「やぁ、諸君! ご馳走になりに来たよ!」
エステラだった。
「お前かよ……」
「そんなあからさまに嫌な顔しなくてもいいじゃないか、失礼なヤツだな!」
エステラは足音を荒らげて俺の向かいへと座る。
なんで向かいだ? 他にも席はいくらでもあいているだろうに。
「お昼ご飯をご馳走してくれる約束だろ? だから食べに来たんだよ」
「残念だな。今はもう夜だ」
「君に頼まれた申請をしていて、お昼を食べ損なったんだよ」
「それは残念だな。だが、これから食う飯が夕飯であることに変わりはない」
「君ねぇ! あんなに頑張ったボクからお金を取ろうって言うのかい!?」
「どんなに頑張ったのか、俺、見てねぇもん」
エステラが眉間にシワを寄せる。
だがな、エステラよ。努力を褒めてほしがるのはダメだ。
努力とは自分のためにやるべきもので、対価を求めるものではない。
対価を求めていいものは結果を出した時だけだ。
努力とは、して当たり前のものなんだよ。
でなきゃ、歌手にアイドルに野球選手にと、夢破れた無数の努力者たちが報われないじゃないか。
「エステラ。努力を誇るようになったら、人間終わりだぜ?」
「きちんと結果も出してきたよ。申請が通った。今日からゴミ回収ギルドは活動が出来る」
「えらい! 褒めて遣わす」
「じゃあ、ご馳走を……」
「それとこれとは話が別だ」
「なんでだよぉ!」
契約は、『昼飯をご馳走する』なのだ。
夕飯をご馳走したら、それは契約違反になってしまう。
「あの、ヤシロさん。いいじゃないですか、夕飯を食べていただくくらいは……」
「それに、お前が金を払わないとジネットが嘘吐きになってしまう」
「えっ!?」
ジネットが驚いた声を上げ、エステラはそんなジネットの顔を見つめる。
先ほどジネットは言ったのだ。
「きっと、今日だってもう一人くらいは来てくださいますよ」と。
しかし、もう間もなく閉店時間だ。これから客がもう一人来る可能性は極めて低い。
「『精霊の審判』発動しちゃおっかなぁ~」
「き、君ね! そんな脅しは卑怯だぞ!」
「あぅ、あの……ヤシロさん、わたしは、その……」
まぁ、本気で言っているわけではないが……
ちらりとエステラを見ると、物凄いしかめっ面で睨まれた。
「分かったよ。『夕飯』にはお金を払おう。ただし、今後多少の時間の誤差で渋るのは無しにしてくれよ!? 『午前中だからまだ朝食だ』とか、『三時だからおやつだ』とか!」
おぉ、さすがエステラ。俺がやろうとしていたことを先読みしやがった。
まぁ、こいつの働きも認めないわけではない。いいだろう。今回だけで勘弁してやる。
「ジネット。今日仕込んだものですごく残ってるものはなんだ? 明日には持ちこせないようなもので」
「それでしたら……川魚でしょうか」
「エステラ。この店の川魚の煮込みはすごく美味しいぞ、おすすめだ」
「……君、ホンットにいい性格してるよね」
呆れ返った目で俺を見て、エステラはため息を漏らす。
「じゃ、川魚の煮込みと黒パンを」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
ジネットが跳ねるような足取りで厨房へと駆けていく。
厨房に入る間際、ジネットは振り返りエステラに向かって頭を下げる。
「わたしのせいで、ごめんなさい」
「え?」
一瞬、なんのことか分からなかったらしいエステラは目を丸くする。が、すぐにジネットの言わんとしていることを理解して、手を振って応える。
「さっきのはジネットちゃんのせいじゃないよ。この男の性根が腐りきっているのが悪いんだ」
「なんだ、エステラ。知らないのか? なんだって、腐りかけが一番美味いんだぞ」
「何を言っているんだい? 君の性根は完全に腐りきっているからもう手遅れじゃないか」
この女……ああ言えばこう言う。
そんな俺たちのやり取りを見て、ジネットはくすりと笑う。
「すぐに準備しますね」
そう言って、厨房へと入っていった。
「まったく。君にはがっかりだよ」
二人きりになるや、エステラは机に肘をつき、ジト目で俺を見上げてきた。
「盛大に褒められると期待していたのにな」
「頭でも撫でてほしいのか?」
「なっ!?」
エステラは頭を押さえ、突っ伏していた体を起こす。
俺から距離を取るように体を仰け反らせ、ほのかに染まる顔で牙を剥く。
「ボクを子供扱いするな!」
「じゃあ、尻でも撫でてやろうか?」
「……それは、何扱いのつもりかな?」
「女扱いだが?」
「君はいつか裁かれるよ、絶対に」
バカめ。尻を触るのは『嘘』ではない。であるならば、精霊神には裁けまい!
人間相手なら、いくらでも言い逃れは出来る。
俺を裁くなど、何人たりとも出来はしないのだ。
「君ってさ、相当腹が黒いだろう?」
「インドアを絵に描いたようなこの俺の腹が?」
「肌の色じゃなくて、腹黒だって言ってるの!」
「乳首は綺麗なピンク色なんだがな」
「聞いてないし、聞きたくもないよ、そんな情報!」
エステラは耳を赤く染め、そっぽを向く。
いかんな。ジネットと違ってこいつにはいくらセクハラしてもいいような気がしてしまう。
というか、反応が面白くて、「むしろもっとやってください」と言われているようにしか思えない。
が、まぁ……真面目な話、こいつの鋭さは危険だな。
俺が腹黒だと気が付けるのは、それはきっとこいつも同類だからだ。
それに。エステラは、常に何かを隠している。
こいつの目は、そういう目だ。俺も同類だからな、分かるんだよ。
俺が腹黒だって言うんなら……
「お前はどうなんだよ?」
挑発するように言ってやる。
と、エステラは俺をキッと睨み、拳骨を俺の顔にめり込ませた。
「……んごっ!?」
「な、なんでボクが、き、君に乳首の色を教えなくちゃいけないのかな!?」
ち、違う……そうじゃないんだ、エステラよ……
誤解を解きたいのだが、……痛くてしゃべれない…………
あぁ、セクハラもほどほどにしないとこういう目に遭うってことだな……気を付けよう。
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