「おばけやしき、ですか?」
夜食を運んできたジネットが目をくりくりさせて二階建ての建造物を見上げる。そのそばでは、いまだにぺぺがうずくまって震えている。
「あの、ぺぺさんが震えてらっしゃいますけど……?」
「お、ジネットの知り合いか?」
「いえ、ヤシロさんもお会いしていますよ。割と何度も」
と、先ほどウーマロに説明されたペペとの遭遇シーンを改めて説明された。
こういうところから情報を得てるんだな、ウーマロのヤツ。
面と向かって会話は出来ないくせに、聞き耳は立てているのか。……むっつりめ!
「ジネット。ウーマロはエロいから気を付けろ」
「なんでそーなるッスか!?」
「うふふ。そんなことはありませんよ」
なぜそう言い切れるのか。
こういうヤツの方がむっつりで危険だというのに。
誰でも庇うんだもんなぁ、ジネットは。
「実は俺も、ウーマロほどではないがエロいので、気を付けるように」
「はい。そうします」
否定されなかった!?
なんですか、それは!?
贔屓ですか!?
ないわー。
ショックだわー。
「お兄ちゃん、今のは誰が見ても普通の反応ですよ?」
「……ヤシロは、ちょいちょい自己評価が甘い」
ロレッタとマグダが追い打ちをかけてくる。
なんて酷いヤツらだ。
そんなお前たちは、お化け屋敷で泣いてくるといい。
「ロレッタ。何も聞かずに入ってこい」
「せめて説明だけはしてほしいです!?」
「体験型ハロウィンだ。チビってもいいように着替えだけ用意しておけ」
「チビっ……もとい! そんなことにはならないですよ!?」
チビるを言い淀むなよ。
そんな恥ずかしい言葉でもないだろうに。
「……中に、お化けが出る?」
「あぁ、そうだ。作り物だが、結構怖いぞ」
「……ヤシロは怖くないものも怖いと言う」
「あぁ、確かに、お兄ちゃんはちょっと大袈裟ですよね。この前、井戸の桶が転がっただけで悲鳴上げてたです」
バカモノ!
夜中に何もないところで音がしたら怖いやろがい!
怖いやろがい!
「よし、ロレッタ。一番に行って泣いて出てこい。なんなら、マグダと一緒に行ってもいいぞ」
「あたし一人で平気ですよ」
「……マグダは、お化けなんて怖くない」
胸を張ってお化け屋敷へ挑むロレッタとマグダ。
自信たっぷりに外階段を上っていく。
あ、このお化け屋敷、二階から入って一階へ降りてくる造りになってるんだ。
ほら、飛び出した時に落下すると危険だから。
「……お二人とも、大丈夫でしょうか?」
不安げな顔で二人を見送るジネット。
まぁ、そこまでエグい内容にはしていないから大丈夫だろう。
ほんのちょっとびっくりするくらいだ。
日本に持ち込めば、小学生が「なにこれ?」と鼻で笑うレベルだろう。
と、思っていたら。
「ほにゃぁぁああ!」
中からロレッタの悲鳴が聞こえてきた。
おぉ~、満喫しとるなぁ。
んで、その悲鳴を聞いたマグダが戻ってきた。
「……マグダは様子見をすることにした」
ビビったらしい。
で、そういう時に強情を張らずに即時撤退できるのがマグダだよな。
「あの、マグダ姉様」
一緒に付いてきてここまでせっせと大工たちに夜食を配ってくれていたカンパニュラとテレサ。
二人がマグダの前に並んで立つ。
「私もテレサさんも、お化け屋敷には非常に興味があるのですが、ロレッタ姉様の反応を見るに、とても怖くて……もしよろしければ、頼りになるマグダ姉様とご一緒したいのですが……ダメですか?」
「まぅだねーしゃ、つぉい、から……おねまぃ」
「…………」
幼い二人に見上げられ、マグダがしばし黙りこくる。
「……二人はマグダが守ってあげる」
お姉さん心を刺激されたらしい。
「じゃ、二人を頼むな」
「……任された」
頼もしく頷いて、マグダは両腕にカンパニュラとテレサをしがみつかせてお化け屋敷へと向かっていく。
「……大丈夫でしょうか?」
「まぁ、一応、子供が入ると伝えておくか」
「あ、わたしもご一緒します。くれぐれも、お願いをしておかなければ」
マグダたちが入る前に、シェイラに事情を説明しておく。
とはいっても、手加減が出来るようなもんでもないけども。
お化け屋敷の裏側から戻る際、出口からロレッタが転がり出してきた。
「おにぃいいちゃぁああん! 店長さぁぁああん!」
泣きながらしがみついてきた。
そこまで怖かったか?
