異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

351話 あの人は今…… -4-

公開日時: 2022年4月20日(水) 20:01
文字数:5,192

「もういっそのことさ、大々的にキャンペーンを組んでしまうのも手じゃないかな?」

 

 エステラのそんな発言で、四十二区では『不審者発見パトロール隊』なる者が結成された。

 メンバーは、ハムっ子と、護衛のオッサンども。

 あとは手の空いている有志ってところだ。

 

 もちろん、ハムっ子たちに不審者を見つけさせて片っ端から捕まえてやろうなんて集団じゃない。

 デカい声で「不審者はいね~がぁ~」と街を練り歩き、不審者にとって居心地の悪い街にしようという魂胆だ。

 防犯活動だな、要するに。

 

「ふしんしゃ、いませんかー!?」

「ふしんしゃどこー!?」

「ほんとにいるのー!?」

「いないかもー!」

 

 いや、いるんだっつの。

 都市伝説とかじゃないからな。

 

「ふしんしゃー!」

「でてこーい!」

「ふしんしゃ、だいぼしゅー!」

「いや、募集はしてねぇよ」

「ふしんしゃー!」

「いませんかー!?」

「いりませんかー!?」

「いや、いらねぇよ!?」

 

 ハムっ子が大きな声を上げて街を練り歩く。

 どうせ途中から遊び始めるだろうなと思ってついてきてみれば、案の定だ。真面目にやれ真面目に。

 不審者を見逃さないためのパトロールだってのに、終始にこにこしやがって。

 

「これだけ賑やかに騒ぎ立てれば、心にやましいものを抱えている方は、大きな動きはしにくくなりますね。さすがは、ハムっ子の皆様です」

「ハムっ子まで敬うのか、カンパニュラ」

「はい。皆様、得難い技能をお持ちですから。見習うべきところは多いです」

「……そーゆー思考をあいつらにこそ見習わせてぇよ、俺は」

 

 俺と一緒にパトロール隊に参加しているカンパニュラ。

 心なしか楽しそうだ。

 

 もう、大手を振ってウィシャートにケンカを売った状態なので、カンパニュラを陽だまり亭に残して存在を隠すようなことはしていない。

 どーだ、ウィシャート。

 お前の弱点に成り得る血縁者はこちらの手の内だぞ。カンパニュラはともかく、ルピナスは脅威だろ? ん? どーなの? ねぇ、ねぇ、そこんとこどーなの?

 ――って、感じだ。

 

「不審なヤツがいたら、すぐあたいに言えよ! 一人残らずぶっ飛ばしてやるからな!」

 

 カンパニュラの隣で、デリアがぱきぽきと指を鳴らす。

 わぁ、頼もしい。

 ちんまいガキどもの群れの中で、頭いくつ分飛び出ているのか。大きなデリアはいてくれるだけで頼りになる。

 そして、万が一のことがあっても実際頼りになる。

 いてくれると安心だ。

 

「おう、ヤシロ!」

 

 遠くから、ハビエルが手を振って駆けてくる。

 満面の笑みで。

 

「ハムっ子! いたぞ、不審者だ!」

「誰がだ、コラ!?」

「「「ふしんしゃー!」」」

「がお~! わるい子ちゃんは連れ去っちゃうぞ~☆」

「デリアさん、全力で退治なさってくださいまし」

「よし、勝負だ、ハビエル!」

「ま~てまてまて! 負けるつもりはねぇが、お前さんとマジでやり合うと怪我だけじゃすまねぇだろうが!」

 

 妹たちの声にでれ~っとした表情を見せたハビエルに、いつの間にそこにいたのか分からないイメルダが有罪判決を下し、デリアが嬉しそうにタイマンを申し込んでいた。

 

「おはようございます。ミスター・ハビエル。本日はお仕事でしょうか。朝早くからお疲れ様です」

「くぅうう! カンパニュラちゃんはいい子で可愛いなぁ! イメルダも、昔はこうだったんだよなぁ! 昔は!」

「では、今のワタクシを存分に味わわせて差し上げますわ。唸りなさいましっ、雷神の怒りトール・ハンマー!」

「せめて斧にしよう!? 最近、鈍器がお気に入りなようだけど!」

 

 禍々しい鈍器を振り上げて父親と戯れるイメルダ。

 

「仲良し親子め」

「よく見ろ、ヤシロ! 一歩間違えば殺人現場だぞ、これは!?」

 

 いや、だって、お前死なないじゃん。

 たぶんだけど、首と胴体を切り離した程度じゃ死なないよな?

 

「で、妹の群れが見たくて仕事をほっぽり出して遊びに来たのか? クビになれ」

「ワシがトップなんだよ。誰がワシをクビに出来るんだ」

「ワタクシですわ!」

「本気でやりそうだから、その権限まだ渡さないっ!」

 

 娘には強く出られない親馬鹿ハビエル。

 イメルダが跡を継いだら、館に幽閉でもされんじゃないのかねぇ。

 されればいいのに。

 するべき。

 やろう。

 そうしよう。

 

「それに、ワシは仕事でここに来てるんだよ」

「なんだ、まだ自然破壊し足りないのか?」

「あのなぁ!? ワシらがやってるのは森の管理だよ! 行商ギルドが港の洞窟に店を出すとか言い出したろ? なら、一般人がたくさん訪れる可能性があるからな。街門と通路の周りをもっと切り拓いて、魔獣の被害が出にくくするんだよ」

 

 魔獣は、滅多なことでは森から出てこない。

 なので、木を切り倒して通路や街門付近を森ではなくしてしまおうというわけだ。

 

 人間の都合で森林を伐採するのだ。

 要するに、自然破壊だな。

 ひどいヤツめ。

 

「あんまり森を切り拓き過ぎて、行き場を失った魔獣が大挙して押し寄せてくる――みたいな惨事は御免だぞ」

「その辺は大丈夫だ。狩猟ギルドが魔獣の数を減らすために狩りの頻度を上げてるからな」

 

 そうそう。

 生態系を破壊しない程度に、狩猟ギルドはその活動を活性化させている。

 魔獣除けのレンガといえど、完璧ではない。

 なので、強力な魔獣は多めに狩ってその数を減らそうというわけだ。

 

 マグダも、今日は日の出前から森へ出かけている。

 大物を狩って帰ると意気込んで出て行った。

 やはり、どれだけ陽だまり亭に馴染んでも、狩猟ギルドでの仕事はマグダにとって特別なものなのだろう。大きな仕事に、結構嬉しそうな顔をしていた。

 

 木こりが森を切り拓き、狩人が魔獣を狩る。

 そうして、街門から港までの道を安全にしようというわけだ。

 

「あとは、まぁ、グレイゴンみたいなバカな貴族が出張ってこないように、しばらくはコッチで睨みを利かせておけと、メドラにやかましく言われてな。あぁ、グレイゴンはもう貴族じゃないから『元貴族』だけどな」

 

 困り顔で肩をすくめてみせるハビエルだが、口元が笑っている。

 こいつも、その方がいいと判断しているということだろう。

 

「メドラには逆らえないってか?」

「当たり前だろ? あいつのパンチは痛ぇからなぁ」

「メドラの尻に敷かれたら、物理的に潰されそうだから、気を付けろよ」

「そりゃお前だろう、ヤシロ。もし一緒になる気があるなら覚悟をしておけよ」

 

 がははと大声で笑い、俺の背中をバシバシ叩くハビエル。

 痛ぇし、うるせぇわ。

 一緒になる気などあるか。

 尻に敷かれるのも御免だしな。

 

「どうせ敷かれるなら、巨乳置きに、俺はなりたい」

「どこにいてもしょーもない発言しかしないんだね、君は……」

「ん? よぉ、置き場いらず」

「ハムっ子たち! ここにいる不審者を牢屋へ連行してくれるかい? ミスター・ハビエルも、是非ご協力を!」

 

 様子見に来たのかなんなのか、ふらっと現れたエステラが、俺の顔を見るや否や難癖を付けてくる。

 俺、何も悪いことしてないのに!

 

「何も悪いことしてないのに!」

「ヤシロよぉ。お前は『精霊の審判』が怖くねぇのか、それとも単純に自覚がないのか、どっちなんだ?」

 

 俺は真実を口にしているだけだ。

 実際、エステラに乳置きは必要ないしな!

 それでも、ど~~~しても使いたいというのであれば――

 

「プレゼントしようか? お手製の乳置き」

「いらないよ!」

「だよね~」

「納得される謂われはないけどね!」

 

 出てきていきなり怒り出して、ずっと怒っているエステラ。

 何をしに来たんだよ。

 

「暇だから混ぜてほしいのか?」

「忙しいよ! ここ数日は各区の領主たちとの面会予定がぎっしりなんだから。……ルシアさんも、一日置きくらいに遊びに来るしさ……」

 

 三十五区へ会いに行った際、「頻繁に四十二区に行く」と言っていたルシアは、本当に頻繁に四十二区に来ている。

 見かねたエステラが、ウーマロに頼んでニュータウンに宿泊施設を作らせ始めた。

 間もなく港が完成するという、こんな時期に。

 

 まぁ、港の方はカワヤ工務店のオマールが取り仕切っているので、問題なく工事は進んでいるが。

 

「今日ルシアは?」

「昼過ぎに来ると思うよ」

「じゃあ、午後のパトロールは中止しよう」

 

 不審者発見パトロールといえど、正真正銘、真性の不審者に遭わせる必要はない。被害がどこまで広がるか、予測も出来ないからな。

 

 

 ――だというのに。

 

 

「不審者、はっけーん!」

 

 

 別働隊として、街の東側の見回りをしていた年中組の妹が数人、俺たちのもとへと駆けてくる。

 不審者を見かけたらすぐに知らせるように、その際は絶対に単独行動はせず三人以上の組を作って行動するように言い聞かせておいた。

 言いつけをきちんと守って、年中の妹たちが四人一緒にやって来る。

 

「妹たち。その不審者、ハビエルとどっちが不審だった?」

「「「「どっこいどっこ~い!」」」」

「それは不審だな!」

「おい、ヤシロ、こら。妹ちゃんたちに変なこと言わせるな」

 

 すぐ横から大人げない圧をかけてくる木こりギルドのギルド長。

 なんで俺だけに怒るんだよ。妹にも怒れよ、平等によ~。

 そーゆー贔屓なところが不審なんだぞ、お前は。

 

「ねぇ、君たち。その不審者はどんな人物だったんだい?」

「す~っごくキレ~な人だった~!」

「美人に不審者はいない! よって無罪!」

「待って、ヤシロ。……ルシアさんという例もいるわけだし」

「くっ……、そうだったな」

「お前ら、ここにいないからって、言いたい放題だな。ヤシロはともかく、エステラもよぉ」

 

 ハビエルが疲れ切ったような顔で肩を落とす。

 エステラに何を期待してるんだ。

 こいつはいつもこんな感じだろうに。

 

「その綺麗な人は、どう不審だったんだい?」

「あたしたちに声かけてきた~」

「それだけかい?」

「『ちょっと見ない間に大きくなったね~』って」

「知り合いなんじゃないのかい? 不審な点は見当たらないけど?」

 

 エステラの質問に交代で答える妹たち。

 確かに、不審な点は見受けられないが……

 

「『大きくなったね~』の時、こんな手の動きしてた~」

 

 と、両腕を自分の胸の前に持ってきて、大きく弧を描くように「ぼぉぃ~ん!」という効果音が聞こえてきそうな感じで動かす妹。

 

「不審者だ!? まごうことなき不審者だね、それは!?」

 

 おっぱいを「ぼぉぃ~ん!」ってするジェスチャーをしながら、『ちょっと見ない間に大きくなったね~』って?

 完全アウトじゃねぇか。

 一発退場レベルのレッドカードだな、その不審者は。

 

「……まったくもう、ルシアさんは」

「あいつ、もう来てたのか」

「決め打ちるすなよ、ヤシロもエステラもよぉ」

 

 何言ってんだよ、ハビエル。

 綺麗な人という情報と、そんなぶっ飛んだ行動をする不審者に心当たりがあり過ぎるため、俺たちの中で下手人はとある人物で確定したんだ。

 というか、ルシア以外いないだろう、そんなことをするヤツは。

 

 だが。

 

「ルシアさんちがうよ~?」

「別の人~!」

「見たことない美人さん~!」

「きらきらしてた~!」

 

 どうやら、ルシアではないらしい。

 ということは、俺とエステラはルシアに濡れ衣を着せたことになるわけだが……ま、そんな些細なことはどーでもいい。

 ただ――

 

「また変なヤツが紛れ込んだらしいな、四十二区に……」

「どーせ、君の知り合いだろう?」

「決めつけんな。濡れ衣とか、サイテーだぞ、エステラ」

「ヤシロよぉ。お前が言うなってめっちゃ言いたいぞ、ワシは今」

 

 俺たちが警戒しているタイプの不審者ではないが、一応見に行かなければいけないだろう。

 どーせエステラの関係者か知り合いなんだろうけれど。

 

「案内してくれ」

「「「「まかされたー!」」」」

 

 元気よく返事をした妹に続いて不審者が目撃された場所へと向かう。

 仕事があるハビエルとはそこで別れ、イメルダもハビエルの監視があるとのことで同じくその場で別れた。

 

 大通りを越えて、エステラの館の方向へ向かって進む。

 ほらな?

 やっぱりエステラ関連のヤツなんだよ。

 さ~て、誰だろうな~……美人な変態、結構いるからなぁ。

 

 何人かの顔を思い浮かべて現場に向かった俺なのだが、そこにいたのは思い浮かべた中の誰でもなかった。

 

 

「あっ! お久しぶりですね、ヤシロさん☆」

 

 

 きらきらふわふわした雰囲気で、笑顔を振りまきながらこちらに手を振る美少女。

 パトロール隊のメンバーも、たまたまその場に居合わせたのだろう街の連中も、その美女を知らないようで、まばゆいくらいに放たれているぷりてぃ&らぶりぃオーラに頬を緩ませている。特に男連中が、軒並み。

 

 まぁ、とびきりの美少女で、瑞々しい太ももを「ぱーん!」と見せつけ、四十二区の中に紛れればそれほどではないとは言え実際問題そこそこ存在感のある上向きなおっぱいが「ぼーん!」っと張り出し、にこにこと愛嬌を振りまかれていてはこの街の男連中などイチコロだろう。

 

 だから、素材はいいんだよなぁ、素材は。

 

 

 ただ、まぁ……ほっとした。

 

 

「よぉ、久しぶりだが元気そうで安心したぜ、ベティ・メイプルベア」

「うん☆ ただいまっ!」

 

 

 嬉しそうな声と一緒に、ベティの笑顔が咲き乱れた。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート