異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

41話 移動販売開始 -2-

公開日時: 2020年11月9日(月) 20:01
文字数:1,878

 陽だまり亭に着くと、食堂の中が重い空気に包まれていた。

 ……なんだ?

 

「あ、ヤシロさん」

 

 カウンター付近に立っていたジネットが俺に気付いて駆け寄ってくる。

 

「どうしたんだ、この空気?」

「それが……」

 

 ジネットが視線を向けた先には、テーブルを囲み、深くうな垂れている三人の弟たちがいた。

 俺たちとは別の場所で移動販売を行っていた三人だ。

 

 どうした?

 なぜそんなに落ち込んでるんだ?

 

「ヤシロ。……ちょっと」

 

 エステラが近付いてきて、俺を静かに外へ連れ出す。その後ろをジネットもついてくる。

 ドアを閉めると、重い空気が遮断されたような、そんな気がした。

 

「これを見てくれるかい?」

 

 そう言ってエステラが指さしたのは『陽だまり亭七号店』の屋台だった。

 弟たちが使っていた屋台だ。

 何か不具合でもあったのか……と、屋台をくまなく眺めて、あることに気が付いた。

 

「…………売れてない?」

 

 視線を向けると、エステラは静かに首肯した。

 

 屋台の箱の中には、大量のポップコーンが入っていた。

 そしてその隣に、スーベニアカップがうずたかく積まれている。

 

 まったく減っていない。

 仕事をサボって遊びに行ってしまい、それで怒られていたのか? だからあんなにしょげ返っているのか?

 ……なんて、そんなあり得ないことを一瞬考えてしまった。

 だが、今の弟たちにとって、移動販売よりも興味を惹かれる遊びなどないはずだ。

 ここ数日で、いろいろ練習したり、勉強したりして、今日という日を心待ちにしていたのだ。

 あいつらが仕事を放り出すわけがない。

 

 でも、じゃあ……なんで?

 

「彼らが言うには、お客が一人も来なかったらしい」

「一人も?」

「はい……一生懸命呼び込みなんかもしたそうなんですが……」

 

 ジネットが泣きそうな顔を見せる。

 弟たちの受けたショックを思い、心が痛むのだろう。

 

「場所が悪かったのか?」

「そんなことはないよ。大通りに次いで人通りの多い道なんだから」

「……一体、何がいけなかったのでしょうか…………」

 

 まるで自分のことのようにへこむジネット。

 陽だまり亭の移動販売なのだから、売れなかったという問題は、ジネットにとっても他人事ではないのだが……こいつの落ち込みようはそんなものじゃない。

 弟たちが落ち込んでいることに落ち込んでいるのだ。

 

「……お兄ちゃん、ごめん」

 

 原因は何かと考え込んでいると、不意に背後から声がした。

 振り返ると、弟たちが三人並んでうな垂れていた。

 くりくりした目に、いっぱいの涙を浮かべて。

 

「……全然…………売れなかった…………っ」

「…………ごめ……ん」

 

 ……こいつら。そこまで真剣に考えていてくれたのか。

 なかなか、見所があるじゃねぇか。

 

「どうしたどうした! まだ初日だぞ!? 今日売れなかった分は、明日頑張ればいいだろうが」

「でも……」

「気にすんな! 妹たちがバカみたいに売ってくれたからな。トータルで見れば黒字だ。なに、最初でちょっと客を掴めなかっただけだ。そんな日もあるって」

 

 しょげ返る弟たちの頭を乱暴に撫で回す。

 初めての接客業だ。予想外のトラブルもあっただろう。思い通りに行かないことだらけだったに違いない。

 最初は屋台を一つにして、こいつら全員の面倒を見てやるべきだったかもしれない。悪いことをした。

 

「明日は俺が一緒に行ってやる。妹たちの倍売って、驚かせてやろうぜ。な?」

「…………うん」

「声が小さいっ!」

「うん!」

「『はい』だ!」

「はいっ!」

 

 まぁ、強引ではあるが、なんとか元気は出たみたいだな。

 こいつらに、そこまでの責任を負わせるつもりはない。結果に関しては俺が責任を負う。

 こいつらには、『元気に』『一生懸命』頑張ってもらえればそれでいい。

 

 もう少しだけ、遊びで元気を出させてやろう。

 

「よぉし、ヤロウども! この前教えた合言葉だ! 準備はいいか!?」

「「「はいっ!」」」

「ジネットは!?」

「「「ぽいんぽいん!」」」

「エステラは!?」

「「「………………」」」

「って、おーいっ!?」

「な、なな、なんなんですか、その合言葉はっ!?」

「無言ってなんだ!? 何か言いようはあっただろう!?」

「もうもうもう! みんなまとめて懺悔してくださいっ!」

「「「……くすくすくす…………あはははっ!」」」

 

 弟たちが笑い出す。

 ようやく、暗い顔が払拭された。

 

 そう。明日、頑張ればいいのだ。

 

「……ヤシロ…………ちょ~っと、話し合わないかい?」

 

 ……俺に、明日があればな。

 

「エステラ、一ついいことを教えてやろう。ナイフを人に突きつけて行うのは話し合いじゃない。脅迫だ」

 

 どす黒いオーラを放つエステラを宥めるために十数分の時間を要し、俺の夕食は随分と遅くなってから振る舞われた。

 

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート