異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加56話 見ていてくれた -1-

公開日時: 2021年4月2日(金) 20:01
文字数:4,319

「アーシのせいだ」

 

 バルバラが膝を抱えて呟いた。

 

「アーシが狩猟ギルドのヤツに棒を取られなけりゃ……そんで、あのギルド長から二本とも棒を奪えていたら……アーシらは最下位になんかなってなかった……!」

 

 ガリリッ……と、バルバラの奥歯が鳴る。

 マグダとロレッタが声をかけるが……

 

「……それは違う。バルバラは悪くない」

「そうです。アレは相手が悪過ぎたですよ」

「だとしても! アーシは……アーシが許せないんだよ!」

 

 吐き捨てて、バルバラが走り出す。

 追いかけてやりたかったが、今はそれが出来ない。

 

 今、俺の周りには誰もいない。

 しかし、白組のみんなが遠巻きに俺を見ている。

 

 再び最下位へと転落したことを示す得点ボードを、俺は一人で黙って見上げていた。

 ジネットが心配して俺に近寄ろうとしていたが、それをイネスが止めていた。

 

 誰も、俺のそばには近付いてこない。

 

 

 空は、随分と暗くなっていた。

 

 

「ねぇ……」

 

 不安げな声を発したのはネフェリーだった。

 

「バルバラ、放っておいていいの?」

 

 その言葉は俺に向けられているようだったが、俺は振り返ることもせずスルーした。

 それを見てどう思ったのかは分からんが、ネフェリーの長いため息が聞こえてきた。

 

「しょうがないわね。私が声かけてくるよ」

 

 世話焼きなネフェリーがバルバラのもとへ向かおうとした時、さっと挙手する者がいた。

 パーシーだ。

 

「ネフェリーさん、オレが励ましてくるよ」

「え、でも……」

「大丈夫だよ、任せて。オレ、落ち込んでるヤツを笑顔にするの得意なんだ。だからさ――」

 

 ごくっとパーシーのノドが鳴った。

 

「バルバラさんが元気になったら、ネフェリーさんもそんな心配そうな顔じゃなくて、笑って……ほしいな、マジで」

 

 意を決した告白。

 パーシーにしては上出来だった。

 

「うん。分かった。じゃあ、よろしくね」

「うす!」

 

 パーシーの言葉に、ネフェリーの声が柔らかくなる。

 それだけでパーシーにとっては十分な原動力となる。気合いも十分にパーシーがバルバラのもとへと駆けていった。

 

「いい人だなぁ、パーシー君」

 

 そんな、パーシーが聞けば嬉しくて号泣しそうなことを呟いて。

 

「もしかして、バルバラのこと好きなのかな?」

 

 と、パーシーが聞いたら悲しみに咽び泣きそうなことを口にした。

 よかったな、パーシー。あんまり耳がいい方じゃなくて。

 

 そして、グラウンドの隅で膝を抱えるバルバラの前にパーシーが立つ。

 

「隣、座っていいか?」

「……やだ」

「そう言うなって。……よっと、おじゃましま~す」

 

 拒否されても軽く笑って隣に腰を下ろすパーシー。

 あいつの図々しさ、こういう時には役立つなぁ。

 

「泣くことないっしょ、マジで」

「…………」

「だって、超頑張ってたじゃん」

「……頑張ってたって……最下位じゃ……」

「それがなんなん?」

「なにって……、勝つために戦ってるんだろうが!」

「だ、か、ら、さぁ」

 

 怒って顔を上げたバルバラの鼻先に、パーシーの人差し指が停まる。

 

「一番の勝者っしょ、あんた」

「…………は?」

 

 驚きからか、意味が分からないからか、バルバラの顔から怒りと悲しみが消え失せた。

 それを見て、パーシーは言葉を続ける。

 

「だって、メドラ・ロッセルよ? オールブルームで名前を知らない者はいない、泣く子も黙る狩猟ギルドのギルド長よ? そんな人相手にして勝てるわけないっしょ?」

「だからっ、アーシは、負けて……!」

「けど、そのメドラ・ロッセルが、あんたにだけは『すげぇ』っつったんだぜ? 自分が確実に取れるはずだった棒を一本くれたんだぜ? そーとーな事件っしょ、これ」

 

 どんな顔をしていいのか分からない。そんな戸惑いがありありと分かる表情でバルバラが言葉を探している。口が微かに動いているが言葉は何一つ出てこない。

 

「だから、あんたは勝ったんだよ。認めさせたんだもん。すげぇって、マジで」

「け、けど、最下位で……一番下で……アーシ知ってんだ、『最低』とか『底辺』とか、アーシみたいなヤツのことを周りのヤツらはそう言ってて……だからアーシはいつだって、誰にだって勝ちたくて、勝たなきゃいけなくて……!」

「いいんだよ、最下位で」

「いいわけないだろう! 最下位って一番下なんだぞ!」

「一番下だろうが、そんなもんであんたの価値はなくならねぇっつってんの!」

 

 怒りに任せて立ち上がったバルバラが、毒気を抜かれてすとんと腰を落とす。

 可愛らしい女の子座りになって真ん丸な目でパーシーを見つめる。

 

「オレはあんたの戦い見ててすげぇって思ったよ。カッコいいって思った。ぶっちゃけちょっと感動したよ。なかなか出来ねぇって、あんなの」

「そ、そんなこと……感動とか……え? へ?」

「オレ思うんだわぁ。結果に結びつかない努力って、やっぱカッコ悪いじゃん? 失敗したり、途中でダメんなって挫けそうになったり、なんかもう、泣きたいくらい惨めになったりさ、ダッセェじゃん?」

 

 それは、ともすれば自虐にも聞こえる愚痴っぽさを伴って、それでも聞き手の耳へとまっすぐに突き進む言葉で。

 

「けど、カッコ悪くて、ダッセェって分かってんのに、やっぱ諦められないことってのがあってさ、どんなに自分が惨めで情けなくてカッコ悪くて嫌んなっても、それでもどうしても譲れないもんって、きっと誰にでもあるもんじゃん?」

「ん……アーシにも、ある」

「だべ? その一番大切なもんのためにさ、カッコ悪くても我武者羅に努力しちゃう自分ってさ、めっちゃカッコよくね?」

「……カッコ悪くても……カッコいい、のか?」

「あったりまえじゃん! 努力して、努力して、努力して、何回か挫けそうになってもそれでも努力して、……きっと、その努力が報われるのってゴールするその瞬間だけなんだよ。最後の最後なんだよ。長ぁ~い道のりなんだよ、これが」

「そんなに、か……?」

「あぁ。そりゃあもう、ホント、泣けてくるほど」

「そんなに、なのか……」

「けどさ、ゴールしちゃったらそこで終わりじゃん? オレ思うんだよね。ゴールしちゃったら、きっと今ほど我武者羅に努力できなくなっちまうんだろうなぁって」

「ゴールしたら、努力できないのか?」

「やっぱ、全力では無理っしょ?」

 

 バルバラの顔が不安に歪む。

 あの表情は期待をしている顔だ。言ってほしいたった一つの言葉。それを口にしてほしいという、期待の表情だ。

 

「だからさ、今はまだカッコ悪くていいんじゃねぇの? まだまだカッコよくなる努力が出来るってことじゃん。努力できるチャンスがまだまだあるってことじゃん。それって、超ラッキーじゃね?」

 

 バルバラの瞳が、揺らめく。

 

「オレらの未来は無限の可能性を秘めてんだって、つまりそーゆーことっしょ、それって」

 

 すっくと立ち上がり、尻の土を払って、パーシーがバルバラに手を差し出す。

 

「少なくとも、オレにはさっきのあんたがカッコよく見えた。輝いて見えた」

「ア、アーシが……か?」

「おう、マジでだぞ。なんかオレら似てっかもな。これからも、お互い努力を続けようぜ、親友! なんつって、へへっ」

 

 バルバラの顔が真っ赤に染まる。

 堪らずといった風に俯いて、そして恐る恐る顔を上げ、視線が合うとまた顔を背ける。

 

 そして、ゆっくりと、震える手を持ち上げて――

 

「う、うん……アーシも、頑張る……ます。し、しん、ゆぅ……」

 

 ――パーシーの手を取った。

 

 

 瞬間、会場が、みょう~にざわついた。

 

 

 え、うそ……

 まさか、バルバラが、パーシーに……?

 え?

 パーシーだよ? え?

 ……バルバラが!?

 

 みたいな、ちょっと混乱したような、信じられないものを目撃したような、軽いパニック状態に陥りながらも、それを言葉に出してはいけないような漠然とした強迫観念に包まれた、背筋がもぞもぞする不快感を、会場中のほぼ全員が味わっている。

 そんな空気が辺り一帯に広まっている。

 

「……アーシ、今までずっと『そんなんじゃダメだ』とか『間違ってる』とか『分かってない』とかそんなことばっか言われてたんだ……」

 

 金もなく、職もなく、妹の健康さえ損なって、それでもなおそんな生活から抜け出せなかったバルバラ。

 バルバラに接する機会があった大人たちは口をそろえて言っていたのだろう。『お前の生き方は間違っている』と。

 

「けど……一番下でも……ダメでも……アーシ、いいんだよな?」

「一番下でもいいっていうか……ほら、アレだわ。一番下じゃなくなろうって努力すること自体がもうすでに一番下じゃねぇ、みたいな?」

「そっか……アーシ…………もう、一番下じゃ、なかったんだっ」

 

 不意に、バルバラの目尻から雫が零れた。

 相当気にしてたんだな。『底辺』とか『最低』とか、そんな言葉を。

 だからあいつは人の話を遮るような喋り方をして、何かと張り合おうとして、そしていつも周りを敵視してたのか。

 言われたくない言葉を言わせないように。

 

 そういや、俺もあいつには『もっとこうしろ』って言い方しかしてなかったかもなぁ。

 テレサのこともあったし、あいつの考え方は危なっかしかったから……ま、それがバルバラには一番キツかったってことか。

 

 こりゃ、パーシーにしか解きほぐせなかったかもなぁ。

 最低なストーカー行為を正当化できるスーパーポジティブなメンタルの持ち主でなきゃな。

 

「ま、これからも努力してこうや、お互い」

「うん! アーシ、もっともっと努力して、……努力して……そんで、もっと、いいヤツになれたら……そしたら………………あんたと……」

 

 言いかけて、ンバッと手を離し、分かりやす~く赤面して、半泣きみたいな目で――

 

「なんでもない!」

 

 ――って、「そんなわけあるか!」ってツッコミ待ちみたいなセリフを残して白組陣地へと逃げ帰ってきた。

 すぐさまモコカの背中にしがみ付き背中を丸めて身を隠す。

 ……いや、隠れられてねぇし。

 

「もこかぁ……あーし、しんゆう、できたぁぁあ……」

 

 バルバラがアホみたいな声を漏らす。

 ちょっと泣きそうな、けれど浮かれきった声音だ。

 

「ん? 私、親友じゃなかったのかよですか?」

「親友だよ! けど、お前とおんなじくらいすっげぇ親友……でも、ちょっと違う感じの、親友…………ヤバ……なんだこれ、……どきどき、する……」

「吐くなら向こうで頼むぜです」

「吐かねぇよ!? へ、変なこと言うな! 嫌われたらどーする!?」

 

 などと、唯一相談できる間柄のモコカに縋りついてきゃいきゃい騒ぐバルバラ。

『嫌われたらどーする』なんて言葉があいつの口から出てくるとは……それも、テレサ以外の人間相手に。

 

 怖ぇ、運動会。

 そういや、運動会とか文化祭とか、学校行事がある度に新規カップルがぽこぽこもこもこ発生してたっけなぁ、学校でも。

 まさか、そんな悪しき習慣まで伝承してしまったのか、この区民運動会は……っ!

 

 ……怖ぇ、運動会。いや、マジで。

 

 

 

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