異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加47話 途中経過とハムっ子と秘め事と -4-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:2,557

「あららぁ。やっぱバレとったんかいな?」

「右乳の揺れ方がな」

「やっぱ、いつもとちごぅてもうたかぁ~、意識してたんやけどなぁ、右乳」

 

 アホなことを言っているのは、言わずと知れたブルマ薬剤師(上は長袖体操服)のレジーナ。

 いつものようにへらへらと笑っているが、椅子に浅く座り足を投げ出している。

 足首が痛くて曲げられないのだろう。

 

 パン食い競争で、こいつは着地に失敗して盛大に足を挫いていた。

 平気なふりをしていたが、それももう限界のようだ。

 

「挫いた直後、まっすぐ歩いてみせたんやけどなぁ」

「捻挫はあとから痛み出すもんだ。ヤった瞬間『マズい』と思ったんだろ? だから下手な芝居をした」

「下手って……あれでも精一杯、いや、性おっぱい芝居したんやで?」

「言い直した方が間違ってるよ! 言葉としてはすごく魅力的だけども」

 

 そんなくだらない話をしながら、俺はレジーナのブーツを脱がせる。

 許可はいらんだろう。医療行為の重要性を熟知しているこいつなら、無駄に恥ずかしいとか言わないはずだ。

 

「触るんはえぇけど、ばっちぃから舐めたらアカンで?」

「綺麗でも舐めねぇよ!」

「絶対か?」

「一旦持ち帰って、後日文書で回答させてくれ」

「悩むんかいな」

 

「あ~、アホらし」と、レジーナはけたけた笑って天井を見上げる。

 一応恥ずかしいみたいだ。変な理由付けをして、こちらを見ないようにしているらしい。

 

 救護テントとはいっても、氷までは用意されていない。というか、出来なかった。

 挫いた足は、流水なんかに浸けて冷やしたいところだが、レジーナは今回『医療担当』としてここに来ている。その自分が負傷退場するなんてこと、こいつなら絶対しない。

 だから、痛みをひた隠しにしていたのだ。川は、ここから大分離れているからな。

 

「ちょっと冷たいぞ」

「へ、なに? まさかホンマに舐め……ひゃぁぁあああ!? 冷たっ!? ひゃっこい! なんなん!?」

 

 氷を入れる袋がなかったので、蓋を開けた箱の中に直接足を突っ込んでやった。

 箱の中には氷がぎっしり詰まっており、これならかなり冷やされるだろう。

 

「氷かいな? どないしたん、こんなもん」

「マーゥルの口利きでな。氷職人を雇って年中氷を保管してるみたいだぞ」

「はぁ~、変わった人やなぁ」

「貴族には結構多いらしいぞ。猛暑期だけじゃなくて、料理に使ったり、酒を冷やして飲んだり……」

「ちゃうやん。自分や」

「俺?」

「せや。自分や。ホンマ、変わりもんやなぁ」

 

 俺のどこが変わっているというのか。

 理解できずにレジーナを見ると、レジーナはなんだかちょっとだけ泣きそうな、そんな儚げな笑みを湛えてこちらを見ていた。

 

「これ、結構高ぅつくんとちゃうのん?」

「貸しを返してもらっただけだよ」

「あ~ぁ、損したなぁ、自分。その貸し、もっとえぇもんに使ぅたらよかったのに。添い寝とか、混浴とか」

「マーゥルとか? 罰ゲームじゃねぇか」

 

 ドニスに売れば高値が付くかもしれんが…………いや、あいつはカッコつけて買わないだろうな。ヘタレだし。

 

「ほなら、ウチがその分の『貸し』を返さなアカンなぁ」

「んなもん、気にしなくていいから、さっさと治し……」

「なぁ、自分」

 

 静かな声に、思わず口が止まった。

 余計な言葉はしゃべっちゃいけないと、そんな気がした。

 

 レジーナが、らしくもなく柔らかい笑みを浮かべている。

 そして――

 

「ウチが足突っ込んだこの氷、溶けた後一気飲みしてもえぇで?」

「するか、ボケェ!」

 

 ――いつものようなアホ発言を寄越しやがった。

 一瞬でも真面目に聞こうとした自分を殴りたいわ!

 

「あ~、もうアカン。いくらなんでも氷多過ぎや。ちべたぁ~ておっぱいまで縮んでまうわ」

「それはマズい! すぐに放り出せ! 足でもおっぱいでも!」

「自分、ブレへんなぁ」

「お前にだけは言われたくねぇよ」

 

 アホの応酬の後、レジーナは「にへへ……」と、照れくさそうに笑った。

 あぁ。なんとかこれで元通り、って感じだな。

 

「じゃあ、あとは布でキツめに固定して、定期的に冷やしておけよ」

「おおきにな。この氷、もろてえぇ?」

「あぁ。飲むには多過ぎるしな」

「アホや、この人」

 

 お前が言い出したんだろーが。

 

「ほなら、この後の競技で怪我人が出たら使わせてもらうわ。天真爛漫貴族はんにお礼言ぅといて」

「機会があればな……っと、これでよし」

 

 幸い、レジーナの足首はさほど腫れてはいなかった。

 きちんと固定して冷やしておけば、明日にはずいぶんよくなっているだろう。

 

「やっぱうまいなぁ、自分。キレーな巻き方やわ」

 

 捻挫した右足首を左ヒザの上に乗せて、包帯の巻き方を見ているレジーナ。

 その格好はアメリカンなメンズ的足の組み方そのもので……かなり股開いてんだけど…………え、見ていいの?

 

「自分、医者か薬剤師になったらえぇのに」

「そうしたら、風邪だろうが捻挫だろうが、おっぱいの触診から入るけどな」

「あぁ、アカンわ。開業初日に投獄や」

 

 けたけたと笑うレジーナ。

 何を思ったのか、意味ありげな微笑を湛えて俺を見つめ、こんなことを抜かしやがった。

 

「そら、残念やなぁ~……っと」

 

 ……お前なぁ。

 看病されて甘えたくなってんじゃねぇっつの。

 

「おおきにな」

「気にすんなって。医療行為だから」

「手当てのことだけやのぅて、競技を蹴ってまでこっち来てくれたこととか――」

 

 一瞬言葉を止めて、難しそうな顔をして、そしてそっぽを向く。

 緑の長い髪がレジーナの顔を隠し、その向こうから声だけを寄越してくる。

 

「――ウチのこと、ちゃんと見とってくれて」

 

 レジーナ……お前さぁ…………

 俺がなんて返事することを想定してそんな言葉口にしたんだよ。

 なんて答えても地獄じゃねぇか、こんなもん。……っとに。

 

「見てると、なんだか気分が上向くからな――」

「……へっ?」

「――お前の上向きおっぱいは」

「……………………乳かいな」

「乳ですが、何か?」

 

 奥歯に出来た虫歯に酢漬けの苦虫を詰められたような表情を見せ、レジーナが俺を睨んでいる。

 お門違いもいいとこだ。

 

 そして、無言で小さな氷の欠片を投げつけてきやがった。

 恩を仇で返しやがって。

『レジーナ足氷』っつって売りに出すぞ、コノヤロウ。1000Rbくらいなら出しそうなヤツがごろごろいるんだからな、この四十二区には!

 

 

 新しい商売の可能性を見出しつつ、俺は激戦を繰り広げる『ハムっ子、ゲットだぜ!』を眺めていた。

 

 

 

 

 

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