「こ、ここ、今晩一緒に寝てです! とても一人では眠れないです!」
「しょーがねーなー」
「もう、ヤシロさん」
「うぅ……出来ればお兄ちゃんも一緒がいいです……けど、さすがに……でも……」
俺と一緒に寝たくなるくらいに怖かったらしい。
「……そんなに、怖かったんですか?」
「はいです! 最初はちょっとナメてたですけど、途中から、もう……それで、最後が……むぁぁああ! 思い出しちゃったです!」
ジネットの腰にぎゅーっとしがみつくロレッタ。
ロレッタがここまで怖がるなら、マグダでも結構ヤバイかもな。
ジネットは、ただでさえお化け嫌いだから無理だろう。
「ジネットはやめとけな」
「え? ……そう、です……ね」
と、お化け屋敷を見つめるジネット。
あれ? 入りたい感じ?
「でも、偽物……なんですよね?」
「まぁな」
「…………」
ちょっと考えちゃってるな、これ!?
いやいや、やめとけって。
後悔するから。
「きゃあああ!」
突然響いた悲鳴に俺たち三人の肩が跳ねる。
今の声は、カンパニュラか?
「い、今のは、カンパニュラさんでしょうか?」
「みたいだな」
「あんな声、今まで聞いたことがありませんが……」
ロレッタがジネットの腰にしがみつき、ジネットが俺の腕にしがみついている。
この辺、密度がみっつみつだ。
それから、しばらくの間カンパニュラの悲鳴だけが外にまで漏れ聞こえてくる時間が続いた。
……テレサとマグダは、大丈夫か?
妙に静かなのも、逆に不安になるんだけど。
しばらくして出口の扉が開き、マグダたち三人が引っ付いて出てきた。
出口の前に俺たちがいることを発見したカンパニュラが、両腕を伸ばして駆け寄ってくる。
「ジネット姉様!」
そして、ジネットの胸に飛び込んでぎゅ~っとしがみつく。
「そんなに怖かったですか?」
「はい……とても、不安でした。まだ、どきどきしています」
震える声で言うカンパニュラ。顔色が青い。
相当怖かったようだ。
そして、ゆっくりとした歩調でこちらに向かってくるマグダとテレサ。
テレサはしっかりとマグダの腕にしがみついて…………いや、逆だな。
マグダがぎゅっとテレサにしがみついている。
「……ヤシロ…………あれは、ない」
相当怖かったらしい。
涙目だし、尻尾はこれでもかと大きく膨らんでいる。
頭を撫でてやると、全力の『ぎゅ~!』が来た。
豪雪期で震えていた時並みの力強さだ。
「よしよし。よく二人を守ってくれたな」
「……約束、だから」
俺が頼んだから、二人を置いて逃げ出すようなことはしなかったようだ。
マグダが本気を出せば、一瞬で走破できるだろうしな。
「テレサは平気か?」
「うん! たのしかった!」
一人だけ、めっちゃキラキラしてる。
「あのね、あのねっ! ろーかをね、ぎゅってしたら、かべがね、ばーん! なの!」
両手を振り回して、大興奮であれやこれやと語っている。
舌っ足らずに興奮が合わさって、ほとんど解読できない状態だけれども。
「もういっかい、したい!」
「あぁ……じゃあ、明日のお披露目でな」
「うん!」
このお化け屋敷は、明日この運動場でお披露目をした後、一度解体して三十一区で組み立て直す。
ラーメン講習会の二日間で他区の者に公開して、他のアトラクションと共に再び四十二区へと持ち帰る。
その後は、しばらくこの付近で公開してもいいが、いつまでも給仕を借りるわけにはいかないから、出来ても二~三日だろう。
その間に、何度かやらせてやればいい。
「……店長。今日は、一緒に……」
「はい。マグダさんも一緒に寝ましょうね。ギルベルタさんも一緒ですから、心強いですよ」
「マグダっちょ、あたしも一緒です!」
「あ、あのっ、私も、出来ればご一緒させてください、姉様方っ」
震えているマグダたちとは対照的にテレサだけがにっこにこだ。
そういえば、ハロウィンの時もバルバラはめっちゃ怖がってたけど、テレサは姉を慰めてたっけなぁ。
テレサはこういうのが好きなのか。
「最後のが一番強烈だったです……」
「……うむ。最後の最後に、アレはない……」
「分かります。私も、もうすぐ出口だと油断した時に……うぅ、思い出しただけで怖いですっ!」
俺とジネットにしがみつき、腹の付近でこそこそ話す三人。
その会話を聞き、ジネットがそわそわしている。
そして、チラリと俺を見て、言いにくそうに俯いて……
「あの、ヤシロさん……」
と、俺を呼ぶ。
やめとけって。
絶対後悔するから。
この惨状を見れば分かるだろう?
「……もし、よろしければ、一緒に」
だからさ、無理だって。
ジネットがお化け屋敷なんか入ったら、きゃーきゃー怖がって、俺の腕にしがみついてきて、ぎゅーでむぎゅーでむふふーだぞ?
「ったく、しょうがねぇな☆」
でもやっぱ、仲間はずれは寂しいもんな。
なぁに、大丈夫だ。
ギミックを考えたのも設計したのもみんな俺だ。
俺は本物でないと分かりきっているお化け屋敷なんか怖くない!
一緒に行ってやろうじゃないか!
そして、ぎゅーでむぎゅーでむふふーな一時を過ごそうじゃないか!
楽しみだなぁ~。むふふふ~。
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