異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

82話 講習会 -1-

公開日時: 2020年12月18日(金) 20:01
文字数:3,323

 俺たちは今、四十区に来ている。

 かの因縁深き、落第点のケーキ屋の、その厨房にだ。

 

 ジネットの誕生日パーティーには、四十区の領主デミリーも呼んでいた。

 砂糖の利権絡みでこちょこちょ話しておきたいこともあったし、何かと便宜を図ってもらいたいこともあった。

 砂糖が自領で生産できるとなれば、それは莫大な利益を生む。そういうこともあって、デミリーは二つ返事で誕生日パーティーに参加してくれた。

 下水のこともありほくほく顔だったと、デミリーの対応を一手に引き受けてくれていたエステラが言っていた。

 

 で、今日これから行われるのは、俺からの申し出でもあり、デミリーたっての希望ともいえる、そんな集まりなのだが……

 

「正直なところ、他人に教わるべきことなど何もないのだがねぇ」

 

 俺は今、猛烈にイライラしている。

 もう、ホント止めようかな。教えてやるの。

 

 今日は、俺が直々に、四十区の代表者にショートケーキの作り方を教えてやることになっているのだ。

 

 にもかかわらず、この態度である。

 

 以前エステラと二人で視察に来た自称ケーキ屋には、『ラグジュアリー』なんて御大層な名前が付けられていた。……けっ、何が『ラグジュアリー』だ。

 

 そこのオーナーシェフだというポンペーオという男を紹介されたのだが……こいつがまぁ、鼻につく鼻につく。

 広辞苑の『いけすかない』って言葉の例文に書き記したいほどいけすかない男なのだ。

 

「領主の頼みだから仕方なく時間を作ってやったんだ。感謝するんだね」

「ちょっとあんた。それが物を教わる人間の態度なの?」

 

 俺同様、先ほどからイライラしっぱなしなのがパウラだ。

 酒場の『カンタルチカ』がなぜケーキ屋にいるかって?

 ジネットの誕生日に参加していた四十二区の飲食関連のヤツらに「四十区にショートケーキを教えに行くことになったから、ついでに教えてほしいヤツ~?」って聞いたら全員手を上げたので、じゃんけんで決めた。どのみち、全店舗にレシピは教えるつもりだ。

 

 ま、そんなわけで、今回は、大じゃんけん大会の優勝者、パウラに教えることになったわけだ。

 

「ヤシロ。こんなヤツにまでケーキのレシピを教えてやることないんじゃないの?」

 

 パウラがあからさまに嫌そうな顔をする。

 そうは言うがな……

 

「ケーキはなるべく多く広めたいんだ。四十区でも、『ちゃんとした』ケーキが食べられるようになれば、その分需要が増す」

 

 あんなぼったくり黒糖パンなどではなく、適正な価格で、とても美味しいケーキを広めれば、需要は確実に伸びる。

 砂糖を可能な限り多く流通させなければいけないからな。

 それも早くだ。

 ショートケーキに関しては、独占を諦めるしかない。 

 それよりも、安定して販売できる方を取る。今回はそう判断したのだ。

 

「まぁ、感謝と言うほどではないのだが……一応、君たちに敬意を表して、我が店の美しいキッチンを使用する許可をあげよう。感謝するといいよ」

 

 こっちが感謝するのかよ……

 とはいえ……ふむ。厨房はそこそこいい感じじゃねぇか。

 

「使いやすそうな厨房だな」

「はっ! これだから貧乏人は」

 

 あん?

 

「『厨房』なんて泥臭い言い方はやめてくれたまえよ。ここは、『キッチン』という名で呼ばれているんだよ」

 

 キッチンも厨房も、結局『台所』じゃねぇかよ。メンドクセェ。

 

「我が喫茶店の『キッチン』は、かの高名なトルベック工務店の若き棟梁、ウーマロ・トルベック様の設計・デザインなのだよ。使いやすいなど当然であると、そう言わざるを得ないでしょう」

 

 ……イラ。

 言い回しがイラッとさせるよな、こいつ。

 

 に、しても……

 

「ウーマロが作ったのかよ。どうりで芸が細かいわけだ」

 

 デッドスペースに収納とか作られている。さすがだ、やるな『匠』め。

 

「き、貴様っ!? ウーマロ様になんと無礼な口を!? そんなヤツにこの素晴らしいキッチンを使わせるわけにはいかない! 出て行け!」

 

 ウーマロの作った厨房など、毎日使っとるわ。

 

「領主の命令に背くつもりか? 『俺』にケーキを教わり、四十区に普及させるよう言われてんだろ?」

「領主がなんだというんだ? あんな者、ただの一貴族に過ぎないではないか」

 

 領主を『あんな者』呼ばわりとは……

 ここ喫茶ラグジュアリーは、貴族の令嬢や裕福なご婦人方たちを客に持っている。そのため、様々な面で優遇され、一目を置かれる存在になっているのだ。……とはいえ、ここで食えるのは黒糖パンで、紅茶の淹れ方すら知らない三流店だ。

 その程度のもんで、こいつの鼻はどこまで高くなっているんだ?

 客を根こそぎ奪っちまうぞ、コラ。

 

「ヤシロさん、準備できました」

「おう。サンキュ」

 

 黙々と、俺が持ち込んだ食材を準備してくれていたジネット。

 用意が整ったようだ。

 

「んじゃ、さっさとやって、さっさと帰るか」

「待て。貴様には使わせないと言ったのだ」

「こっちはこっちの都合があるんだよ」

「知らぬ! ウーマロ様を崇拝できぬ者に、ケーキを作る資格などない!」

 

 誰があんなもんを崇拝するかよ。

 

「あの、ヤシロさん……どうしましょう?」

「いいじゃん。もう帰って陽だまり亭で勉強会やろうよ。こんなヤツに教えてやる必要ないって」

 

 そうしたい気持ちも分かるのだが……

 

 現状、『ケーキと言えばラグジュアリー』、というほど認知度が高いのがこの店なのだ。

 だから、ここがショートケーキを売り出せば、宣伝効果は抜群なのだ。

 とにかく、一般人が普通に砂糖を食べられる状態にまで持っていかなければいけないのだ。それも、あと数週間のうちに。

 

「しょうがない。あのオッサンを懐柔するか」

 

 完璧で知名度もある自分が、四十二区の聞いたこともない店の男に料理を習う。それが許せないのだろう。最初から全開で敵愾心を向けてきている。

 なら、その敵対する心を取っ払ってやるしかない。

 

「マグダー」

「……はいはい」

 

 店内から、マグダとロレッタがやって来る。

 この二人は、店に来るなり、「店員の動きを観察してくる」と客席に行っていたのだが……あまりいい評価は下していないようだ。二人の表情は渋い。

 

「ウーマロを呼びたいんだが、何かいい手はないか?」

 

 マグダにゴスロリ衣装でも着せてやれば、何区にいようと飛んできそうな気がするんだが。

 

「……それなら、考えるまでもない」

「どういうことだ?」

「……マグダ。ウーマロに会いたい」

「ここにいるッスよー、マグダたーん!」

 

 突然ウーマロが厨房へと飛び込んできた。

 ……え、なに? お前ってば、ついに次元や空間を越えられる変態にクラスアップしたの?

 

「実は、あたしたちが客席で店員を観察していた時、下手な変装をしたウーマロさんが来店してきたです。きっと、マグダっちょを見に来たです」

「いや、見に来たって……陽だまり亭で見りゃいいだろうが」

 

 なにをストーキングしてんだ、こいつは。

 暇じゃないはずなんだがな……

 

「あ、あなたはっ!? 設計の若獅子! 天才、ウーマロ・トルベック様っ!?」

 

 ポンペーオがビシッと背筋を伸ばし、ウーマロに対し、ガチガチに緊張した声で言う。

 ウーマロ相手に、滑稽なヤツだ。

 

「ん? 誰ッスか?」

「私です! オールブルーム一美味しいケーキをご提供するラグジュアリーのオーナーシェフ、ポンペーオです! あなたに最高のキッチンを設計していただいた!」

「う~ん…………覚えてないッスねぇ」

 

 今話題に上っている最高のキッチンとやらがここらしいんだが、こいつはマジで思い出せないようだ。

 

「けどまぁ、ケーキ屋ならヤシロさんのケーキを教わるといいッスよ。オイラも太鼓判の美味しいケーキッスから」

「もちろんです! まさにこれから教わるところなんです!」

 

 おいおい……綺麗に手のひら返したな……

 

「さぁ、さっさと教えるがいい、愚図。聞いてもらえることに感謝し、技術のすべてを私に明け渡すのだ」

 

 ……殴りたい。

 

「ウーマロ」

「なんッスか?」

「三日間、マグダ禁止」

「なんでオイラに八つ当たりするッスか!? 酷いッス!」

「……では、そういうことなので」

「あぁっ! マグダたん! 行かないでッス! オイラ、マグダたんがいないと過労死する自信があるッス!」

 

 そんな自信を持つな、バカが。

 

 ウーマロが素でこんなに情けない姿をさらしているにもかかわらず、ポンペーオの瞳には羨望の光が色濃く浮かんでいた。

 ……信者って怖ぇ。

 

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