。いくらなんでも氷多過ぎや。冷たぁ~ておっぱいまで縮んでまうわ」
「それはマズい! すぐに放り出せ! 足でもおっぱいでも!」
「自分、ブレへんなぁ」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
アホの応酬の後、レジーナは「にへへ……」と、照れくさそうに笑った。
あぁ。なんとかこれで元通り、って感じだな。
「じゃあ、あとは布でキツめに固定して、定期的に冷やしておけよ」
「おおきにな。この氷、貰てえぇ?」
「あぁ。飲むには多過ぎるしな」
「アホや、この人」
お前が言い出したんだろーが。
「ほなら、この後の競技で怪我人が出たら使わせてもらうわ。天真爛漫貴族はんにお礼言ぅといて」
「機会があればな……っと、これでよし」
幸い、レジーナの足首はさほど腫れてはいなかった。
きちんと固定して冷やしておけば、明日にはずいぶんよくなっているだろう。
「やっぱうまいなぁ、自分。キレーな巻き方やわ」
捻挫した右足首を左ヒザの上に乗せて、包帯の巻き方を見ているレジーナ。
その格好はアメリカンなメンズ的足の組み方そのもので……かなり股開いてんだけど…………え、見ていいの?
「自分、医者か薬剤師になったらえぇのに」
「そうしたら、風邪だろうが捻挫だろうが、おっぱいの触診から入るけどな」
「あぁ、アカンわ。開業初日に投獄や」
けたけたと笑うレジーナ。
何を思ったのか、意味ありげな微笑を湛えて俺を見つめ、こんなことを抜かしやがった。
「そら、残念やなぁ~……っと」
……お前なぁ。
看病されて甘えたくなってんじゃねぇっつの。
「おおきにな」
「気にすんなって。医療行為だから」
「手当てのことだけやのぅて、競技を蹴ってまでこっち来てくれたこととか――」
一瞬言葉を止めて、難しそうな顔をして、そしてそっぽを向く。
緑の長い髪がレジーナの顔を隠し、その向こうから声だけを寄越してくる。
「――ウチのこと、ちゃんと見とってくれて」
レジーナ……お前さぁ…………
俺がなんて返事することを想定してそんな言葉口にしたんだよ。
なんて答えても地獄じゃねぇか、こんなもん。……っとに。
「見てると、なんだか気分が上向くからな――」
「……へっ?」
「――お前の上向きおっぱいは」
「……………………乳かいな」
「乳ですが、何か?」
奥歯に出来た虫歯に酢漬けの苦虫を詰められたような表情を見せ、レジーナが俺を睨んでいる。
お門違いもいいとこだ。
そして、無言で小さな氷の欠片を投げつけてきやがった。
恩を仇で返しやがって。
『レジーナ足氷』っつって売りに出すぞ、コノヤロウ。1000Rbくらいなら出しそうなヤツがごろごろいるんだからな、この四十二区には!
新しい商売の可能性を見出しつつ、俺は激戦を繰り広げる『ハムっ子、ゲットだぜ!』を眺めていた。
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