異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

236話 四十二区への帰還 -1-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:3,479

 帰りの馬車は、随分と静かだった。

 車内には、俺とエステラ、マグダとロレッタとデリアが乗っている。

 マーシャはルシアのところへ行くと言って、ナタリア、ミリィと同じ馬車に乗っていった。

 ウーマロたちは屋台のばらしを終えてから帰ってくる予定だ。

 四十二区に着くのは夜になるだろう。

 アッスントも同様で、向こうで片付けなきゃいけない仕事があるとかで、別行動となっている。

 

 俺たちの馬車の後を付いてくる馬車には、ジネットとベルティーナ、そしてガキどもが乗っている。ガキどもが乗ってるってのに、随分と静かなもんだ。

 

 ガタゴトと、車輪の音だけが聞こえている。

 

「ナタリアに伝言を託しておいたよ。手紙を書いている時間はなかったから」

「ルシアにか?」

「うん。少しでも早く会って話がしたいってね」

 

 急に始まった会話に、同乗している面々が微かな反応を見せる。

 気にはなっているんだ。ただ、何を言っていいのか分からないだけで。

 まぁ、下手の考え休むに似たりというしな。こんなところで憶測を元に議論したって意味がない。少し静かにしてもらってる方が、こちらとしてはありがたい。

 

 いろいろと考えなきゃいけないからな。

 ばらけたピースをどう組み合わせるか……しかし、手持ちの駒が少ないな。

 

「トレーシーさんとミスター・ドナーティには、期待しない方がいいだろうね」

 

 床へと視線を落とし、エステラが弱気な声を漏らす。

 

「悔しいな……折角いい関係が築けたと思ったのに…………もう少し時間があれば、あと二人くらいは……」

 

『BU』に所属する区の領主、七人のうち四人をこちら側へ引き込めれば多数決に勝てる。

 確かに、そんな発想から動き出したわけだが……

 

「今さら考えても仕方ないことだな。他の連中はもう、何があってもこちら側にはなびかない。マイノリティーの末路を目の前で見せつけられたわけだからな」

「マイノリティー……ミスター・ドナーティだね」

「あぁ」

 

『BU』において、多数派に所属することこそが正義と言える。

 多数派――マジョリティーであれば、おのれに被害が及ぶことはない。権利も行使でき、恩恵も与えられる。

 しかし、少数派――マイノリティーになった場合……それらの恩恵は一気に剥奪される。

 マイノリティーは負け組。負け犬。抜け毛以下の存在だ。

 ……ちょっと韻を踏んでるみたいでうまい感じだな。よし。

 

「マイノリティーは抜け毛だからな」

「……………………………………ごめん。結構しっかり考えてみたんだけど、意味が分からない」

 

 そうか。お前には伝わらないか。

 エステラ、もっと感性を磨け。

 

「……おそらく、『負け犬』と間違えた」

「あぁ、『負け犬』と『抜け毛』……ちょっと似てるです!」

 

 マグダが惜しい線を行く。ただ、間違えたわけじゃないんだなぁ、これが。

 

「そういうんだとさ、『負け犬』じゃなくて『透けブラ』じゃないか、ヤシロなんだし」

「「「あぁ~」」」

 

 デリアの素っ頓狂な理論に車内が一つとなって同意の声を漏らす。

 そんなもんと間違うか!

 

「だいたい、透けブラはマジョリティーだろうが!」

「はい、みんな。透けブラ気を付けて~。上着羽織ろうね~」

 

 エステラの悪魔のような一言で、車内の女子たちが一斉に上着だの膝掛けだのを羽織り始めた。

 ……くそっ!

 折角ウクリネスと共同で可愛い見せブラを開発して、普及し始めたというのに!

 ……俺は見せブラのつもりなんだが、ウクリネスは「見えないオシャレですね」とかよく分からないことを言っていた。感性が合わないんだろうか……

 

「ちっ! 真面目な雰囲気が台無しだ!」

「誰のせいさ……」

 

 俺の小粋な言葉遊びに気が付けないエステラと、透けブラを持ち出してきたデリアじゃないか?

