異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

273話 災い転じて -2-

公開日時: 2021年6月18日(金) 20:01
文字数:4,254

「ぺったん! ぺったん!」

 

 威勢のいいロレッタの掛け声が響く。

 

「ぺったん! ぺったん!」

「……エステラ」

「ぺったん!」

「マグダ、余計なこと言わなくていいから!」

 

 リズムよく杵を振り下ろすマグダ。

 ロレッタとの呼吸は完璧で、合い過ぎるからこそちょっと暇になったんだろう。

 言いたくなる気持ちはよく分かるぞ、うん。

 

「ほぅ、このような加工をするのか」

「興味深いな」

 

 ルシアとドニスが食い入るように餅つきを見つめている。

 ギルベルタはマグダの動きを真似てエア餅つきをしている。

 

「……完了」

「お兄ちゃん、お餅第一弾、完成です!」

「よし、ジネット」

「はい!」

 

 餅が搗き上がれば、そこから先は俺とジネットの担当だ。

 両手を濡らし、手早く一口サイズに千切って丸めていく。

 これが、かなり熱い。が、熱いうちに終わらせなければいけないので我慢する。

 

「熱くはないのか、カタクチイワシ?」

「めっちゃ熱いよ」

「でも、慣れると大丈夫ですよ」

 

 えっ、マジで!?

 お前すごいな、ジネット!

 

 俺はこまめに水で手を冷やさないと泣きそうなのに。

 ジネットは終始にこにこと餅を丸めていた。

 なんでかな。ジネットが笑いながら丸めていると、もうそれだけで美味そうに見える。

 

「美味しそうだね、ジネットちゃんのお餅……」

 

 エステラも同じ感想を持ったようだ。

 これは一種の条件反射なのかもしれないな。

 

 餅が丸め終わったら、お待ちかねの味付け&試食タイムだ。

 味付けは、マグダとロレッタも参加する。

 

「あたしはなんといっても砂糖醤油です!」

「……マグダはあんこがおすすめ」

「きなこも美味しいですよ」

 

 陽だまり三人娘がそれぞれお勧めする味付け。

 各々が思うままに箸をつける。

 

「ん!? 美味いではないか! 見よ、こんなに伸びるぞ!」

「楽しいのは分かったから、ちゃんと食え。落とすぞ」

 

 餅を「もちぃ~ん」っと伸ばしてはしゃぐルシア。

 ギルベルタも、静かに「もちぃ~ん」と伸ばしている。

 

「ドニス。俺の故郷では、毎年年の初めに多くのご年配が餅を喉に詰まらせるという事故が多発しているのだが……『気を付けろよ』?」

「ならなぜそんな期待するような目をしておるのだ、ヤシぴっぴよ!?」

 

 目指せパイオニア!

 第一号として記録に名を刻むといい。

 

「うむ。美味いな。これはいくらでもイケてしまいそうだ」

 

 餅を喉に詰まらせるようなこともなく、ドニスは餅をパクパク食っている。

 大工たちも、ウーマロに勧められてがつがつと食っている。

 

「甘いのに疲れてきたら、こちらの大根おろしも試してみてください」

 

 あっさりとして、ピリリと辛味の利いた大根おろしで食う餅も美味い。

 納豆やなめたけがあればよかったのだが、今のところこの街で見かけたことはない。

 探せばあるのかもしれないが。

 

「店長さん、お兄ちゃん! あっという間に第一陣完売です!」

「……すっからかん」

 

 結構な量があるように見えた餅がきれいさっぱり食い尽くされた。

 ルシアの館の給仕がさっきより増えている。食いに来たらしい。

 

「じゃあ、次はギルベルタ、搗いてみるか?」

「やってみたい思う、私は!」

 

 いきなりルシアにやらせるのは危ないので、まずはギルベルタに教える。

 あとは、ガキどもに教えた時のように、交代で数回ずつ搗かせてやればいい。

 もっと必要になるようなら、大工を使って量産させよう。

 

「では、次のお餅が出来るまでの間に、乾燥したお餅で違うメニューを作りますね」

 

