汗だくの男どもが、陽だまり亭に群がっている。
「壁板、まだカンナ終わんないッスか!? いつまでかかってんッス!」
「今終わりましたー!」
「棟梁! ハムっ子部隊の下水工事終わりました!」
「んじゃ、ヤンボルドに言って水路の加工始めるッス!」
「「「はいッスー!」」」
「待つッス、ハムっ子! お前らは指示されるまで待機ッス!」
「「「はいッスー!」」」
「お~お~、随分賑やかだな」
「あ、ヤシロさん。こんちわっす」
挨拶を寄越してきたのはひょろっと長いグーズーヤだ。
今日は久しぶりに四十区にある本部の連中も集結している。
悔しいかな、ヤンボルドとかまで揃っていると、ちょっと豪華なメンバーに見える。
「どうせなら、ニュータウンの滝から森を突っ切ってここまで水路を通してくれよ。そしたら、水汲みが楽になるから」
「あはは。あの森に何か作っても、獣に壊されますって」
「じゃあ、悪いんだけどグーズーヤ、獣の駆逐を……」
「無理ですよ!? 僕、そーゆーの不向きですから!」
なんだよ!
デリアなら半日で完遂してくれるぞきっと!
まぁ、生態系関連は許可出ないだろうけど。
「何言ってるッスか、グーズーヤ! 壊されない水路を作れば万事解決ッスよ」
誰よりも汗だくな棟梁、ウーマロが爛々とした瞳で言う。
……あ、こいつマジで作ろうとしてる。
「あ、いや、ウーマロ。冗談だぞ。水汲みならマグダがいるし、俺も手伝うし……」
「マグダたんが雪の中、えっちらおっちら水汲みするなんて、可哀想ッス! なら、オイラが鉄壁の水路を作ってみせるッス!」
うわ~……俺、とんでもない藪を突いちゃったみたいだな。
「エステラ……」
「今のは君の失言だね。でもまぁ、崖の高い位置から森に添って水路を作るなら、誰の邪魔にもならないんじゃないのかい?」
「すげぇ長距離にならないか?」
「そこはほら、トルベック工務店の諸君が頑張ってくれるだろうし?」
陽だまり亭に出来る風呂が楽しみ過ぎるエステラは、工事が始まると同時に視察という名の見学にやって来ていた。
猛暑期だってのに好んで外出をするとは、物好きなヤツだ。
「一応、デリアに許可を取っておいた方がいいだろうね。川に関することだから」
「領主的にはどうなんだよ?」
「陽だまり亭のお風呂のためなら、ハンコくらいいくらでも捺すさ」
「……職権乱用」
「へへへっ。冗談はさておき、その水路が問題なく運用できるって確証が得られれば、他にも使わせてあげたい場所がいくつかあるんだよ」
実は密かに滝から水を運ぶ水路の計画は立っていたらしい。
ただ、誰もやったことがないためどんな問題が起こるのか予想もつかず、なかなか計画が進んでいなかったのだそうだ。
「だから、ヤシロが責任を持って運用して、問題点の洗い出しをしてくれるなら、水路第一号を進呈しようじゃないか!」
「モニターかよ、俺らは」
試験運用。
確かに必要な工程だ。
水路を作り過ぎて水を奪い取ってしまうのは困る。
水路の規模や、流れる水の量の調整が必要だろう。
あと、使わない時に溢れない工夫もな。
かけ流しの温泉じゃあるまいし、ずっと水が流れてくるのは困るのだ。
必要な時は流して、必要ない時は止めておけるようにしたい。
掃除も大変だし、ずっと薪を燃やし続けるわけにもいかない。薪だってそこそこ金はかかるからな。
水道ほど便利にはいかないだろうが……
「川の上を経由する水路を作って、川の上にタンクを作るんだ」
水を止めている間は、そのタンクに水が溜まるようにしておく。
タンクの中程から上部にかけて穴をあけておいて、一定量以上の水は川へ流れ落ちていくようにしておく。
こうすれば、水路に水が溢れることはなくなり、滝からの水が川へと還元される。
タンクに溜まった水は、出口の蓋を開けると流れ出し、浴槽になみなみと水を注いでくれるというわけだ。
ただし、タンクが空になった後はチョロチョロとしか水が出なくなるという欠点はどうしようもない。
これは水道ではなく、あくまで水路なのだから。
まぁ、一日に何度も水を入れ替えるのでもない限り、そうそう困ったことにはならないだろう。
「ウーマロ~。こんなでっかいタンクを川の上に設置することって可能?」
「タンクなら、ろ過装置で経験済みッス!」
「オレ、さらに改良した。水の流れ、『ぶも~ん!』とよくなった!」
「うん、何言ってるのか分からないけど、よくやったな、ヤンボルド」
きっとおそらく、性能が上がったのだろう。
俺が教えた技術を、こいつらは独自に改良しているのだ。なんとも頼もしい。改良までは、俺の手には負えないからな。
「あとは、キツネ女にでも鉄柵を作らせて保護すれば問題ないッスよ」
「ちょぃと待ちな! な~に勝手なこと言ってんさね!」
こちらも汗だくで作業をしていたノーマが、金槌を片手にウーマロに詰め寄っていく。
「こっちは、あんたの暴走に付き合わされて、新製品を超特急で作らされたんさよ!? これ以上、あんたの都合で好き勝手使われてたまるかぃね!」
確かに、ウーマロが「お風呂作るッス!」と了承してくれて始まった浴室建設だが、ノーマは完全にとばっちりだ。
とはいえ、ノーマがいなきゃ鉄砲風呂は完成しなかった。
「悪いな、ノーマ。急に無茶言って」
「あ、いや、ヤシロに言ってんじゃないさよ。このキツネ大工がえっらそうに注文つけてくるのが気に入らないだけさね。というか、鉄砲風呂なら一般家庭でも気軽にお風呂が沸かせるからじゃんじゃん流通させとくれな。これでみんな、貴族気分が味わえるさね」
くふふと笑って目を細めるノーマ。
たぶん、いの一番に自分の家に設置するんだろうな、ノーマ。
「だったらつべこべ言わずに柵作れッス」
「うっさいね! あんたに言われたくないつってんのさ、アタシはさ!」
ホント、仲悪いよなぁ、この二人は。
でも、この二人を引き合わせると物凄く完成度が上がるんだよなぁ。
「あ、それとキツネ大工。煙突の穴小さ過ぎるから大きくしとくれな」
「はぁ!? なんで注文通りの寸法で作れないんッスか!? それでもプロッスか!?」
「バカお言いでないよ! 煙突を安全に機能させるには、あんたの言った寸法じゃ小さ過ぎるんさよ!」
「鉄板の厚みを考えたら、アレでぴったりなはずッス!」
「おあいにく様さね! こちとら熱伝導率を下げて触れても火傷しない煙突を開発したんさよ! ハムっ子や店長さんが使う風呂場さよ? 安全過ぎるくらい安全にしといてちょうどいいんさね!」
おぉう、ジネットがハムっ子と同じ括りに入れられている。
煙突触って火傷しそうだもんなぁ……うっかりと。
「マグダの背中に、煙突の火傷が出来てもいいってんかぃ?」
「そんなの絶対ダメッスよ! 絶対安全なんッスね? 危険がちょっとでもあったら許さないッスよ!?」
「だから、そのために煙突の穴を広げろっつってんさよ! さっさとやんな!」
「あぁ、すぐやってやるッスよ! だからさっさと寸法言えッス!」
「寸法はこの紙に書いてあるから、さっさとやんな!」
「じゃあその紙をさっさと渡すッス!」
「ん……なんか、壮絶だね、ここの同族嫌悪は……」
エステラがドン引きしている。
今回はまだマシな方だぞ。
『とどけ~る1号』の時は、危うく死人が出るところだったからな。
「まぁまぁ、二人とも。君たちのおかげで、豪雪期を温かく過ごせるんだ。ボクは感謝しているよ。どちらにもね」
陽だまり亭に風呂が出来て、なぜエステラが温かく過ごせそうなんだ?
