異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

261話 雪の中の不審者情報 -3-

公開日時: 2021年5月11日(火) 20:01
文字数:4,240

「モーマットが、踊ってた?」

「うん、両手を上げて、こう、体をゆらゆら揺らして」

 

 日曜六時半の国民的アニメのOPで一家と猫が果物の中から出てきて見せるダンスに似た踊りを、モーマットが踊っていたらしい。

 雪が積もってはしゃいじゃったのか? 何やってんだよ、あのワニ。

 

「もう一人って誰だ?」

「あ、それがね、顔は見えなかったの。ぼや~っとした影でさ」

「でも、モーマットさんの関係者だとは思うよ。畑にいたし」

「二人とも踊ってたのか?」

「ううん。モーマットさんが踊ってて、もう一人の方は……」

「こう、体を揺らしてただけ」

 

 パウラが視線を投げると、ネフェリーが気をつけのまま体を左右に揺らした。

 リズムに乗ってるだけのような、比較的おとなしい踊りだ。

 

「お顔が見えなかったのに、どうしてモーマットさんだと分かったんですか? 会話されたとか?」

「ううん。挨拶しても無視して踊ってたからさ、会話はしてないんだ。雪で声が聞こえなかったんじゃないかな」

「では、なぜモーマットさんだと?」

「だって、畑でおどける人なんてモーマットさんくらいしかいなくない?」

「それに、モーマットさんなら、踊ってても不思議じゃないし。ね、パウラ」

「うん。そういうことやりそう」

 

 モーマット、お前街の女子にそーゆー目で見られてるぞ。日頃の行い、もうちょっと考えた方がいいぞ。

 

「モーマットさんが、そんなことをされるでしょうか?」

 

 ジネットだけは納得していないようで、難しい顔をしている。

 

「あぁ、もう、まいったよ」

 

 そんな言葉とともに、エステラが陽だまり亭へと入ってくる。

 ドアの前に集まっている俺たちを見て、目を大きくする。

 

「どうしたの、こんなところに集まって?」

「それよりも、エステラさんは何かまいったことがあったんですか?」

「あぁ、それなんだけど、イメルダがさぁ……」

「ねぇエステラ。モーマットさん、まだ踊ってた?」

「はぁ!?」

「あの、エステラさん、イメルダさんが何か?」

「それよりヤシロ、早く行こうぜ、変質者を捕まえに」

「変質者って、なに!? 詳しく聞かせてくれるかい、デリア」

「んなぁああ! お前ら一回黙れ!」

 

 それぞれが好き勝手に質問したりしゃべったりするから収拾がつかなくなっている。

 

「……まとめると、モーマットが踊る変質者でまいったまいった……ということ?」

「うん、違うぞマグダ。そこら辺のことを強引にまとめる必要はないから」

 

 モーマットに謂れのない変質者疑惑が着せられかけた時、ナタリアと、ナタリアの小脇に抱えられたイメルダが入ってきた。

 

「遭難者を保護しました」

「さ、寒い、ですわ……」

「お前、また遭難したのかよ!?」

 

 ガチガチ震えるイメルダ。

 今年はホワイトアウトしてないだろうに。

 

「ボクたちから逃げるからだよ」

「ですから、逃げてなどいませんわ!」

「逃げたじゃないか、ボクが声を掛けたら『ぴゅー』って!」

「それは人違いだと何度も申し上げているではないですか、本当にしつこい人ですわね!」

「どういうことだ?」

 

 エステラとイメルダの間で意見の食い違いが発生しているらしい。

 それも、極めてややこしい感じの。

 

「実は、私とエステラ様が街道を歩いていると、前方に人影が現れまして。エステラ様が声をかけたところ、その人影が物凄い速度で逃げていったので私が後を追ったのです」

「あ、私たちと一緒! 私たちも、街道に入った辺りで人影を見かけて、それで誰だろうって追いかけて、ね、パウラ?」

「そうそう。陽だまり亭を越えちゃうけど、気になったから人影を追いかけてさ」


 その結果、モーマットの畑で踊る人影を見つけたらしい。

 そして、総合的に判断して「な~んだ、モーマットさんか」と結論付けたのだと。


「ねぇ、エステラ。その人影ってモーマットさんじゃなかった?」

「モーマットではなかったね。シルエットしか見えなかったけど、胸があったから」

 

 説明するエステラの腕は、自身の胸のところで「ぼぃん」と弧を描く。

 かなりな巨乳だ。モーマットなわけがない。

 

「不審に思い、影が逃げた方向へひた進んでいった結果、木こりギルドの前で倒れているイメルダさんを発見したのです」

「ですが、ワタクシは畑の中になど入っていませんわ」

「雪で分かんなかっただけだよ、きっと」

「いいえ、エステラさん。はっきりきっぱりと違いますわ」

「どうしてそこまで自信たっぷりに言い切れるのさ?」

「ワタクシ、敷地を出て十二歩で歩くのがイヤになりましたもの!」

「じゃあもう、帰って館で過ごせばよかったのに!?」

 

 外に出てすぐに歩けなくなり、うずくまっていたら遭難しかけたらしい。

 積雪すごいからなぁ……お嬢様には歩くこともままならないか。

 ……って、いやいや。イメルダは木こりとして鍛えているから俺よりも体力があるはずだ。

 こいつにないのは根性と我慢する心だな。

 

「じゃあ、畑にいたのは誰なのさ?」

「だから、モーマットさんだって」

「あのね、パウラ……モーマットがあんな『ぼぃん』になっていたら、ボクは農業ギルドに重税を課さなければいけなくなるだろう?」

「いや、いけなくはならないんじゃないの、エステラ……?」

 

 パウラに詰め寄るエステラにドン引きのネフェリーがまっとうなツッコミを入れる。

 シルエットとはいえ、ぼぃんちゃんとモーマットは見間違えないだろう。

 

 モーマットの畑で何が行われてるんだ?

 

「とにかく調べに行くか」

 

 幸い、心強いメンバーが集まってきた。

 俺とデリアが抜けても大丈夫だろう。

 

「おや、なんさね、入り口に集まって?」

 

 そこへ、ノーマがやって来る。

 傘を差し、大きな荷物を背中に背負って。

 

「なぁ、ノーマ。外で変なヤツ見なかったか?」

 

 デリアがノーマに質問を投げる。

 ノーマは落ち着いた様子で頷き、「あぁ、それならさっき見たさね」と肯定する。

 

「ほれ、こいつのことだろぅ?」

 

 ぽ~んと陽だまり亭のフロアに放り込まれたのは、雪にまみれたベッコだった。

 

「偶然そこで会ったんさよ。この寒いのに歩くんが遅いんで、小脇に抱えてきてやったんさよ」

「羨ましいぞベッコ! 後頭部で何バウンドした!?」

「いや、それがでござるなヤシロ氏、絶妙に触れない位置に抱えられていたでござる」

「もう、お二人とも。懺悔してください」

「……雪の中で」

「よぉし、ベッコ。外に出るさよ」

「待つでござる、ノーマ氏! 今の『雪の中で』はマグダ氏のお茶目でござるよ!?」

 

 ざっと見渡し、全員が無事に揃ったことを確認する。

 とりあえず、被害者は出なかったか。……よかった。

 

「んじゃあ、メンバーを選出して、辺りを調べに行くか」

「あたいは行くぞ! 変質者を捕まえてやるんだ!」

「……マグダも行く」

「では、私もお供いたしましょう」

「えっと、じゃあ……ボクは残ろうかな。ジネットちゃんと陽だまり亭を守らなきゃいけないしね」

「あの、あたしは?」

「ロレッタは残れ。お前が来るとハム摩呂も来かねん」

「分かったです」

「あたしは行くわよ。モーマットさん探したいし」

「いや、パウラ。私たちはやめとこう。メンバーを見なさいよ。足手まといだって」

「ベッコとキツネ大工は残るさね。こんな天気の中で『残される』ってのは不安になるもんだからね。頼りなくとも、いるだけで幾分かマシさね」

 

 そうして、俺とデリアとマグダとナタリア、そしてノーマで見回りに行くことになった。

 ……俺だけ戦力に不安が!?

 

 まぁ、行くけども。

 

「ヤシロさん。すぐに戻ってくださいね」

「おう、温かい飲み物を用意しといてくれ」

「はい」

 

 不安顔のジネット。

 大丈夫。どこのどいつか知らないが、この四十二区武闘派オールスターズの前では何も出来まい。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 居残り組に言って、俺たちは外へ出た。

 雪こそ降っていないが、霞に包まれた四十二区。

 視界は真っ白だ。

 そんな中に、雲の切れ間から差し込む朝陽がキラキラと美しい光の筋を生み出している。

 

 空気中を舞う細かな氷の粒が光を反射して、淡い虹を発生させる。

 素晴らしく綺麗だが、『寒い』が勝って感動の邪魔をする。

 

 何人もの来客があったおかげで、陽だまり亭の前に積もっていた雪はその体積を減らしていた。

 人が通った後が道になっている。

 

 出来上がっている道を通って陽だまり亭の前の道、街道へと出る。

 パウラたちが言っていたことを確認するため、モーマットの畑の方へ向かう。

 教会へ向かって少し歩くと、しばらくしてモーマットの畑が見えてくる。

 視線を向けるが、誰もいない。

 いや、もしいたとしても、こう霞に覆われていては何も見えない。

 もう少し近寄ってみるか。

 

 畑に向かって足を踏み出すが、積雪が多くて進むのが大変だ。

 つか、足跡がまったくついていない。

 

「怪しい足跡はあるか?」

 

 俺たち以外の何者かがいたのだとすれば、雪の上に足跡が残るはずだ。

 まずはそれを探し、そしてその足跡をたどっていけば犯人にたどり着けるだろう。

 

 そんな説明をノーマとナタリアにしていた時、少し離れた場所からデリアの声が聞こえてきた。

 

「いたぞ! あいつだ、ヤシロ!」

 

 全員がデリアへと視線を向ける。

 デリアが指さしているのは教会の方向。街道の上だった。

 

 そこに、ぼんやりと輝く霞の中に、はっきりと浮かび上がる人影があった。

 がっしりとした体つき。

 獣の耳。

 そして、何かを訴えかけるようにバタバタと振り回される両手に、『パーン!』と張りがありそうなダイナマイツおっぱい。

 

 そう、それは――

 

「デリア。それ、お前の影だ」

「え!?」

 

 デリアの後方、街道に直立するように現れたのは、紛れもなくデリアの影だ。

 

「で、でも、ヤシロ! 影って足元に出来るんじゃないのか?」

「そうさね。あんな街道の真ん中には、影が映るようなものなんか何もないさね」

 

 確かに、街道の真ん中には影が映るような壁やスクリーンなんてあるはずがない。

 でも、そこに影は浮かんでいる。

 影を映しているのは。

 

「この霞だよ」

 

 靄や霧と言ってもいいかもしれないが、視界を真っ白に埋め尽くすような濃度の高い霞には、影が映るものだ。

 水蒸気を発生させてそこにプロジェクターの映像を映す『ミストスクリーン』という技術もある。

 

 それが、今朝のこの気候で偶然引き起こされたんだ。

 

「こいつは、『ブロッケン現象』だな」

 

 マグダに合図して、陽だまり亭に残っている者たち全員を呼んできてもらう。

 太陽が昇るとこの現象は見られなくなるだろうから、今のうちに見せておいてやろう。

 

 そして、俺は全員が揃うまでの少しの時間、この珍しい現象を眺めて堪能していた。

 心の奥で――

 

 

 ったく、驚かせやがって。

 

 

 ――そう、悪態を吐きながら。

 

 

 

 

 

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