翌日は、『陽だまり亭七号店』と共に大通りと交差するように延びる広めの通りにやって来た。
この道をずっと進むと領主の館がある。
なるほど。確かに人通りは多いな。
「昨日はどのあたりで売っていたんだ?」
「あそこ。あの開けた場所だよ」
弟が指さしたのは、周りに遮るもののない開けた空き地だった。
何かの建物が取り壊された跡地だろうか。そこだけぽっかりと空間が出来ていた。
確かに、ここに屋台を設置すれば通行の邪魔にはならないな。
だが、ダメだ。
「屋台を置くなら、向こうの木の下がいい」
そう言って、俺は道の脇に立つ立派な大木を指さした。
大きく枝を伸ばした、がっしりとした幹を持つ大木だ。
屋台というのは、ああいう『休憩しやすい場所』のそばに設置するのがセオリーだ。
木陰や海辺、ベンチが置かれている場所なんかがもってこいだ。
屋台で食い物を買って、ついでに休んでいこう――と、そう思わせるのがミソだ。
そんなわけで、さっそく大木の脇に屋台を停め、開店準備を始める。
チラホラと、こちらを窺っている人々が視界に入る。
興味はあるようだ。なら、あとは戦略が物を言うわけだ。
試食とか、させてみてもいいかもしれないなぁ……
俺はスーベニアカップに一人前のポップコーンを入れ、屋台の前へと躍り出る。……本当に踊ってはいないぞ?
「…………さて、と」
本当は、あまりこういうことをするタイプではないのだが……まぁ、やれと言われればいくらでもやるが……つか、どこのどいつが俺に「やれ」なんて命令できるんだ? そんなヤツがいたら返り討ちにして「テメェがやれ」と言い返してやる。
……っと、話が逸れた。
まぁ、一丁『ういろう売り』でも真似てみるかね。
俺は大きく息を吸い込むと、全身に音を共鳴させるようにして大きな声を出した。
怒鳴らず、よく響きよく通る声で。
「さぁさぁ、そこな道行く旦那様奥様お嬢様、ついでにジジババガキんちょイヌにネコ! 急ぐ理由は分からねど、今しばらくは足を止め、ほんのひと時お耳を拝借。さすればたちまち心も踊る、楽しい知らせが飛び込み候!」
突然の口上に、道行く人も、開店準備中だった弟たちもキョトンとした顔で俺を見つめる。
気にせず続ける。
「さてはて、ここに取りい出したるは、目にも耳にも珍しい、ハニーポップコーンで御座ぁ~い!」
…………う~ん、無反応。
「……こほん。まぁ、とりあえず見てくれ!」
口調を戻し、セールストークを捲し立てる。
……寒い空気の中一人で突っ走れるほど、俺のメンタルは強くないのだ。
でも、注目を集められたから、俺は間違ってない。……と、言い聞かせておく。
「五歳になる知り合いの娘が、こいつを見て『宝物にする』なんて言ったんだ。俺は笑っちまったが、いや、なかなか……そう言われてみればかなり綺麗かもしれない。どうだろうか?」
ポップコーンを一粒摘まんで観衆に見せる。
お……大人たちの足元で、子供たちが少しずつ前のめりになってきている。
「次に匂いだ。分かるか? この、甘く、心躍らせる香りが」
スーベニアカップを、大きく弧を描くようにゆっくりとスライドさせる。
ポップコーンが放つハチミツの香りに子供たちがじりじりと前進してくる。
「それから、音だ。…………しっ!」
たっぷり間を取った後、大きな声で「しっ」と言い、辺りの人間を黙らせる。誰もが音を立てまいと息まで潜めている。
そんな中、俺は摘まんだポップコーンを一粒、前歯で咥えてみせる
注目を集めたところで、すかさず噛み砕く、と――
サクッ。
――という小気味よい音が無音の通りに響き渡った。
いつの間にか俺の足元にまで来ていた子供たちの瞳がキラキラと輝き始める。
子供は全部で、二の四の六の……十二人だ。二十四個の大きな瞳が、何かを期待するように俺を見上げている。
しょうがねぇな。
今回だけ、特別だぞ?
「お前ら、食ってみたいか?」
「「「「うんっ!」」」」
よっしゃ、食いついた!
もうこっちのもんだ!
俺はスーベニアカップを、子供たちが取りやすい高さにまで下げて差し出す。
我先にと群がるように子供たちの手が伸びてくる。
さぁ、思う存分貪るがいい! そしておねだりするのだ! 「もっと食べたいよぉ~!」となっ!
「やめなさいっ!」
勝利を確信した俺の耳に飛び込んできたのは、ちょっとヒステリックな、そんな声だった。
見ると、子供たちの親が、自分の子供を押さえつけ、ポップコーンから遠ざけていく。
「あんな物食べちゃいけません!」
「だってぇ~!」
「いいからこっちに来なさいっ!」
有無を言わさぬ気迫。
子供は泣き出すことすら許されずに、強制的に連行されていった。
俺の周りから、人がいなくなった。
ポップコーンは、一粒も減っていない。
……なんだ?
…………どうなってるんだ?
………………『あんな物食べちゃいけません』…………『あんな物』……
こいつらはどこかでポップコーンを食べたことがあるのか?
そうでなくても、見たり聞いたりしたことがあるのか? そして、よくない印象を持ってしまったのか……………………いや、違うな。
まったく。
俺としたことが…………
昨日の大成功で、こんな単純なことを見落としていたなんて…………いや、分かっていたはずだ。ただ、甘く見ていたんだ。
俺たちを遠巻きに取り囲む連中の目……俺はあの目に覚えがある。
アレは、他人を蔑み、排除しようとする目だ。
『あんな物』が指すのは、『ポップコーン』じゃない。
『弟たちが売っているポップコーン』だ。
すなわち……
スラムの人間が売っている物なんか、食べちゃいけません――って、ことか。
「……帰るぞ」
「え…………うん」
これ以上、ここで粘っても意味はない。
もっと根本的な打開策を打ち立てないと、この問題は解決しないのだ。
スラムの住民に対する忌避感というものは、俺が思っている以上に大きかった。
人のいいウーマロでさえも、スラムという言葉にはいいイメージを持っていなかったのだ。もっと早く気が付くべきだった。
……こいつらを、いたずらに傷付けてしまったな。
「なに、心配すんな。俺がなんとかしてやるよ」
「…………出来るの?」
……さぁな。
それは分からん。
だがな。
「やらないつもりはないぞ、俺は」
このまま諦めるなんざ真っ平御免だ。
尻尾巻いて逃げ出すなんざ出来るかってんだ。
折角のビジネスチャンスだぞ。
きちんと売ればかなりの売り上げになるのだ。
ただ、そうするためには少々時間がかかるだけで……
弟たちは、妹たちと違ってどこからどう見てもハムスターだ。
スラムの住人であることが一目瞭然なのだ。
それを誤魔化して売るという方法は取れない。
こいつらがちゃんと商売をするためには、ハムスター人族の地位を向上させなければいけない。
信頼を回復させるのだ。
それが、すげぇ大変なことなんだけどな。
ま、そこんとこは、地道に活動するしかないだろう。
「兄ちゃん…………僕たち、……いらない?」
こんな幼い子供が、自分の存在を否定するなんて……どれだけつらいだろうか。
「アホか」
強めのチョップを額に入れる。
「アタッ…………痛いよぉ……」
「仕事なら、他にいくらでもあるんだよ。昨日も言ったろう。まだまだ始まったばかりだ。最初から大成功で一切問題がないなんてこと、あるわけないだろう」
問題が発生したのなら、その都度対応していけばいい。
「落ち込んでる暇はないぞ。これからどんどん忙しくなっていくからな」
「…………うん」
空元気すら出せないでいる弟たちを横目に、しばらくは妹たちだけで移動販売をやっていくしかないな……そんなことを考えていた。
まったく、つくづく嫌になるんだが……
昨日は浮かれて、今日はへこんで……
俺はまた、重大なことを失念してしまっていた。
折角、エステラが前もって忠告してくれていたというのに……
そう。
『ヤツらが必ず妨害してくるはずだ』と――
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