「なんだか騒がしいだぜ。楽しいことでもあっただぜ?」
「ミ、ミケルさん!?」
突如、礼拝堂に姿を現すミケル。
ここの甘ぁ~い空気にでも引き寄せられてきたのか、アブラムシ。
「ど、どうしてここへ?」
「おぅ、シスター。ちょっと見てくれだぜ。四十二区のメイドさんがくれた情報紙に、モコカのイラストが載ってるんだぜ!」
「妹さん、情報紙にイラストを寄稿されているんですよね」
「はぁ……イラストすらも可愛いだぜ。モコカ、ラァァアアアブ! ごふぅ!」
「血ぃ吐いたですよ、あの虫の人!?」
「……あのノリは……またヤシロのお友達」
「おい、やめてくれるかマグダ。ただの顔見知りだから」
突然現れて、場を引っかき回して、盛大に卒倒するミケル。
そんなミケルをうっとりとした目で見つめるソフィー。
「はぁあ、ミケルさん…………心底、気持ち悪い」
……こいつも重症だな。愛が歪んでやがる。
なんで気持ち悪くてそんなとろけた表情になるんだよ……
「部屋にでも連れてってやれよ」
「そ、そんな!? お、お付き合いもしていないのに、ミ、ミケルさんに触れるなんて……まして、お部屋に入るなど……ふ、ふしだらですっ」
「膝枕はするのに?」
「そ、それはっ……か、看病は、医療行為ですので無効なんです」
「じゃあ、医療行為として連れて行ってやれよ」
「みっ、……密着したまま、ミケルさんのお部屋で二人きりになんかなったら…………襲っちゃうかもしれないじゃないですかっ!」
「おいこら、ふしだら」
お前だわ、ふしだらなのは。混じりっ気なしのふしだら100%じゃねぇか。
密着したらムラムラしちゃうらしいな、どうやら。
それでソフィーはミケルを助けないのか。
そういや、ミケルに初めて会ったあの日も、ソフィーはバーバラを呼んで、ガキどもに運ばせてたっけな。
「あの、ヤシロさん。私の代わりにミケルさんを……」
「あぁ、悪い。俺、この後料理扱うから」
こんな吐血アブラムシは、不衛生なのでパス!
「あ、あの! 僕でよければお手伝いしましょうか!?」
と、名乗りを挙げるフィルマン。
なんだ?
リベカとの間が持てなくなって敵前逃亡か?
……と、思ったら。
「はぁあ! お姉ちゃんのピンチをさりげなく救ってくれるとは……た、頼もしいのじゃ!」
……いい義弟アピールか。
小鼻、膨らみまくりだな、フィルマン。
「じゃあ、フィルマンとアホのミケルは放っておいて、ぼちぼちドニスの相手をしなくちゃいかんな」
「領主様がおいでなのでしたら、私どももご挨拶をいたしませんと。さぁ、リベカ様」
「う、うむ……ちら」
「あ……っ。す、すぐに行きます。ですので……待っていてください」
「きゅん!」
ある一定の距離をあけると、まともに会話するようになるんだな、こいつら。
つか、ウゼェ。この桃色の空気、ウゼェ。
「「「……爆ぜろ」」」
「もう、ヤシロさん。またそういう……あれ? 今、他にも声が聞こえたような……?」
ジネットが辺りを見渡すが、呟いた連中はもうすでに口を閉じている。バーサとソフィ-。彼氏いない歴=年齢の『KIRIN』コンビだ。
センターマイクを握りしめて「KIRINです」とか言えばいいのに。ちょうど二人だし。
いや、まぁ。それを言うなら、ここにいる女子たちみんながそうなるのか。
「ロレッタって、彼氏とか欲しくないのか?」
「ほにゃっ!? な、なな、なんです、いきなり!? びっくりするです!」
「いや、お前がその気になったらすぐ作れそうだなぁって」
「そ、それは………………誰でもいいわけじゃないですもん。……ぷん」
なんか、拗ねられてしまった。
「……安定の無神経」
そして、マグダに毒を吐かれた。
「ヤシロさん。そういうデリケートなことは、あまり聞かない方がいいですよ」
恋バナ大好きなジネットにまでたしなめられる始末。
あぁ、そうかい。悪かったよ。
「そういえば、ヤシロさん」
