「そういや、イメルダを見てないな」
「木こりのお嬢はんやったら、ほれ、あそこでポーズとってはるで?」
レジーナが指差したのはグラウンドのど真ん中で、そこにイメルダが立っていた。
会場のど真ん中に一人立ち、これでもかとプロポーションを見せつけるセクシーポーズを取っている。
……なにやってんだ、あいつ?
「あら? あらあらあら、ヤシロさん」
俺と視線が合うと、すたすたとすげぇ早足で、でも姿勢は崩さずに涼しい顔で、イメルダが近付いてくる。
「ワタクシのあまりの美しさにお見惚れでしたのね?」
「いや、今チラって見ただけじゃん」
「美しさに、時間も忘れて見入っておいででしたのね!?」
「いや、だから……」
「諦めぇや、自分。木こりのお嬢はん、実は結構前からあそこでポーズ取って自分が気付くん待ってはってんから。自分が三十五区の領主はんとかミリィちゃんとわちゃわちゃしてた背後でな」
ん~……その様を想像すると…………なんか、可哀想になってきた。
俺には一切の非はないが。一切、悪くないのだが。
「さすがイメルダだな。何を着ても似合うよ」
「ですわよね!? 知っていましたわ!」
……ん、褒め甲斐がねぇな、こいつは。
しかしながら、イメルダは本当にメリハリのある女性らしいスタイルをしている。
エロス方向ではなく、芸術的な美しさという意味で素晴らしいと素直に評せるプロポーションだ。
ミロのビーナスとか、あぁいう感じのスタイルだな。
いつもの煌びやかなドレスではなく、他の連中と同じ体操服を着ているイメルダはとても稀少で珍しい。が、やはり本体に華があるので目を引いてしまう。
……まぁ、俺は気付かずに十数分放置してしまったみたいだけど。
「健康的な格好も似合うのは、やっぱ木こりの血かねぇ」
お嬢様は活動的な格好が似合わないのではないかと思いがちなのだが……こいつは街門の外へ向かう時に鎧とか着ていたし、そういう格好もイケるのだ。
「煮てよし焼いてよしの完璧美女、それがワタクシですわ」
「ほぅ、揉んでよし撫でてよしとは……木こりのお嬢はん、やらしいわぁ」
「言ってませんわよ、そんなことは!?」
「……いや。言ってたんじゃね?」
「言ってませんわよ、ヤシロさん! そんな真顔で言われたからといって、『あら、そうでしたかしら?』とはなりませんわよ!?」
こいつも四十二区に長くいたからなぁ。
ツッコミがロレッタに似てきてやんの。出会った頃は、唯我独尊の高飛車なお嬢様だったってのによ。
「ともかく」
こほんと咳払いを挟み、イメルダが俺を指差す。
挑発的に、堂々と胸を張って。
「「そして、ぷるんと揺らして」」
「そんなところで息ぴったりなことを恥じなさいまし、お二人とも!」
確かに、レジーナとお揃いってのは恥ずかしいな。
まるで俺が卑猥の権化のようではないか。自重しよう。
「分かった。自重しよう」
「『自分は卑しいブタです! 汚らわしい存在です!』」
「それ『自重』じゃなくて『自嘲』だろ!? ……『自嘲』ともちょっと違うな、それは!?」
「あなた方は五分と真面目に出来ないご病気にでもかかってらっしゃいますの!? ワタクシの話をお聞きなさいまし!」
再度、俺に指を「ずばっ!」と突きつけ、イメルダは勝ち気な笑みを湛えて宣言する。
「当初、ワタクシが『ニュータウンに木こりギルドの支部を』と申し上げましたのに、今の場所へと譲らなかったのはヤシロさんですわ。ですので、この度チームが別れてしまったのはヤシロさんの責任……精々後悔するとよろしいですわ。戦力になるワタクシと木こりを得られなかったことを。……特に、ワタクシと離ればなれになったことを嘆き悲しみ噎びお泣きなさいまし!」
運動会のチーム分け程度で誰が泣くか。
「……昼飯はチームごとに分かれて食うか」
「させませんわよ!? 店長さんのお弁当は、何があってもいただきにまいりますからね!」
屋台なんかも出す予定なのだが、どうにもジネットの弁当を楽しみにしているヤツがちらほらいるようだ。
……俺が唐揚げとかエビフライをリクエストしているのを見ていたヤツが結構いるからな。しくじったかもしれん。
まぁ、それを見越して、ジネットは朝も明ける前から大量に料理を仕込んでいたけども。
「とにかく、覚悟なさることね! ……手加減は致しませんわよ」
「「……全力で揺らすのか?」」
「声! 揃えないでくださいまし!」
イメルダがブロンドの髪をかき上げると、きらきらと光を拡散させるように広がる。それだけで絵になるからすごいな、こいつは。
「優勝して、手に入れてみせますわ……」
ぽそっと呟いて、一瞬俺に視線を送り、ふいっと踵を返して自軍の陣地へと向かって歩き出す。
……よし、聞かなかったことにしよう。
ったく。
どいつもこいつも、運動会くらいでムキになりやがって……
「ほんま、したたかやなぁ~」
イメルダの背中を見つめて、レジーナが妙に明るい声で言う。
「そんなん無理やって分かりきってるのに……」
そして、髪と同じく緑かかった瞳がこちらへと向けられる。
「それでも、そんな根も葉もない噂のために全力を尽くした自分には何かご褒美くらいあるんやないやろか……って、そーゆー無言のアピールやで、アレ」
「…………」
んなもん、分かってるっつの。
いちいち言葉にするんじゃねぇよ。気付かなかったフリが出来なくなるだろうが。
どいつもこいつも妙にはりきっていて……そのどれもを知らんぷりでやり過ごすつもりだったのによ。
「……まぁ、努力賞くらいなら、な」
大したことは出来ないし、するつもりもないけどな。
「ほなら、まぁ」
指を組んで、手首を返しながらぐぐっと腕と背中の筋を伸ばすレジーナ。
似合いもしないストレッチなんかをして、らしくもなく熱い視線をこちらに向ける。
「……ウチも、いっちょ頑張ってみよかな」
含みのある、っていうか、含みしかない言葉を残してレジーナも俺のもとを去っていく。
…………らしくないっつの。
「…………絶対優勝してやる」
誰もいなくなった自陣で、俺は独りごちる。
俺たちが優勝して運動会を終える。それが一番平和で一番面倒くさくない。そう確信した。
「絶対優勝してやるっ!」
もう一度同じ言葉を吐き出して、鉢巻をきつめにデコに縛りつける。
あ~ぁ、っとに……らしくないっつの。俺も。
間もなくして、開会式が始まった。
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