異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

393話 役割分担 -4-

公開日時: 2022年10月7日(金) 20:01
文字数:3,587

 そして翌日。

 

 カンパニュラが言うところの『妹姉様』たちに混ざって体操服で売り子に勤しむカンパニュラ。

 

「冷やし中華、始めました~」

「「「くださいっ!」」」

 

 あっという間にオッサンたちに囲まれていた。

 

「エステラ、近衛兵を派遣しろ。大至急だ!」

「大丈夫だよ。ナタリアが警護してるから」

「あいつらに視力って、……いる?」

「親バカもほどほどにしときなよ、ヤシロ」

 

 バカモノ。

 これは親バカなどでは決してない。

 俺はただ、純粋に度し難い変態どもの駆逐に勤しまねばと思っているだけだ。

 

「おぉ、ヤシロ! ここにいたか。いや、実はテーマパークで使う建材についてお前に話が――」

「あ、ハビエルギルド長様。陽だまり亭の冷やし中華です。いかがですか?」

「よし、テイクアウトで!」

「おい、誰か、イメルダかメドラを呼んできてくれ」

 

 あの変態の総本山を止められるのはその二人だけだ。

 

「おいおいおい、なんだよヤシロ! ここは天国か!? こういう情報は先に寄越してくれよなぁ、まったく!」

「森へ帰れ」

「いや、今日は一日休みにしようかと思っていたところなんだ」

「娘が森に籠って頑張っているってのに、このバカ親は……」

「でも、カンパニュラたんとテレサたんと妹たんたちがブルマなんだぞ!? ワシが次の区民運動会をどれだけ待ちわびているか……っ、お前には分かるか!?」

「また来る気かよ……四十二区の区民運動会だぞ」

「ワシはイメルダの保護者だからな。応援に駆けつけるのは当然だ!」

「なら、他所の幼女ばっか見てないで、娘を応援しろよ、この第一級要注意人物が」

 

 やっぱり、他区からの参加には高額な参加費を徴収するべきだな。

 

「で、俺に何の話だったんだよ?」

「ん? あぁ、実はな、床材に使う木材の候補が三つあってな、どれがいいか意見を――」

「知らん! そういうのはウーマロに聞け」

 

 住宅のリビングなら、ヒバの無垢板とか杉の無垢板とかがいいんじゃないかと意見も出来るが、テーマパークみたいな大規模な建造物の床材に向いた木なんぞ知らん。

 ウーマロが詳しいからそっちに丸投げだ。

 プロに聞け、プロに。

 

「そうか。しかし、トルベックは今三十一区に行っていて不在だし……よし、今日はもう諦めてここで一日心のリフレッシュを図ろう!」

「ミスター・ハビエル。いい加減にしないと、厳しい罰を与えますよ」

 

 四十二区領主の権限を発動するのか?

 よしやれ! 今やれ! すぐやれ!

 

「どんな罰を受けようと、ワシは今日一日ここで妹ちゃんたちを愛でて過ごす!」

「では、ミスター・ハビエルには、今日一日マーシャの荷車係を言い渡します」

「運転よろしくね~、ハビエルく~ん☆」

「うわぁあ、人魚!? いたのか!?」

 

 いたのかもなにも、ずっと俺らの隣にいたっつの。

 え、なに? お前の目って未成年しか映らない残念仕様なの? 極刑に処されればいいのに。

 

「まぁ、しかし。ウチの連中も根を詰め過ぎてるきらいはあるんだよなぁ。ここらで本当に一度強制的に休ませてみるか」

 

 ハビエルが言うには、「大工に負けるな!」と意気込んで、朝もなく夜もなく森で木を切りまくっているらしい。

 今切った木を乾燥させて、数ヶ月後には建材として使えるように、と。

 テーマパークの建設が大詰めになった時に材料が不足しているなんて事態に陥らないようにと。

 

「大工ばっかりが目立ってるから、ウチの連中もちょっとムキになってんだよなぁ。もっと肩の力を抜かなきゃ、怪我しちまうってのによぉ」

「でも、お前自身も覚えがあるんじゃないのか?」

「ん?」

「狩猟ギルドのメドラ・ロッセルの名を聞く度にムキになって森に籠ってたんだろ?」

「がっはっはっ! まぁな! それは否定できねぇなぁ、がはは!」

 

 手強いライバルがいると、どうしても燃えてしまうのが『おとこ』というものだ。

 今は、大工たちがそのライバルなのだろう。

 

「まぁ、仕事を止めないために、順番で休ませるさ。我武者羅に斧を振るだけじゃいい仕事は出来ねぇって言ってな」

「自分を棚に上げてな」

「あぁ、上げるさ。ウチの木で作った棚は頑丈だからな。なんでも上げられるさ、がはは!」

 

 上機嫌だな、オッサン。

 

「運転手~☆ 私、海鮮かた焼きそば食べたぁ~い☆」

「へいへい。で、どこに行きゃいいんだ?」

「次女ちゃんのとこ~☆」

「ハビエルおじさ~ん! こっちだよ~、おいでおいで~☆」

「うっはぁ~、次女ちゃんも可愛いっ!」

「は~い、水面揺らさない、慎重に、かつ迅速に、急発進急停車は厳禁、水を零す度にお仕置きだからね~☆」

「注文の多い人魚だな、ったく!」

「はい、水零れた。お仕置き~☆ 水鉄砲っ☆」

「どふっ! …………テメェ、お仕置きが拷問レベルじゃねぇか……」

「人を見てお仕置き内容を決めてるからね~★」

 

 まぁ、マーシャの水鉄砲を喰らって生きていられるのはハビエルとメドラくらいだろうしな。

 だってあれ、クッソデカい魔獣を貫いた後、洞窟の天井に穴を開けるような威力なんだぞ? 常人には無理無理。

 

「マ~シャさ~ん☆」

「次女ちゃ~ん☆」

 

 似たような口調で手と手を取り合ってはしゃぐマーシャと次女。

 似ているようで明確に異なる。

 次女のは天然。マーシャのは計算。……人魚、怖っ。

 

「は~い、海鮮かた焼きそば~」

「ありがと~☆」

「……あっ!」

 

 蹲るハビエルをよそに、マーシャに海鮮かた焼きそばを渡そうとした次女。

 が、勢い余って蹴っ躓き、マーシャの水槽の中へ海鮮かた焼きそばを放り込んでしまった。

 

 あ~ぁ。

 あんかけのエビが海に却ってら。

 

「次女ちゃ~ん……★」

「え~ん、ごめんなさ~い!」

「だ~め。お仕置き~★」

「ぴぃっ!」

 

 と、肩をすくめた次女の鼻に、マーシャが濡れた指先を付ける。

 

 

「つめたーっ!?」

「はい、お仕置きおしま~い☆」

「うぅ~、次から気を付ける~」

「よしよし~☆」

「贔屓が過ぎないか、人魚!?」

 

 蹲っていたハビエルが立ち上がり、抗議するが、マーシャには暖簾に腕押し。

 

「人を見て決めてるって言ったでしょ~☆」

「「「いいなぁ! あんなお仕置きなら受けてみた~い!」」」

「じゃあ、水でっぽ~☆」

「「「それは無理っ!」」」

 

 鼻の下を伸ばすオッサンどもだったが、マーシャに睨まれると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 撃たれればいいのに。

 

「さぁさぁ、お立合いです!」

「……ここに取りいだしたるは何の変哲もない、とってもラブリーな包装紙」

「ところがどっこい! これをただの包装紙と思うなかれです!」

「……ちょちょいと七輪であぶってやれば――」

「「あら不思議っ、秘密の模様がお目見え」です!」

 

 マグダとロレッタがあぶり出し包装紙の実演をすると、会場からは「おぉー!?」っと歓声が上がる。

「なんだあれは!?」「どーなっているんだ!?」「君ら二人はブルマを穿かないのか!?」と大いに盛り上がる。

 

 マーシャ。最後のヤツに水鉄砲を。

 

「どふっ!」

 

 うん。

 悪は滅びた。

 

「さてここからが耳寄りな情報です!」

「……こちらの、とっても素敵包装紙にくるまれた、陽だまり亭の新スイーツが――」

「「なんともれなくプレゼント」です!」

「「「うぉぉお!」」」

「もらう方法はとっても簡単です!」

「……午前中に陽だまり亭の屋台で食べ物を買うと『午前のハンコ』を捺す」

「そして、午後は陽だまり亭本店でお食事した人に『午後のハンコ』を捺すです!」

「……二つのハンコをワンセットで、新スイーツをプレゼント」

「しかもしかも、一つに4切れも入ったお得仕様です!」

「……期間限定」

「もらわにゃ損々です!」

「……スタンプ台紙は屋台で配布中。期間中なら、何個でも捺され放題のもらい放題」

「「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」ですっ!」

「「「くださいっ!」」」

「「まいど~」です!」

 

 ロレッタとマグダの口上が終わるや否や、売り子に人が殺到する。

 妹たちも、カンパニュラとテレサも、一所懸命客をさばいている。

 クッソ忙しいだろうに、みんなにこにこと。

 あぁ、こうしてワーカーホリックって生まれるんだなぁ。

 

「みなさん、とっても楽しそうですね」

 

 にこにこと、騒ぐ連中を眺めながら海鮮かた焼きそばを作るジネット。

 ジネットの言う通りだ。

 実に賑やかで、穏やかで、平和で、バカバカしい。

 こういうのが、四十二区には似合っている。

 

 だというのに……

 

「見つけたわよ、クレアモナ!」

 

 ぼさぼさの髪を振り乱し、血走った目でエステラを睨みつける女が、運動場へ乱入してくる。

 

「よくも……よくもよくもよくもよくもっ!」

 

 薄汚れた衣服を身に纏い、腕や顔に擦り傷が目立つ。

 何かから必死に逃げて、逃げ回って、ここへたどり着いたのがよく分かる。

 

「全部あんたのせいだから!」

 

 そいつはエステラを指差して、相変わらずの自分勝手な難癖を突きつけてきた。

 

「あんたのせいで、ウチの家は破滅よ! 責任取りなさいよ、クレアモナ!」

 

 

 元情報紙発行会のド三流記者。

 バロッサ・グレイゴンが、穏やかな空気を引き裂くように金切り声を上げていた。

 

 

 

 

 

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