陽だまり亭に着くと、食堂の中が重い空気に包まれていた。
……なんだ?
「あ、ヤシロさん」
カウンター付近に立っていたジネットが俺に気付いて駆け寄ってくる。
「どうしたんだ、この空気?」
「それが……」
ジネットが視線を向けた先には、テーブルを囲み、深くうな垂れている三人の弟たちがいた。
俺たちとは別の場所で移動販売を行っていた三人だ。
どうした?
なぜそんなに落ち込んでるんだ?
「ヤシロ。……ちょっと」
エステラが近付いてきて、俺を静かに外へ連れ出す。その後ろをジネットもついてくる。
ドアを閉めると、重い空気が遮断されたような、そんな気がした。
「これを見てくれるかい?」
そう言ってエステラが指さしたのは『陽だまり亭七号店』の屋台だった。
弟たちが使っていた屋台だ。
何か不具合でもあったのか……と、屋台をくまなく眺めて、あることに気が付いた。
「…………売れてない?」
視線を向けると、エステラは静かに首肯した。
屋台の箱の中には、大量のポップコーンが入っていた。
そしてその隣に、スーベニアカップがうずたかく積まれている。
まったく減っていない。
仕事をサボって遊びに行ってしまい、それで怒られていたのか? だからあんなにしょげ返っているのか?
……なんて、そんなあり得ないことを一瞬考えてしまった。
だが、今の弟たちにとって、移動販売よりも興味を惹かれる遊びなどないはずだ。
ここ数日で、いろいろ練習したり、勉強したりして、今日という日を心待ちにしていたのだ。
あいつらが仕事を放り出すわけがない。
でも、じゃあ……なんで?
「彼らが言うには、お客が一人も来なかったらしい」
「一人も?」
「はい……一生懸命呼び込みなんかもしたそうなんですが……」
ジネットが泣きそうな顔を見せる。
弟たちの受けたショックを思い、心が痛むのだろう。
「場所が悪かったのか?」
「そんなことはないよ。大通りに次いで人通りの多い道なんだから」
「……一体、何がいけなかったのでしょうか…………」
まるで自分のことのようにへこむジネット。
陽だまり亭の移動販売なのだから、売れなかったという問題は、ジネットにとっても他人事ではないのだが……こいつの落ち込みようはそんなものじゃない。
弟たちが落ち込んでいることに落ち込んでいるのだ。
「……お兄ちゃん、ごめん」
原因は何かと考え込んでいると、不意に背後から声がした。
振り返ると、弟たちが三人並んでうな垂れていた。
くりくりした目に、いっぱいの涙を浮かべて。
「……全然…………売れなかった…………っ」
「…………ごめ……ん」
……こいつら。そこまで真剣に考えていてくれたのか。
なかなか、見所があるじゃねぇか。
「どうしたどうした! まだ初日だぞ!? 今日売れなかった分は、明日頑張ればいいだろうが」
「でも……」
「気にすんな! 妹たちがバカみたいに売ってくれたからな。トータルで見れば黒字だ。なに、最初でちょっと客を掴めなかっただけだ。そんな日もあるって」
しょげ返る弟たちの頭を乱暴に撫で回す。
初めての接客業だ。予想外のトラブルもあっただろう。思い通りに行かないことだらけだったに違いない。
最初は屋台を一つにして、こいつら全員の面倒を見てやるべきだったかもしれない。悪いことをした。
「明日は俺が一緒に行ってやる。妹たちの倍売って、驚かせてやろうぜ。な?」
「…………うん」
「声が小さいっ!」
「うん!」
「『はい』だ!」
「はいっ!」
まぁ、強引ではあるが、なんとか元気は出たみたいだな。
こいつらに、そこまでの責任を負わせるつもりはない。結果に関しては俺が責任を負う。
こいつらには、『元気に』『一生懸命』頑張ってもらえればそれでいい。
もう少しだけ、遊びで元気を出させてやろう。
「よぉし、ヤロウども! この前教えた合言葉だ! 準備はいいか!?」
「「「はいっ!」」」
「ジネットは!?」
「「「ぽいんぽいん!」」」
「エステラは!?」
「「「………………」」」
「って、おーいっ!?」
「な、なな、なんなんですか、その合言葉はっ!?」
「無言ってなんだ!? 何か言いようはあっただろう!?」
「もうもうもう! みんなまとめて懺悔してくださいっ!」
「「「……くすくすくす…………あはははっ!」」」
弟たちが笑い出す。
ようやく、暗い顔が払拭された。
そう。明日、頑張ればいいのだ。
「……ヤシロ…………ちょ~っと、話し合わないかい?」
……俺に、明日があればな。
「エステラ、一ついいことを教えてやろう。ナイフを人に突きつけて行うのは話し合いじゃない。脅迫だ」
どす黒いオーラを放つエステラを宥めるために十数分の時間を要し、俺の夕食は随分と遅くなってから振る舞われた。
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