「そんな偶然が重なって、俺はラッキーにもこの場所に来ることが出来たんだ。手紙にも『いつ』『誰から』送られた招待状とは書かれていなかったし、『招待状』さえ持っていればここへの立ち入りも出来る。すべての状況が、俺をここに導いたんだ。うんうん。すげーラッキーだったな、俺」
偶然が重なると、人は疑念を抱く。
繰り返すが、疑念は、さらなる疑いを匂わせてやるだけで途端に大きく膨れ上がる。
得てして、人は自分が「他の誰よりも優れている」と思いがちだ。
領主のような人種なら、特に。
なので、勘の鋭い『デキる領主』の皆々様は、俺がさり気なさを装って浮かべた『思わず漏れてしまった感』満載の微かな笑みを目敏く見つけ、「バレていないと思っているのか? 馬鹿め、私だけは気が付いているのだぞ!」という思考へと誘導されている。
一つ言っておくと。「自分だけは騙されない」と思っている意識の高い『デキる人間』ほど詐欺にかけやすい人種はいない。
つまりここには、俺のカモしかいないわけだ。
時系列に沿って領主どもの心情を考えていくと、連中の思考の流れが容易に理解できるだろう。
今回の会談を開くにあたり、ドニスとトレーシーを除く『BU』の領主たちは、自分たちが絶対的な優位にいると確信していた。
なにせ相手は外周区の領主。ルシアは油断ならない相手だが、もう片方は『微笑みの領主』などと呼ばれている平和主義者の新米領主。おまけに若い女だ。負ける理由がない。
だが蓋を開けてみれば、エステラはさっさと会談を切り上げてさも実力行使に移りたいかのような高圧的な態度を見せる。それも、話し合いの余地など最初から持っていないかのようにきっぱりと『BU』の意見を切り捨てるような態度で。
それに狼狽してしまったゲラーシー。
リーダーの動揺は、一蓮托生の領主たちに伝染する。「大丈夫なのか、こいつ?」「勝算があるんじゃないのか?」とな。
そこへ来て、一連の騒動の中心にいた厄介な『あの男』が会談の場へと現れた。
わざわざ排除するために関所に見張りを立て、手紙まで監視させたというのに。
その理由を聞けば、なんだかゲラーシーが胡散臭い。
……もしかして、二十九区は我々をはめようとしているのではないだろうな?
と、そんな風な思考になるわけだ。
なにせ、自分は「他の誰よりも優れている」のだから、自分の想像の範疇を超えるようなことは起こり得ないし、相手が自分の裏をかくような工作を出来るわけがない。なぜなら、「自分は他の誰よりも優れている」のだから。
もし、自分の考えが及ばないことが起こったのであれば……それは、裏でこそこそ卑怯なやりとりが行われたからだ。フェアではない、いやらしい裏取引が。
そう思うのが、自分を正当化するのに最も簡単な方法なのだ。
ネット界隈で気に入らない誰かを貶めるコメントを書き連ねている連中の思考回路は、こんな感じであることが多い。
自分は絶対的に正しく、正当性を得た自分は優位な立場にあり、それが揺らぐことはあり得ない。
なら、なぜ自分は今こんなにも不安な気持ちになっているのか……誰かが自分をはめようとしているからだ………………それは誰だ?
お前か? ……ってな。
さっさと制裁を加えたいのに、そのさなかにソラマメの流通が加速したという理由で四十二区への接触を一時中断したことも裏目に出たな。
そんな些細なつながりが、陰謀論に取りつかれた者にとっては確たる証拠にだってなり得るんだぜ。
ゲラーシー、一つ教えてやろうか?
今、この状況において、俺が言葉を重ねれば重ねるほど……その言葉が胡散臭ければ胡散臭いほど、信用を失うのは誰だと思う?
お前だぜ?
人は、あからさまな敵以上に、味方のフリをした裏切り者を警戒し、嫌う。
……なんてこと、やっぱり教えてやるのはもったいないよな。やめておこう。
だから、勝手に感じろよ。
自分に向けられる疑念ってヤツを、肌でな。
「しかし、あれだな。さすがに『誰からの招待状とは書かれていないからって、関係ない招待状を持っているからセーフ』なんてのは、常識的に考えて無理があるよなぁ」
あえて、その場にいる全員が思っているであろう不満な点を話題に出す。
そして、あえて、そちらに都合のいいように誘導してやる。
「だからよぉ、俺がこの後ここにいてもいいかどうか――多数決しないか?」
そうすれば、確実に…………ゲラーシーが食いつく。
ゲラーシー『だけ』が。
「そうだ。まさにその通りだ! 自覚があるのであれば、自らさっさと場を辞するべきではないのか」
「個人的には出ていきたくないんでな。だが、領主の皆様が出て行けというのであれば、多数決で決まったことであれば、俺はそれに従ってもいいと思っている」
「ちっ……手間をかけさせる」
ゲラーシーは、一秒でも早く俺を退場させたい。
そして、他の領主が自身に抱いている疑念の内容に思い至っていない。
まさか、自分が『オオバヤシロを引き込んだ黒幕』だと思われているなんてことはな。
「それでは皆、再度多数決を採りたいと思う」
だから、解決を急ぐあまりに『先ほどもそうしたように』、『多数決を採る』ことを、『多数決を採らずに』決める。
その独断が、不興を買うとも気付かずに。
「招待状の詳細について書かれていないというくだらない屁理屈を持ってこの場にそぐわない者が紛れ込むべきではないと思う者は挙手を……」
「もうよい!」
叫んだのは、二十三区の領主だった。
ドニスほどではないが、相応に年を取っている。デミリーと同じくらいに見える中年だ。
「茶番だ」
短い――明確な拒絶の言葉。
ゲラーシーは、その言葉に戸惑いを隠せない。
二十三区といえば、三十区に隣接している、最も多くの通行税を稼いでいる区だ。『BU』の中での発言権も、当然大きいだろう。
その領主が明らかに怒っている。
そして、周りの領主も同調して、不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
敵は目の前にいるのに。その敵を追い出すチャンスなのに、背後から撃たれた――とでも思っているのだろうな、ゲラーシーは。
でもな。
明らかな敵が、わざわざ小細工を弄してもぐり込んでおいて、なんの見返りもなくあっさりと「邪魔なら出て行こうか?」なんて言い出したら、お前……そりゃ怪しむって。「どうせ何か裏があるんだろう」って思うのが普通だって。
そりゃ「茶番だ」って言葉も飛び出すってもんだよ、ゲラーシー。
気付いていないのは、お前だけだ。
だって、お前だけは真実を知っているもんな。
俺をこの館へ引き込んでなどいない。その唯一無二の真実を知っている。絶対的に信頼できる情報だよな、『自分はやってない』ってのは。
でもな、その『自分はやってない』ってのは、他人が最も信用してくれない理由なんだよ。
そこの温度差が、この状況を作り出したのだ。
いやぁ、実に爽快だ。
ここまでうまく決まると、さすがにいい気分だな。
ゲラーシー、感じるか?
お前が今感じている重苦しい空気。威圧感。居心地の悪さ。
それが……
信用を失った者が味わう、絶望の空気なんだよ。
まんまとハマってくれたな、俺の掘った落とし穴に。
でも、これはまだただの準備段階だ。
さぁ、始めようぜ――すべてを決める、多数決を。
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