 実はそれが一番楽しみだったジネット。

 うきうきと変わり種餅の調理に取りかかる。

 

「ジネットちゃん、それは?」

「春巻きの皮です」

 

 塩と油を加えた小麦粉を薄めに溶いて、フライパンで薄く焼いたお手製春巻きの皮。

 その皮で乾燥させた餅とあんこを巻いてカラッと揚げる。

 揚がったら上から炒りゴマをまぶして――ゴマ餅スティックの完成だ。

 

 サクッとして、もちっとして、甘くて香ばしい。

 実に癖になる味だ。

 

「こんな食べ方もあるんだね」

「搗きたても美味しいですけど、乾燥させたお餅も美味しいですよね」

 

 ジネットは、案外乾燥させた餅が好きだったりする。

 七輪で焼いた時の「パリッ」っとした食感がいいのだとか。

 あと、網の上で膨らむのが可愛いとか言ってたな。

 

「貴様は何をやっているのだ、カタクチイワシよ」

「磯辺焼きだ」

「むっ! それは、海苔だな!? そうだ、我が区の海苔の視察をしていけ! ついでにいろいろアドバイスも寄越せ。あと、それが焼けたら献上せよ」

「偉そうに」

「悪いな、私は偉いのだ」

 

 俺の肩にヒジを乗せドヤ顔を見せつけてくるルシア。

 ドニスとエステラが「だから、そーゆー触れ合いが……まったくもぅ」みたいな顔をしてこちらを見ている。

 今回はルシア有責だからな?

 

「さっさとしろ」とせっつくルシアを無視して、七輪で餅を焼いていく。

 ……ったく。七輪があるなら先に言っとけよなぁ。絶対ないと思って持ってきちまったじゃねぇか。四つも持ってきたから重かったんだぞ。……まぁ、荷車を曳いていたのはウーマロだけども。

 

 餅の表面に刷毛で醤油を塗りひっくり返す。

 醤油の焦げた匂いがたまらない。

 あまりの香ばしい匂いに、餅を搗いていたナタリアとギルベルタが臼と杵を三十五区の大工に押しつけて七輪の前へとやって来た。

 ……おぉう。有無を言わさず押しつけたぞ、こいつら。

 

 ほら大工。餅が硬くなる前にぺったんぺったんしとけ。

 

「ついでに、五平餅も作るか」

「はい。ではマグダさん、ロレッタさん」

「……その任、引き受けた」

「任せてです!」

 

 五平餅は、三十五区の餅に似ている。

 米を潰して握り、竹の棒につけていく。

 表面に醤油や味噌で味をつけて、七輪で焼いていくと、磯辺焼きとは違った香ばしい匂いが立ち上る。

 

「ギルベルタ。晩餐会は中止だ。とても食える気がせぬ」

「いや、俺らは普通に夕飯食いたいんだけど!?」

 

 俺ら、今日一日餅しか食ってないから!

 肉や魚を食わせて!

 

「ほれ、海産物だ」

「海苔じゃねぇか!?」

 

 俺の焼いた磯辺焼きを差し出してくるルシア。

 こんな海産物が名物の街に来て餅しか食わないとか、損した気分になるわ。

 

「海鮮でしたら、おせんべいを焼きましょうか?」

 

 嬉しそうに言うジネット。

 焼きたいのは分かるが、それを「海鮮」の括りに入れないでくれ。

 けどまぁ、そうだな。

 

「三十五区には近隣の区に伝授してもらわないといけないし、教えておくか」

「ん? なんの話だ?」

「ここに来る途中、三十八から三十六区までの領主に言っといたんだよ。新しいレシピはルシアに教われって」

「聞いてないぞカタクチイワシ!?」

「だから、今から教えるって」

 

 四十二区に港が出来ることで、少なからず影響を受けるそれらの区には、海鮮を使った新しいレシピを提供してある。

 あとは、実際に作り方を見れば簡単に真似できるだろう。

 

「準備が少し大変ですが、材料が揃えばとても簡単ですごく美味しいので、是非覚えてくださいね」

「う、うむ……」

 