館にとどまれよ……ったく。
「完成したら、一緒に入ろうじゃないか」
「オ、オイラは無理ッス!」
「う、うん……ウーマロには言ってないから、大丈夫」
「当たり前さね。な~に考えてんだか。エロギツネ」
んべ~! っと、ウーマロに向かって舌を出すノーマ。
なんだろう。傍から見てると、若干イチャついているようにも見えてきたな。
「もう、お前らいい加減付き合えよ」とか言われる幼馴染ポジションか、あいつらは?
「ふぅ……やれやれさね」
アゴを伝う汗を拭って、ノーマが腰に手を当て胸を反らす。
……ゆっさり。
「汗疹になると大変だ。すぐに拭いてやろう!」
「はい、現行犯逮捕」
俺の両腕をがっちりと拘束するエステラ。
えぇい、離せ!
谷間の汗だまりを、俺は拭くんだ!
「こっから急ピッチで鉄柵かぃね……」
「いや、マジでそこまで頑張らなくてもいいぞ? この暑い中。倒れちまうぞ?」
「大丈夫さよ」
汗で若干くったりとした、弱々しい笑みを浮かべてノーマが言う。
「ウチの男衆が全員寝込んだところで、どうせ豪雪期さね。仕事なんかありゃしないさ」
「寝込む前提やめたげて!」
さすがに気の毒!
「「「ヤシロたんはアタシたちの救世主っ!」」」とか、後ろで騒いでいるオッサンどもは適度に寝込めばいいと思うけど。
「ゴンスケ~! 獣除けの鉄柵って、ストックあったかぃねぇ?」
「あるにはあるけど、たぶんそれだけじゃ足りないわよぅ?」
「そんじゃあ、大至急量産するかぃね」
「いゃ~ん! こんな暑い日に炉に火を入れたら死んじゃう~ぅ!」
「いいじゃないかさ。ちょっとくらい減った方が、工房がすっきりするさね」
「んも~う! ノーマちゃんの鬼! 悪魔! 行き遅……のんびりさん!」
「……なんて言おうとしたんさね、今? ねぇ、ゴンスケ?」
「ア、アタシっ、鉄柵量産してくるぅ~!」
「「「アタシたちも~!」」」
ノーマの殺気にあてられて、ヒゲで筋肉な乙女たちが群れを成して逃げていく。
「……あとでかき氷でも差し入れてやるか」
「美女と子供以外にも優しいんだね、ヤシロは」
「ぬかしてろ……」
陽だまり亭の風呂場のために死人が出たんじゃ、寝覚めが悪いだろうが。
「まぁ、連中には『宴』の時に世話んなったしな」
ベアリングなんて無茶ぶりをして、綿菓子器まで作ってもらった。
おかげで『宴』は大成功。二十四区との強力なコネが出来て『BU』からのちょっかいを突っぱねることが出来た。
功労賞だな、連中は。
「ノーマもほどほどにな。熱中症で倒れるぞ」
「平気さよ。アタシは、そこらの軟弱な男どもとは鍛え方が違うんさよ」
「熱中症の対処法は、日陰に移動させ、呼吸が楽になるように胸を『これでもかー!』とはだけさせて、頭と脇の下を冷やすんだ」
「それ、本当に正しい処置なのかぃ!?」
胸を腕で、両脇を手で隠し、ノーマが俺から三歩遠ざかる。
ホントホント、マジで正しい処置だから。
「じゃ、じゃあ、倒れないように適度に休憩をもらってくるさね」
「おう。交代でウーマロに休憩させるからって、ジネットに伝えといてくれ」
「任せるさね~」
手をひらひらさせて、ノーマが食堂の表へと向かう。
「寸分違わぬピッタリな穴をあけて、あのキツネ女にぎゃふんと言わせてやるッスよ! グーズーヤ、きりきり働くッス!」
「はぁ~いっ!」
燦々と日光が降り注ぐ真夏日。
今日の裏庭はとても賑やかだった。
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