 俺は悪くない。

 

「でも、確かに他の領主たちは恐怖を覚えただろうね……」

 

 急に話を戻し、深刻な表情を見せるエステラ。

 恐怖……「あぁはなりたくない」という、嘲りと不安が入り混じった恐怖。

 

「ただ面倒くさいのが、その恐怖を与えたのが二十九区の領主じゃないってところだな」

「え? ミスター・エーリンが恐ろしくて従っているんじゃないのかい?」

「あのな……これまで見てきて嫌ってほど分かっただろ?」

 

 現在、『BU』の代表をしているのは、確かに二十九区のゲラーシー・エーリンではあるが、『BU』の連中を恐怖で縛りつけているのは――

 

「同調現象だよ」

 

 他と違う行動を取る者は『悪』――そんな意識が、極端ではなく実際に『BU』の中に蔓延しているのだ。

 あの場で「自分はそうは思わない」なんて発言をすれば、「じゃあお前は向こう側だな」と、マイノリティー側へと追い出されてしまう。

 

「ヤツらは七人で連携し味方を作っているつもりかもしれんが、その実、自分以外の全員が敵でもある状況なんだよ」

 

 抜け駆けは出来ない。

 周り全員が敵だから、下手に画策することすら出来ない。

 

『BU』全体が監視社会になっているのだ。

 

「だから、ゲラーシーの悪事なりを暴いて『さぁ、反旗を翻せ!』ってな作戦は取れないわけだ」

「……それは、ヤシロがアッスントと争った時に取った行動?」

「みたいなもんだな」

 

 マグダの意見はあながち間違いではない。

 

 共通の敵を生み出して一気にこちらの味方へ引き込もうとしたのがアッスントと舌戦を繰り広げた際に俺が使った手法だ。

 共通の敵がいると、あまり知らない間柄でも強力な絆が生まれることがある。というか、絆が生まれたのだと思い込ませやすい。

 

 が、今回はその手は使えない。

 そもそも使うことは出来なかったのだ。

 

 共通の敵を作って味方へと引き込む――その手が使えなくなる状況が二つある。

 

 一つは、訴えかける俺に対する好感度が低い場合だ。

 アッスントとやり合った大通りでの一件。あの時、四十二区の連中は俺のことをほとんど知らなかった。良くも悪くも俺に関する情報を持ち合わせていなかった。

 だから仲間に引き込めた。

 だが、大食い大会の時のように、観衆が俺に嫌悪感を抱いていた場合。

 どんなに俺が言葉を重ねても、その声は耳には届かない。心に蓋をしたみたいに、俺の言葉は弾かれてしまうのだ。

 

 そしてもう一つ。

 それは、『共通の敵』が、俺だった場合だ。

 

 今回の『BU』がまさにそれに当たる。

 大食い大会の時は、『オオバヤシロ』を共通の敵とすることで、『四十二区』を観衆の敵から除外させた。

「悪いのはあの『オオバヤシロ』だ」という印象操作を行うことで、『四十二区』を、そして、『四十二区の領主代行』を味方なのだと錯覚させた。

『オオバヤシロ』という共通の敵を持つ、味方だと思わせることで連帯感が生まれ、エステラの言葉は観衆に届きやすくなる。それを狙ったわけだ。

 

 だが、今回の『BU』は、俺もエステラもひっくるめて『四十二区』が共通の敵となってしまっている。

 そして、敵についたものはもれなく敵認定されていく。

 三十五区のルシア然り、二十七区のトレーシー然り、二十四区のドニス然り……

 

『BU』は最初から代わらぬ結束を持ち続け、あとから現れる『敵』とは交渉すらしない。

『敵』は『敵』であり続け、『BU』の結束はより強固なものになっていく。

 

 だがそれは裏を返せば、『敵』に接触すればすぐさま『敵』認定されてしまう程度の結束でしかないとも言える。

 頑丈で壊れやすい。

 見た目だけが仰々しい張りぼてみたいな絆だ。

 

「臆病な連中だなぁ。周りの顔色ばっかり気にしてよぉ」

「でも、だからこそ手強いんだよ。貴族の嫌な一面だよね……はは」

「……臆病な魔獣は狩りにくい。むしろ、力に自信を持った魔獣の方が与しやすい」

「あ、それ分かるです。逃げたり誤魔化したりするズルい人って追い詰めにくいです! 弟妹たちはスパーンって叱れるですのに……ウチの両親ときたら……」

「そうか? あたいは、オメロが言い訳とかし始めたら川に沈め……放り込むぞ」

「なんで言い直したんだい、デリア? 内容、一切変わってなかったよ?」

 

 デリアのように分かりやすい性格をしていてくれれば話は早いんだが……

 つか、ロレッタの両親……いい加減にしとけよ、マジで。な?

 

「一度、ロレッタの家に家庭訪問に行かなきゃいけないかもな」

「やめてです! 本当にやめてです! ウチの両親は誰にも会わせられない人たちなんです! ウェンディさんとこの変態お父さん以上に酷い生き物なんです!」

「ロレッタ、気持ちは分かるけどさ……ウェンディに失礼だよ」

「……ウェンディの父に、ではなく?」

「うん……ウェンディに」

 

 エステラも、あのオッサンを庇うつもりはないようだ。

 あいつがもしも誰かに対して「失礼じゃないか!」とか言おうもんなら、「常時半裸のお前が言うな!」と言い返すことだろう。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート