「あんぎゃろぴれーぽぷりゅりぎょれー!」
深夜の運動場に悲鳴がこだまする。
……悲鳴、か? 今の。
急ピッチに進められたアトラクションハウス制作だったが、作業中に思わぬ大問題が発覚した。
昨日行われた三十一区での緊急領主会議にて、俺は「三日後にラーメンなどの講習会を行う」と宣言し、領主たちもそれに同意した。
だから俺は、作業にはまるまる三日使えると思っていたのだが……
領主会議が午後、というか夜に行われていて、そこから数えて三日後って事は、作業に使えるのは丸二日しかなかったのだ!
な、なんだってー!?
……いや、俺はね? 中三日のつもりで言ったんだよ?
でもさっき、ウーマロに「えっ!? 三日後って事は作業できるのは二日ッスよね!? こっちはそのつもりで動いてるッスよ!」って言われてさぁ。
領主会議が終わって、夜食作って、その夜に着ぐるみを作った。
翌朝、まぁ、今日なんだけど、朝に着ぐるみのお披露目をして、昼に広場でお披露目会をして、作業を開始した。
これが、『一日後』の内容だ。
で、明日が『二日後』になって、『三日後』の開催に間に合わせようと思えば明日中に準備を完了させておかなければいけない。
わぁ、鬼スケジュール!
「……誰がこんな鬼畜仕様を!?」
「ヤシロさんッスよ!? ……まさか、日数を数え間違えているとは思わなかったッスけども」
そういえば、ウーマロがアヒムに「これから三日、眠れると思うな」って言ってたけど、領主会議の日、今日、明日で三徹だわ。
数字って、難しいよねぇ。
「けど、このスケジュールで終わるように調整してくれたんだよな?」
「やったッスよ。……その後のことは一切考えてないッスけどね……ははっ」
アトラクションハウスの完成後、大工たちはどうなっているのか……考えるだけで背筋が冷えるな。
「……ヤシロさんはいっつも、金物のキツネ女にばっかり優しいんッス……『寝ろ』なんて、オイラほとんど言われたことないッスもん……」
うわぁ、ウーマロがイジケ始めてしまった。
まさか、双方から真逆の愚痴を聞かされるとは……
ノーマからは「キツネの大工ばっかり」と。
ウーマロからは「金物のキツネ女ばっかり」と。
……もしかして、悪いの、俺?
…………いや、それはないな。
根拠はないけど、なんとなく、俺は悪くない気がする。うん。俺、無罪。
「けど、超突貫ッスよ?」
「大丈夫だろう。二日ももてば十分なんだから」
「いや、最低でも一ヶ月は使用に耐えるようには作ってあるッスけど。安全第一ッスから」
ウーマロの言う安全第一は『お客さんの』安全が一番という意味だ。
日本だと、作業員の安全が第一って意味なんだけどなぁ。
でもまぁ、すごいもんで、怪我人は一人も出ていない。
体力が尽きてそうなヤツはちらほら見かけるけれど。
「ぅぅうううううぎゃぁぁああああ!」
出来たてほやほや、建ちたてほやほやの建造物から、一人の木こりが転がり出てくる。
出口から出た後は地面にうずくまってブルブル震えている。
あぁ、そうそう。さっき聞こえてきた悲鳴もこの建造物が原因だ。
「しゃ、シャレにならねぇ……今晩、もう寝れねぇ……!」
「ならちょうどよかった。手伝ってけ」
「いやいやいや! それはそれで怖い……でも、人が大勢いる安心感……っ! くぅう! 分かった、手伝うよ!」
木こりが涙目で、半ばやけっぱちに吠える。
ふむ。荷物運びくらいには使えるだろう。
「ヤシロ様」
長い髪を三つ編みにしたメイド服姿の女性が美しい姿勢で近付いてくる。
くいっとフレームの細いメガネを持ち上げ、少し神経質そうな顔で声をかけてくる。
「塩梅はいかがでしょうか?」
「あぁ、上出来だ。他の給仕たちも褒めておいてやってくれ」
「そのお言葉、間違いなく全給仕に伝えさせていただきます。皆、喜ぶことでしょう」
いささか硬い笑みを浮かべて給仕が笑う。
彼女の名前はシェイラ。
エステラのところの給仕で、ナタリアが不在時に給仕をとりまとめる副給仕長のようなポジションの人間だ。厳密には副給仕長っていうのは設けていないそうだが。
ナタリアに次いでエステラとは長い付き合いで、ナタリアに次いでエステラに対して小言が多い給仕として知られている。
彼女は、ナタリアほどエステラをからかわない代わりに、ナタリアほど融通が利くわけではない。
しかし、ナタリアに肩を並べられるくらいに優秀なのだ。
……と、ナタリアが自分をめっちゃ持ち上げながら紹介してくれた。
今回、俺と会話する許可をエステラとナタリアの両名から得てここに派遣されることになったのだそうだ。
これまで俺と接する機会がなかったのは、俺が個人的に給仕と仲良くし過ぎるのはよくないってのと、給仕たちがあまりに馴れ馴れしくなって規律が乱れることを避けるという理由からだったらしい。
イメルダんとこも、給仕長くらいしか俺に話しかけないもんな。
質問したら答えてくれるけど、基本自分から行動を起こす給仕はいない。
一大事を除いて。
あと、個人的な理由として――
「シェイラ。顔が硬い」
「も、申し訳ございません! ど、どうにも、男性とお話しするのは、き、きき、緊張してしまいまして」
シェイラは男の前に出ると緊張してしまうらしい。
ウーマロほどではないが、結構分かりやすくあたふたしている。
……なんだろう。ウーマロと似た症状でも、美女がやると可愛いな。
「ウーマロはダメだなぁ」
「なんでそーゆー感想が出てくるッスか!?」
「ならウーマロ、シェイラと何か会話してみろ」
「そ、そそ、それはむむ、無理ッス!」
「と、とと、トルベック棟梁様と会話なんて、ふ、ふふ、不可能ですっ!」
「うむ、シェイラの勝ち!」
「判断基準が謎過ぎて納得できないッス! まぁ、別に負けでも全然いいんッスけども!」
俺を挟んで両隣であたふたするウーマロとシェイラ。
けど、どちらも仕事は完璧にこなしてくれるので、その点では非常に助かっている。
「あと何人か体験させたいんだが、イケるか?」
「はい。我々も、ようやくコツが掴めてきたところです。明日のお披露目前にもう二~三度ほど練習したいと思っていたところです」
「じゃあ、スタンバイしてきてくれ」
「承りました」
ぺこりと頭を下げ、顔を上げると同時にズレたメガネを持ち上げるシェイラ。
「似合ってるぞ、ナタリアの真似っこのその伊達メガネ」
「ふにょ!?」
指摘されて、わたわたとメガネを上下させる。
やっぱりな。度が入ってないと思ったんだよな。
「……ヤシロ様は、意地悪です」
赤い頬を隠すようにメガネのツルを両手で押さえて、シェイラが俺を睨んでから持ち場へ駆けていく。
「なんで分かったんッスか?」
「メガネの持ち上げ方がナタリアと一緒だったからな。憧れてなきゃ、あそこまで類似はしねぇよ」
「さすが、よく見てるッスねぇ」
「なんだよ、ウーマロ。急におっぱいの話をして」
「してないッスよ!? ……って、やっぱ見てたんッスか!?」
「あぁ。ナタリアには一歩届かないDカップだったぞ」
そんなところでも、やはりナタリアは一歩先を行っている。
さすが給仕長。他の追随を許さない。
「けど、設計図で見た時は実感できなかったッスけど……本当に怖いんッスね、この『お化け屋敷』」
ウーマロは、自分たちが作り上げた二階建てのお化け屋敷を見上げながら感嘆の息を漏らす。
完成したのは小一時間ほど前で、ナタリアに「人手が欲しい」と依頼して呼んでおいてもらった給仕にギミックの稼働係を振り分け、少し練習した後、そこら辺にいた暇そうな連中を呼んでモニターをしてもらっている最中なのだが……予想以上の反応だ。
これまで体験したのは五人。
その五人が五人とも、半泣きで出口から飛び出してきていた。
やっぱ、初めてってのも大きいんだろうな。
『お化け屋敷』って聞いても中身が想像できないってのは大きい。
「どーせこんな感じでしょ?」って思い込みがない分、純粋に体験してくれるのが嬉しい。
「あ、ここ動きそう」とか「ここで何か起きそう」って予測が付かないと、中で起こる現象はすべて突然に感じられ、恐怖は増大する。
「おーい、イケニエを連れてきたぞー!」
嬉しそうに、どこぞの棟梁がイケニエを連行してくる。
おでこの広い、どこか卑屈そうな男だが……どこかで見たような気が……
「たぶんヤシロさんは覚えてないと思うッスけど、あれは牛飼いのぺぺッスよ」
「おぉ、初対面だな」
「違うはずッス」
なんか、ぺぺが大通りで牛を逃がしてマグダがその暴れ牛を取り押さえたとか、焼肉を教える時に牛飼いのところで会ってるはずとか、その場にいなかったウーマロから説明された。
「なんで覚えてないんッスかねぇ」と呆れるウーマロだが、むしろ俺は、なんでお前が知ってんだと聞きたい。
え? マグダの情報を集める一環で、ちらっと登場したぺぺについても調査したの? 怖ぇよ、お前の執着心。なんでもかんでも知りたがるんじゃねぇよ。
で、そのぺぺは「もぉー、いやー!?」と泣きながら出口から飛び出してきた。
「牛飼いだけに? やかましいわ!」
「いや、今のはさすがにたまたまだと思うッスよ!?」
そんな騒々しい様を見ていると、後方からのんびりとした声が聞こえてきた。
「ヤシロさ~ん。お夜食をお持ちしました~」
陽だまり亭二号店を曳きながら、ジネットたち陽だまり亭一同が運動場へとやって来た。
これは……是非体験してもらわなければいかんよなぁ、……ふっふっふっ。
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