懲罰の時間が終わり、目隠しを取ると――ビバぷるぅ~んの胸元からたすきが外されていた。
「帰れ!」
「申し訳ないトト殿! 今一度! 今一度だけビバぷるぅ~んを!」
「もう外していいって言ったじゃないかぁ!?」
「このとーりです!」
「土下座はダメですってば!? 衆目が!? 衆目がありますから!」
「ビバぷるぅ~んをっ!」
「やります! やればいいのでしょう!?」
「いや、やらなくていいですよ、ミズ・フレキシリス。今、こっちを黙らせますので」
言って、エステラがこちらへ冷たぁ~い視線を向ける。
「聞け」
「お前な、そんな二文字で人の拒否権を強奪するんじゃねぇよ」
こいつのどこが微笑みの領主なんだ。
命名したヤツを連れてこい。
あ、たしかリカルドだっけ? じゃあやっぱ連れてこなくていいから二年ほど立ち入りを禁止にしといてくれ。
「で、組合の上層部ではなく、次男三男が接触を図って、うまく組合に便宜を図れ――って話じゃないんだよな?」
「はい」
ネグロはさっき、父親や兄に利用されるのは嫌だと言った。
つまり、こいつらは今の組合の上層部に反感を抱いているということになる。
まぁ、最初から反発心ありありな語り口調だったけどな。
「父をはじめ、現役員たちは自分の地位と利益を守ることしか頭にありません。グレイゴンのような人間が出てくるのも、致し方ない状況なのです」
こいつは、それを苦々しく思っていると。
「私の兄も、父に迎合し……いや、それよりももっとイヤラシイ発想と手段で自身に利益を集められないかとソレばかりを気にするような人物で……私の考えとは相容れない思考の持ち主なのです」
「ネグロ様は、四十区の道が整備されないことに憤りを感じておられた御人なんッスよ。オイラもよく相談を持ちかけられたッス。けど、あの頃のオイラたちは道路整備のノウハウを持ち合わせていなかったッスから……」
意外なことに、ウーマロたちが道路整備を得意にし始めたのはハムっ子を雇い入れるようになってかららしい。
「でもお前ら、知識持ってたじゃん?」
「それは、基本的なことは勉強したッスけど、秀でているとはとても言えないレベルだったッスよ。ヤシロさんに教わって目から鱗な話がどれだけあったか……」
そうなんだ。
大雨であっちこっちが冠水してた時なんか、こいつらに頼んで補修に走り回ってたんだが、あの時にこいつらもこっちからいろいろ学んでいたと。
「じゃ、授業料」
「それを差し引いて、あの時の工事費はほとんどもらってないッスよ!?」
「あぁ、うん。あの時は本当に助かったよ」
「なんで俺の知識でお前が助かってんだよ?」
「噂だけどさ、ヤシロ。君はボクの懐刀らしいよ?」
「了承してねぇよ。利益をこっちにもしっかり回しやがれ」
「領主に対する不敬な発言、破廉恥な行動を何度も大目に見てあげたじゃないか」
「「「破廉恥な行動を!?」」」
「「「何度も!?」」」
「そーゆー意味じゃないよ!? ざわざわしない! また目を塞ぐよ、諸君!?」
自爆発言であわあわするエステラ。
つまりこれはあれか?
「俺はエステラを助ける度に、破廉恥なことをしてもOKというお墨付きを得たということか?」
「ダメですよ、ヤシロさん」
にっこりと、陽だまり亭懐石を持って微笑むジネット。
くっ、なんて絶妙なタイミングで。
「いや、でもエステラが――」
「めっ」
ちぃ!
「つまり、四十区の道が平らになったのはエステラのおかげってわけか。ちっぱいロードって名付けよう」
「誰がちっぱいだ!?」
「なだらかロード」
「なだらかじゃない!」
「いや、エステラさん。四十区の道はなだらかなんで、そこまで悪い名前ではないと思うッスけど……まぁ、由来がアウトッスね」
エステラのようになだらかな道に!
って、キャッチフレーズにすれば、工事の依頼が殺到すると思うけどなぁ。
対義語を作るとすれば――
「――ジネット坂」
「それは、傾斜のキツそうな坂ですね」
「ナタリア、黙って!」
「もう、懺悔してください、ヤシロさん!」
箱根越えよりも険しい道のりになりそうだ。
旅人泣かせだな、ジネット坂。
「対義語と言えば――」
「いつそんな話をしていたのさ?」
今してたろう!
声にこそ出していないが。
「『ノーブラ』の対義語は『イエス、ブラジャー!』で間違いないか?」
「いえ、ヤシロ様。その場合は『イエス、パンティ!』になるのでは?」
「君たち二人とも、しばらく口を閉じているように!」
「イエス、ブラジャー!」
「イエス、パンティ!」
「口を閉じたまま器用にしゃべるな!」
バカだなぁ、エステラは。
俺とナタリアだぞ?
腹話術くらい余裕で出来るっつーの。
視線を交わし、互いの健闘を称えてハイタッチを交わす。
で、置いてけぼりの貴族たちに向き直る。
「エステラのせいで脱線して悪かったな。続けてくれ」
「本当に口を閉じているのに流暢に会話を……、さすがですヤシロ様!」
「いいよ、そんなくだらないところに敬意を表さなくても。頭を上げてください、ミスター・ヴィッタータス」
「微笑みの領主様。我々に敬称は必要ございません。年齢こそ我々の方が上ですが、身分はあなたの方が高いのです。どうぞ、気軽に名前でお呼びください。敬語も必要ございません」
「じゃあ、ボクのことも名前で――」
「恐れ多いことでございます、微笑みの領主様!」
「なんでこの要望ってことごとく届かないのかなぁ!? 強権発動しちゃうよ、そのうち!?」
エステラがむくれて「じゃあ、ネグロ、クルス、トトさんって呼ぶからね!」と頬を膨らませ、さっさと話を進めろとばかりに俺に合図を送る。
指図すんじゃねぇよ。
「で、お前らは相容れない現在の組合役員を引き摺り落とすつもりなのか? それとも、組合を解体させるのが目的か?」
こいつらが今行動を起こしたのは、好機だと判断したからだろう。
何がこいつらにとって好機と映ったのか。
まず間違いなく、グレイゴン家の取り潰しだ。
グレイゴンと似たり寄ったりな実態が明るみに出れば、波及的に被害が拡大する可能性が高い。
陰に隠れて表に出てこない『偉いさん』的にも、安心は欲しいだろうしな。
ただの腐敗運営ではなく、国家転覆の大罪をおっ被せられている現在、残った役員は戦々恐々としているはずだ。
そこを狙って突き崩しを図る。
まさに絶好のチャンスってわけだ。
「組合自体は、有用な組織であると考えています。立ちゆかない大工たちへの救済や、足りない人手を融通し合える環境は作業の幅を広げますし、うまく機能すれば皆の手に利益を生み出します」
だが、それを運営する上層部が腐敗していては、折角の枠組みが機能しないばかりか、足枷となる。
ウーマロたちトルベック工務店が組合に留まる理由がなくなっていたように。
「出来る者にばかり負荷をかけ、出来ない者にレベルを合わせるやり方は間違っています。それ以上に、何も出来ず何もやらない者のもとへ利益が集中する仕組みはもっと間違っています。私は、そこを変えたいのです」
つまり、組合は残して首のすげ替えを行いたいと。
「だが、組織を残せば古い体制に依存する者は必ず現れる。お前らが努力して作り替えても、また元通り腐敗する可能性の方が高いぞ」
意欲に燃える者が改革を行えば確かに組織は変わる。
だが、それが未来永劫守られるというわけではない。
健全化された組織はやがて腐敗し始め、元の木阿弥となる。
人間の心に巣食う優越感と劣等感は、どうあがこうがなくせないものだからな。
「それに、トップが代わったから戻ってきてくれと言われて、トルベック工務店や他の連中がはいそうですかと従うかは分からんぞ」
組合はウーマロたちを追い詰め、追い出した。
トップが代わったからまたよろしく! あ、持ってる技術教えてみんなの見本になってね☆
なんて言われて、ほいほいそれに乗っかるほどのバカじゃない。
どんなに熱く語ろうが、それでこいつを信用することは出来ない。
そもそも、こいつの語る夢物語が実現するかも疑わしい。
「もちろん、許していただけるとは思っていません」
それでも、ネグロは一切揺らぐことのない強い意志の籠もった瞳で俺を見る。
俺を含む、世界を睨み付けている。
「ですので、私は皆様にお願いをしたいのです。私たちのこれからを見ていてほしいと」
俺、エステラ、そしてウーマロへと視線を移し、ネグロは迷いのない声で宣言する。
「私たちは、現在の役員をすべて排除し、組合を作り直します。そして、現在組合に非加入の王族御用達の大工たちを組合へ招きます」
組合に入るメリットがないという理由で組合に加入していない中央の大工を引き込むという。
それは決して容易なことではない。
組合に入ってもいい、いや、是非入りたいと思わせるだけの何かがないと不可能だろう。
「当てはいるのか?」
「難しいでしょうが、不可能ではないと考えています。下水に水洗トイレ、そして大衆浴場は、王族ですら持ち得ない素晴らしい技術です。それに負けないような革新的技術を我々が生み出せれば、交渉の余地は十分あります」
王族がウーマロたちの技術に目を付ければ、お抱えの大工たちは焦るだろう。
それと同じくらいの技術を、組合で生み出そうというつもりらしい。
「ヒントはたくさんいただきました。自分たちで考えてみます。もちろん、皆様の邪魔をするような粗悪なコピー品を作るようなマネはしません」
見様見真似で大衆浴場や水洗トイレを作るつもりではないようだ。
核心部分が分からないままでは、ただの粗悪品にしかならないだろうし、それで王族が靡くかと言えば……まぁ、難しいだろうな。
「なんとしてでも、王族とのコネを得て組合の立ち位置を確固たるものにします。そして、いつの日か、『戻ってもいいかもな』と思っていただける組織にしてみせます」
こいつは、今すぐどうこうしようというつもりはないようだ。
時間をかけ、ゆっくり着実に理想の状況を築き上げていこうとしている。
それを、見ていてくれと。
手を貸してほしいではなく、自分たちで頑張ってみるから見ていてくれと言っている。
こいつらの目的は、信頼の回復。
本当にそれだけなんだ。
ズルも小細工もなしで、ウーマロや他の大工たちに認められようとしている。
これまでの組合以上に、大工たちに恩恵を与えられる組織にすると、そんな夢物語を大真面目に語っている。
あぁ、こういうバカ真面目なヤツは、ウーマロの大好物だろうな。
「その意気込み、オイラは賛同するッス! もし、何か困ったことがあったら相談してッス。みなさんの意思を踏みにじらない範囲で協力するッスから!」
……な?
ウーマロはこれでなかなか面倒見がいいからなぁ。
「では、私たちが道を踏み外しそうになったら、容赦なく鉄槌を下してください」
「分かったッス! けど、そうはならないって、オイラは信用したッス」
「その信頼、今度こそ裏切らないよう全力で努力いたします!」
強い握手を交わすネグロとウーマロ。
ネグロの目的は、これで達成できただろう。
今すぐ動きがあるわけではない。
けれど、今日、この瞬間から確実に動き始める。
こいつは、真っ向勝負で信頼を勝ち取ろうとしているのだ。
「まぁ、初手はヤシロに対するあからさまな賄賂だったけどね」
ただ一人、納得いかないという表情のエステラ。
そう細かいことを言うなよ。
ビバぷるぅ~んはいいものだったのだから。
アレも込みで、見込みのある男だということだよ、うん。
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