死にそうな顔をしたミケルを肩に抱き、フィルマンが俺に向かって言う。
「以前ヤシロさんが言っていた大切な人って、そちらの方なんですね」
ジネットを指して言う。
とんでもないことを言う。
なので、蹴る。
「はぅっ!?」
「うぉう!? 痛ぇだぜ……」
フィルマンが床に倒れ、巻き込まれてミケルも倒れる。
まぁ、気にすんなミケル。連帯責任だ。なんかイラッてしたから。
「……なに、言ってんだ、お前は? ん?」
「い、いえ、だって……料理がうまくて、優しくて、温かい人だと。『宴』の料理を作ってくださってるのは、その方なのですよね?」
「あぁ、そうだよ。こいつが料理長のジネットだけど、何言ってんの、お前? ん?」
「玄関を開けると優しい笑顔で迎えてくれて、どんなに遅くなっても受け入れてくれて、顔を見ると『あぁ、帰ってきたんだな』と安心できる、そんな女性だと」
「あ、ちょうどいいところにモーニングスターが。ソフィー、貸して。ちゃんと洗って返すから」
「何で汚れる予定なんですか!?」
フィルマンがミケルを見捨ててずりずりと逃げていく。
……余計なことをぺらぺらと。
二度と雑音が漏れないように、今この場所できっちりケリをつけてやろうと足を踏み出す俺を、マグダとロレッタが止める。
「……詳しく」
「聞きたいです!」
くっ!
寝返ったな!
ちらりと後ろを振り返ると……
「みゅ…………みゅう……」
ジネットが壊れかけていた。
壊れかけのジネェィトだ。
あぁ、もう!
「女将さんだ」
しょうがないからネタばらしだ。
エステラにしたのと同じネタばらしをする。
そもそも、フィルマンに発破を掛けるために引っかけてやったようなものなのだ。無事リベカに思いを告げられた今、隠しておく理由はどこにもない。
「そ、……そう、だったんですか」
ジネットが、心の底から安堵のため息を漏らす。
心底ほっとした。そんな表情で。
「…………一瞬、心臓が止まるかと思いました」
ぎゅっと握った拳を心臓に押しつける。
もんっのすっっっごい「ぶにゅん!」ってしてるけども、外殻が。装甲の厚いボディだな。防弾チョッキがなくても弾が止まりそうだもんな。跳ね返すかもしれん。
……く。こういう時はいつも「手伝おうか?」とか軽口を叩くのだが……今は無理だ。
くそぅ、フィルマンめ。折角のおっぱいチャンスを……いつ、「じゃあ、お願いします」って来るか分かんないからチャンスがあればなるべくトライしているというのに!
「そう、だったんですか……僕のために」
「あぁ。まんまと騙してやったわけだ。ムカついたか?」
「いえ! むしろ感謝しています。ヤシロさんが、そこまで僕のことを考えてくださっていたなんて。感激です…………ですので、そろそろモーニングスターを手放してはいただけませんか?」
え? なんで?
まだ一発も殴ってないのに?
「……ヤシロは、ちょっとマザコン」
「誰がだ、こら」
ママ親大好きなお前が言うか、それを?
「お兄ちゃんの場合、マザコンというより……熟女マニアです」
「意味変わってきちゃうから、それ!」
母親に対する愛情と、熟女マニアの愛情はベクトルが違うからな!?
「ヤシロ様……ついに」
「ソフィー。お前の責任で、あの動く枯れ木を処分しておいてくれないか? ことあるごとに呪いの波動飛ばしてくるからさ!」
動く古木は、洞窟や祠に封印しておくべきだと、俺は思う。
毎朝ご飯とお酒をあげれば、土地神にでもなってくれるだろう。
「で、土地神様とジネットにはやってほしいことがあるんだ」
「あの、ヤシロさん。土地神様というのは……?」
あ、いかんいかん。まだお祀りしてなかったか。
「じゃあ、そこの地縛霊と……」
「ヤシロさん」
ちょっと強く「めっ」と言われた。
でもなジネット。地縛霊と同じくらいの呪いの波動がだな……
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