夕方。
終わりの鐘が鳴ってから小一時間が過ぎた頃になって、ジネットとミリィは陽だまり亭に戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「ぁ………………ぅん」
数時間会わなかった間に、ミリィの人見知りは完全復活したようで、ジネット越しにしか俺を見ようとはしない。
「お店番、ありがとうございました。お客さんは来ましたか?」
「エステラが書類を持ってきただけだ…………って、あいつ、その書類持って帰りやがったな」
何しに来たんだよ、あいつは。
「書類? ……あ、そうですね。そろそろ年齢を更新する時期でした」
やはり、免許の更新みたいな感覚っぽい。
特になんの感慨も見受けられない。
「いくつになるんだっけ?」
「十六です」
「…………前に聞いた時も十六って言っていたような気がするんだが?」
「はい。ですので、『今年十六になる』とお答えしたんですよ?」
……紛らわしい。
『今』何歳か答えろよ。
誕生日の概念が希薄だと、新年を迎えた途端に全員が『今年○歳になるな』という思考になるようだ。なら、新年にまとめて更新させればいいものを……
「じゃあ、俺と同じ歳で間違いないんだな?」
「はい。お揃いですね」
本当は俺の方が二十ほど上だけどな。
「ミリィはいくつだ?」
「ぁ………………………………………………………………じゅ……ぅ……ょん」
長いっ!
物凄く長い!
途中で「あれ、聞いちゃマズかったか?」ってドキドキしたわ!
「十四か。マグダより年上なんだな」
「そうですね。ミリィさんはこう見えて、大人の女性なんですよ」
「はっはっはっ、それはない」
「はぅ………………ひどぃ」
ミリィがうな垂れる。
いや、それでショックを受けるとはおこがましいぞミリィ。自分の容姿を客観的に理解しろよ。
それに、お前が大人ならレジーナとかイメルダはオバサンになっちまう。
「ミリィさんは、お花を摘む天才なんですよ」
ジネットが必死にフォローしようとしている。
仕事が出来るってことで、大人の女性アピールのつもりなのだろう。
「そういえば、花はどこにあるんだ?」
「外の荷車に積んであります」
「へぇ。見せてもらってもいいか?」
「ぁ………………はぃ」
こくりと頷き、ミリィは外へと出て行く。
それに続いて外に出て、ビックリした。
「これはまた…………」
そこには、巨大な荷車に溢れんばかりの花々が積まれていた。満開だ。どっかの店が新装開店したのかと思わせるような華やかさだ。
「大量だな」
「はい。ミリィさん、とても仕事が早いんですよ。ここにあるお花はほとんどミリィさんが摘んでこられたんです」
「今度一回、仕事ぶりを見せてもらいたいもんだな」
「ふぃっ!? ……………………ぁ…………ぅぁ………………」
困った表情でフリーズするミリィ。
油が切れたブリキのオモチャみたいに、ガチガチに関節が固まっている。
「ぁの………………はずかしい…………から…………」
「ジネットは平気なのにか?」
「ぁ…………じねっとさんは………………おともだち……だから…………」
「んじゃあ、俺とももっと仲良くなってもらわなきゃな」
そう言って、ポケットから取り出した物をポンッとミリィの手に載せる。
「ぇっ…………………………わぁ!」
一瞬、ビクッと身を固くしたミリィだったが、手に載せられたものを見てその表情をほころばせた。
「……てんとうむし」
それは、俺が昼間作っておいたナナホシテントウの髪留めだ。
ミリィの小さな手が、大きめの髪留めを大切そうに握る。
「わぁ、可愛いですね、これ」
ミリィの肩越しに、ジネットもその髪留めに視線を注ぐ。
瞳がキラキラして心底羨ましそうな顔をしている。
……なんだか、「いいな、いいな。わたしも欲しいです」と、顔に書いてあるようだ。
ジネットへのプレゼントは、これで決まりかな?
モチーフ、何にするかなぁ……
「ぁ………………ありが、とうっ!」
小さな声を精一杯振り絞り、ミリィが俺に礼を述べる。
俺を見つめる瞳から、恐怖や不安といった感情が薄れているのがハッキリと分かった。
「つけてやろうか?」
「ぁ…………うん!」
口を半円上に開き、子供っぽい笑みを浮かべる。
ロレッタの妹たちとは、また違った可愛らしさがある。
子供を卒業してお姉さんになる直前みたいな、すごく微妙なラインにいる、そんな感じだ。
幼さとお姉さんぶらなきゃという感情が交互に顔を覗かせる。
思春期真っ盛り。そんな…………いじめたくなるような年頃だ。
というわけで、デカい髪留めを前髪に留めてやった。
「にゃふっ!? …………み、見ぇなぃ…………見えないよぅ……」
わたわたしている。
あぅあぅと、盛大に狼狽している。
なにこれ、持って帰りたい。
「ヤシロさん、いじめちゃ可哀想ですよ」
ジネットが頬をぷっくりと膨らませる。
すまんな。ちょっと面白かったんだ。
髪留めを外し、今度はちゃんとした位置につけてやる。
向かって右側、側頭部やや上目につける。
ナナホシテントウがミリィの小さな頭にちょこんと留まり、ぷらぷらと揺れる。
我ながら、これはかなり可愛い出来栄えではないか。ミリィの頭につけることでその良さが発揮されている。
「わぁ…………」
見えるはずもないのだが、ミリィが必死に視線を髪留めへと向ける。
「よく似合っていますよ、ミリィさん。とっても可愛いです」
「ぁは…………うんっ」
ジネットに褒められ、ミリィは頬を朱に染めて嬉しそうに微笑む。
こくりと頷くのに合わせてナナホシテントウがふわりと揺れる。
「ぁ…………ありがとう。てんとうむしさん!」
ミリィに再び礼を言われた。の、だが…………テントウムシはお前だ。
「てんとうむしさん…………優しい人」
いや、だからな。テントウムシは……
「今度、お花……一緒に摘みに、行きますか?」
ナナホシテントウの髪留めの効果は絶大だったようで、つい先ほど『恥ずかしいから』と断られた花摘みに誘われてしまった。
それくらい、俺たちの距離が縮まったということなのだろう。
「じゃあ、連れて行ってもらおうかな」
「うんっ!」
人見知りを克服すれば、素直で明るい、可愛い女の子なのだ。
是非とも仲良くなりたいと思う。
そして、……今後陽だまり亭にお安く花を卸してもらいたいものだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!