異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

71話 てんとうむしさん -1-

公開日時: 2020年12月7日(月) 20:01
文字数:2,487

 夕方。

 終わりの鐘が鳴ってから小一時間が過ぎた頃になって、ジネットとミリィは陽だまり亭に戻ってきた。

 

「ただいま戻りました」

「ぁ………………ぅん」

 

 数時間会わなかった間に、ミリィの人見知りは完全復活したようで、ジネット越しにしか俺を見ようとはしない。

 

「お店番、ありがとうございました。お客さんは来ましたか?」

「エステラが書類を持ってきただけだ…………って、あいつ、その書類持って帰りやがったな」

 

 何しに来たんだよ、あいつは。

 

「書類? ……あ、そうですね。そろそろ年齢を更新する時期でした」

 

 やはり、免許の更新みたいな感覚っぽい。

 特になんの感慨も見受けられない。

 

「いくつになるんだっけ?」

「十六です」

「…………前に聞いた時も十六って言っていたような気がするんだが?」

「はい。ですので、『今年十六になる』とお答えしたんですよ?」

 

 ……紛らわしい。

『今』何歳か答えろよ。

 誕生日の概念が希薄だと、新年を迎えた途端に全員が『今年○歳になるな』という思考になるようだ。なら、新年にまとめて更新させればいいものを……

 

「じゃあ、俺と同じ歳で間違いないんだな?」

「はい。お揃いですね」

 

 本当は俺の方が二十ほど上だけどな。

 

「ミリィはいくつだ?」

「ぁ………………………………………………………………じゅ……ぅ……ょん」

 

 長いっ!

 物凄く長い!

 途中で「あれ、聞いちゃマズかったか?」ってドキドキしたわ!

 

「十四か。マグダより年上なんだな」

「そうですね。ミリィさんはこう見えて、大人の女性なんですよ」

「はっはっはっ、それはない」

「はぅ………………ひどぃ」

 

 ミリィがうな垂れる。

 いや、それでショックを受けるとはおこがましいぞミリィ。自分の容姿を客観的に理解しろよ。

 それに、お前が大人ならレジーナとかイメルダはオバサンになっちまう。

 

「ミリィさんは、お花を摘む天才なんですよ」

 

 ジネットが必死にフォローしようとしている。

 仕事が出来るってことで、大人の女性アピールのつもりなのだろう。

 

「そういえば、花はどこにあるんだ?」

「外の荷車に積んであります」

「へぇ。見せてもらってもいいか?」

「ぁ………………はぃ」

 

 こくりと頷き、ミリィは外へと出て行く。

 それに続いて外に出て、ビックリした。

 

「これはまた…………」

 

 そこには、巨大な荷車に溢れんばかりの花々が積まれていた。満開だ。どっかの店が新装開店したのかと思わせるような華やかさだ。

 

「大量だな」

「はい。ミリィさん、とても仕事が早いんですよ。ここにあるお花はほとんどミリィさんが摘んでこられたんです」

「今度一回、仕事ぶりを見せてもらいたいもんだな」

「ふぃっ!? ……………………ぁ…………ぅぁ………………」

 

 困った表情でフリーズするミリィ。

 油が切れたブリキのオモチャみたいに、ガチガチに関節が固まっている。

 

「ぁの………………はずかしい…………から…………」

「ジネットは平気なのにか?」

「ぁ…………じねっとさんは………………おともだち……だから…………」

「んじゃあ、俺とももっと仲良くなってもらわなきゃな」

 

 そう言って、ポケットから取り出した物をポンッとミリィの手に載せる。

 

「ぇっ…………………………わぁ!」

 

 一瞬、ビクッと身を固くしたミリィだったが、手に載せられたものを見てその表情をほころばせた。

 

「……てんとうむし」

 

 それは、俺が昼間作っておいたナナホシテントウの髪留めだ。

 ミリィの小さな手が、大きめの髪留めを大切そうに握る。

 

「わぁ、可愛いですね、これ」

 

 ミリィの肩越しに、ジネットもその髪留めに視線を注ぐ。

 瞳がキラキラして心底羨ましそうな顔をしている。

 ……なんだか、「いいな、いいな。わたしも欲しいです」と、顔に書いてあるようだ。

 

 ジネットへのプレゼントは、これで決まりかな?

 モチーフ、何にするかなぁ……

 

「ぁ………………ありが、とうっ!」

 

 小さな声を精一杯振り絞り、ミリィが俺に礼を述べる。

 俺を見つめる瞳から、恐怖や不安といった感情が薄れているのがハッキリと分かった。

 

「つけてやろうか?」

「ぁ…………うん!」

 

 口を半円上に開き、子供っぽい笑みを浮かべる。

 ロレッタの妹たちとは、また違った可愛らしさがある。

 子供を卒業してお姉さんになる直前みたいな、すごく微妙なラインにいる、そんな感じだ。

 幼さとお姉さんぶらなきゃという感情が交互に顔を覗かせる。

 思春期真っ盛り。そんな…………いじめたくなるような年頃だ。

 

 というわけで、デカい髪留めを前髪に留めてやった。

 

「にゃふっ!? …………み、見ぇなぃ…………見えないよぅ……」

 

 わたわたしている。

 あぅあぅと、盛大に狼狽している。

 なにこれ、持って帰りたい。

 

「ヤシロさん、いじめちゃ可哀想ですよ」

 

 ジネットが頬をぷっくりと膨らませる。

 すまんな。ちょっと面白かったんだ。

 

 髪留めを外し、今度はちゃんとした位置につけてやる。

 向かって右側、側頭部やや上目につける。

 ナナホシテントウがミリィの小さな頭にちょこんと留まり、ぷらぷらと揺れる。

 我ながら、これはかなり可愛い出来栄えではないか。ミリィの頭につけることでその良さが発揮されている。

 

「わぁ…………」

 

 見えるはずもないのだが、ミリィが必死に視線を髪留めへと向ける。

 

「よく似合っていますよ、ミリィさん。とっても可愛いです」

「ぁは…………うんっ」

 

 ジネットに褒められ、ミリィは頬を朱に染めて嬉しそうに微笑む。

 こくりと頷くのに合わせてナナホシテントウがふわりと揺れる。

 

「ぁ…………ありがとう。てんとうむしさん!」

 

 ミリィに再び礼を言われた。の、だが…………テントウムシはお前だ。

 

「てんとうむしさん…………優しい人」

 

 いや、だからな。テントウムシは……

 

「今度、お花……一緒に摘みに、行きますか?」

 

 ナナホシテントウの髪留めの効果は絶大だったようで、つい先ほど『恥ずかしいから』と断られた花摘みに誘われてしまった。

 それくらい、俺たちの距離が縮まったということなのだろう。

 

「じゃあ、連れて行ってもらおうかな」

「うんっ!」

 

 人見知りを克服すれば、素直で明るい、可愛い女の子なのだ。

 是非とも仲良くなりたいと思う。

 そして、……今後陽だまり亭にお安く花を卸してもらいたいものだ。

 

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