 ジネットの全開笑顔には反論も出来ないルシア。

 恨めしそうにこちらを睨んでいるが、その瞳は新たなレシピへの興味を隠しきれていない。

 

「まずは、お米を石臼で挽いて粉にします」

「米を、か?」

「はい。挽き終わった粉をお渡ししますので、そのような状態になるよう試してください」

 

 俺たちが普段食っている米はうるち米といい、それを石臼で挽いて粉にしたものが上新粉だ。

 もち米を挽いたものはもち粉、または求肥粉と呼ばれている。

 今回使うのは上新粉だ。

 

「このように、お米を挽いた粉に、干したサクラエビをすり潰した粉末を混ぜます」

「サクラエビ、だと?」

「はい。マーシャさんにいただいた小さなエビさんです」

「これが、すり潰す前の状態だ」

 

 この小さなエビは、日本ではお馴染みだがオールブルームでは需要のないエビとされていた。

 まぁ、食い出がないからな。

 かき揚げとかにすると美味いんだが、どうにもここの連中は『ひとまとめにして調理する』って発想が湧かなかったようだ。

 スルメやメザシはあるというのに、なぜサクラエビの天日干しに思い至らなかったのか。

 そういや、海苔もなかったもんな。

 

「これは、大きな魚の餌なのではないのか?」

「オキアミとは別もんだぞ」

 

 まぁ、見た感じ似てるけどな。

 

「ほれ、食ってみろ」

 

 干したサクラエビを差し出すと、ルシアは一つ摘まんで口へ運んだ。

 

「……ふむ。香ばしいな」

「美味いだろ」

「ん……まぁ、な?」

 

 一匹食って「こ、これは!? うーまーいーぞぉー!」とはならないようだ。

 まぁそりゃそうか。

 

 だが、こいつの粉末を上新粉と一緒に練って、伸ばして、油で揚げると……

 

「出来ました。エビせんべいです!」

 

 ここへ来る途中、三十八から三十六区の領主に渡したのがこのエビせんべいのレシピだ。

 せんべいにはサクラエビの他に、ゴマ油と塩、あと青のりを混ぜてある。

 風味豊かで美味いぞ、これは。

 

「んっ!? サクッとして美味いなこれは!」

「好きな味、これは、私の」

「ほぅ、これはまた香ばしくて口当たりが軽くて、いくらでも食べられそうだ」

 

 評判は上々だ。

 ルシアもギルベルタもドニスも、ひょいひょいと出来立てのせんべいをつまんでいる。

 

「また新しいレシピが思いついたら教えてやるから、四十二区の港に全面協力するよう、近隣の領主に釘刺しとけよ」

「ふん。このレシピを渡したのであろう? なら、損得に敏感なアノ連中のことだ、文句など口にするはずもない」

 

 それくらいに、エビせんべいは美味いらしい。

 ドニスんとこに出来た懐古酒場には、各区からジジイババアが集まってくるのだろうし、そこで出張販売をすれば売れそうだ。

 

「海産物がないと作れぬのか……。ヤシぴっぴよ、我が区でも作れそうなせんべいはないか?」

「カキモチなら、米があれば作れるぞ」

「カキモチとな!? 今、作れるのか?」

「ジネット」

「はい。では、実際に作ってみますね」

 

 四十二区で、ムム婆さんがオカキに嵌っているから、ジネットはオカキ作りが得意になっている。

 その応用で、薄くスライスした餅を油で揚げてカキモチを作ってみたのだ。

 

 醤油にくぐらせて、しっかりと味をつける。

 砂糖を入れてあまじょっぱくすると、ロレッタが大好きな味になる。

 ここにザラメを振ると、マグダが大喜びする味になる。

 俺は塩と醤油でいいけどな。

 

「あのぉ、みなさん! 俺たちずっと餅搗いてんすけど!?」

「こっちにも興味持ってくれませんかねぇ!?」

 

 三十五区の大工たちがほったらかしにされて涙目になっている。

 そっちの餅もちゃんと食う……と言いたいところだが、あれは乾燥させてカキモチに加工されそうだな。

 領主の食いつきがすごいんだもん。

 量産、するんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

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