異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加82話 牛飼いのもとへ -3-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:3,772

「は? あるの?」

「おう。ウチの主力製品の一つだぜ」

 

 大量の牛が飼育されている大きな牧場にやって来た俺たちは、牧場長のモーガン・オルソンからビックリな事実を聞かされた。

 

にかわとゼラチンは牛飼いの間じゃ常識の製品だぜ」

「そうか……膠があるんだから、ゼラチンもあるか……」

 

 前にウーマロが膠使ってたっけなぁ……

 すっごく乱雑に言ってしまえば、同じ原料を使って似たような製法で出来るものなんだから、ゼラチンが存在しても当然と言えば当然だ。

 

 ただ単に、ジネットが知らないだけだった。

 

「わたし、初めて見ました。これがゼラチンなんですね」

 

 モーガンの牧場で作られていたのは板状のゼラチンだった。

 すげぇ。日本にあるのとほとんど同じだ。

 

「で? これが、テメェらがさっき得意顔で言ってた『新しい商品』だったのか?」

 

 ちょっと小馬鹿にするような顔でモーガンが鼻を鳴らす。

 ……ちっ。

 

 接客業とは無縁の荒くれ者、モーガンと交渉をするにあたり、「もしかしたら牛飼いたちの販路を広げられるかもしれない新しい商品があるんだが、聞きたくないか?」って持ちかけちまった。

 

 なのに、もうあったって……

 

 

 赤っ恥もいいとこだ!

 

 

「すみません、ヤシロさん。わたしが不勉強だったばかりに」

「いや……最初にアッスントに話を持ちかけるべきだったのを、俺が横着しちまったんだよ」

 

 エステラの「牛飼いの販路が広がれば狩猟ギルドとの軋轢が少しは解消するかも」って話と、ジネットの「街の東側へ行くならトムソンさんのお店を覗きに行きたいです」って話を優先させたいがために、こんな…………えぇい、ぶっちゃけいいカッコしたかったんだよ!

 

 ゼラチンの誕生で牛飼いの販路が広がりエステラの悩みの一つが解決!

 おまけにそのゼラチンで新触感のドーナツやマシュマロなんかをトムソン厨房に伝授してやってジネットの心配事も見事解消!

 

 

 きゃー、ヤシロさん素敵! むぎゅー! ついでにぺったん!

 

 

 そんな展開をちょこ~っと期待しちゃったんだよ! 悪いか!?

 いーじゃん、ここ最近知識の大盤振る舞いして、イベントの運営委員で忙しく走り回ってたんだからさぁ!

 ご褒美があってもさ!

 

 あぁ、そうさ!

 功を焦ったのさ!

 勇み足で大自爆さ!

 可笑しいか!?

 笑いたければ笑えよ!

 

 ……笑ったらただじゃおかねぇけどな?

 

「……くっ、ゼラチンと膠があるのになんで狩猟ギルドに押されてんだよ。営業努力足りてねぇんじゃねーの!?」

「ヤシロ、それは明らかに八つ当たりだよ……」

 

 たぶんだけど、そんな情報を秘匿していた牛飼いが悪い!

 つーか、「こんなのありますよ」って話を振ってこないアッスントが悪い!

 

 そうだよ!

 仮にアッスントがコレもんのドヤ顔で「実は、こんなすごい食材があるんですよねぇ~(ぷぷ、お前ら知らねぇーだろうけど)」ってゼラチンを持ってきたら、「あぁ、ゼラチンか(爽やかにイケメ~ン)」「ななな、なにー! 知っていたのかー!(ぎゃふーん!)」って、俺が優位に立てたのに!

 

「怠慢だぞ、アッスントー!」

「おう、牧場で騒ぐな。牛が驚くだろうが」

「申し訳ないね。彼はたまにあーゆー発作を起こすんだよ」

「薬剤師に見てもらえよ」

「はは、知らないのかい? 彼と薬剤師を混ぜると――危険なんだよ?」

 

 エステラとモーガンがなんか失礼なことを話している。

 お前ら二人揃って牛のウンちゃん踏みつけてしまえ。

 

「まっ、あんたがオレらのことを考えてくれたってことだけは覚えておくぜ。ありがとよ、領主さん」

「や、いや、……ボクは、ただ」

 

 真っ正面から感謝を述べられてエステラが少し照れている。

 あいつは人々からの高評価をこっそり聞くのが好きなヤツだからなぁ。面と向かって言われるとどんな顔をしていいのか分からないらしい。

 長い間正体を隠していた弊害か?

 

「だがまぁ、結果は残念なことになっちまったけどな」

「ぬか喜びをさせてしまって申し訳ないね」

「ウチの販路は広がらなかったが……狩猟の連中の販路を狭めることは出来るんじゃねぇか? なぁ?」

「それは、ちょっと……」

 

 自分たちが上がれなければ相手を落とせばいい。……って、そんな発想だから負け続けてるんだよ、狩猟ギルドに。

 牛肉だって十分美味いんだから、企業努力でどうとでもなるだろうが。

 牛肉を柔らかくジューシーにする方法なんていくらでもあるんだぞ? 牛肉の産地偽装の時によく使われた手法で…………っと、こいつは大っぴらには話せないな。黙っておこう。

 

「とはいえ、オレぁあんたに感謝してんだぜ、陽だまり亭さんよぉ」

「へ? わたしたちに、ですか?」

「おう。あんたら、いろんな料理を生み出してんだろ? その影響なんだろうなぁ。東の方でも飯屋を始めるヤツが増えてきてな。それも、お宅らみたいな創作料理ってのか? そういうヤツを作る飯屋がよ」

 

 かつて四十二区にあった飲食店といえば、カンタルチカに代表されるような酒場が主であり、陽だまり亭のような店は少数だった。

 金のなかった四十二区では、一般人が家族を連れて外食に、なんて文化はさほど根付いていなかったのだ。

 あるにはあったが、数が少ない。

 

 少ない飲食店も、食材を無駄にしないために料理の種類は限りなく少なかった。

 陽だまり亭も、昔はメニューが少なかった。

 カンタルチカなんか、燻製肉を焼いた物くらいしかなかった。

 なんにせよ、「料理をする」って技術があまり成熟していなかった街だったのだ。四十二区は。

 

 そりゃ、ゼラチンが出回ってないわけだ。

 

 聞けば、王族がいる中央区や、金持ち連中が多い区では『楽しむための食事』――というか、『見栄を張るための食事』が幅を利かせている関係で、ゼラチンなんかを頻繁に使うらしい。

 砂糖やゼラチンは、金持ちが独占している食材だったってわけだ。

 

 ゼラチンは、その原材料や製法、特に作っている時の悪臭なんかの影響で高級食材扱いはされていないようだけれどな。

 お貴族様には野蛮に映るのかもねぇ、骨や皮をどろどろに煮込む作業は。

 

「オレらの牛肉もよ、これまでは特定の店でしか買ってもらえなくてなぁ。店で扱われるっつっても、串焼きにして酒と一緒に出す。それくらいしかなかったんだよ」

 

 牛肉を扱っている店は、基本的にステーキでの提供なのだそうだ。

 客の要望どおりの大きさにカットして焼く。

 その肉にかぶりつく。そして酒をあおる。

 もしくはぶつ切りにした牛肉を串で刺して焼く。

 ステーキかバーベキューの二択ってわけだ。

 

「もったいねぇ。煮込みにすればすげぇ美味いのに」

「カレーに入れても美味しいですよね」

「ボクはビーフカツが好き――だったけど、……ちょっと諸事情があって最近食べてないなぁ」

 

 あぁうん、分かる分かる。

 分かるから何も言うな、エステラ。

 

「なんだ、ビーフカツって?」

「牛肉を、小麦粉、卵、パン粉で作った衣で包んでカラッと揚げる料理です」

「パン粉!? パンを粉にするのか? ……なんて贅沢な」

「いえ……ヤシロさんが……」

「人を殴る以外に能のない黒パンなんぞ、パン粉にでもしないと使い道がないだろうが」

 

 ジネットは教会との繋がりが強いからなのか、毎月一定数黒パンを買ってくるんだよな。ほら、パン職人ギルドって教会の影響下にある組織だし。

 でも、陽だまり亭で黒パンは出ない。注文なんか入らないのだ。

 俺が住み着く以前もほとんど売れていなかったというし、ご飯やパスタ、その他いろんな美味いもんが並ぶ今となっては言わずもがなだ。

 

 けど黒パンは購入される。

 じゃあどうする?

 

 パン粉にするしかないでしょう!

 

「で、カツやエビフライを作ってるんだよ」

「うす~くスライスしてサンドイッチにしたりしますよ」

「あれはサンドイッチじゃねぇ、クラッカーだ」

 

 サンドイッチにするならタコスの方が合う。

 タコスサンドは毎月一定数注文が入る定番商品だ。

 

「そんな食いもんがあるんだなぁ」

「はい。ヤシロさんがいろいろと教えてくださるんです」

「はぁ~、若ぇのに大したもんだな、兄ちゃん」

 

 白髪の交じる短髪を綺麗に切りそろえた老齢な牧場長は、ざりざりと無精ヒゲの生えるアゴを撫でる。

 

「ゼラチンを偉そうに教えに来た間抜け野郎って評価は、考え直さなきゃならねぇみてぇだな」

 

 ちぃ! ヤなヤツだ、このジジイ!

 ジジイのくせにむっきむきの体しやがって。

 

「なんにせよ、新しい料理が増えてくれんのは大歓迎だ」

「牛肉の需要が増えるからか?」

「それもある。それもあるが……食い合っちまうからな、肉屋は」

 

 モーガンの言う『肉屋』というのは、肉を専門に出す飲食店のことらしい。

 それが食い合うってのは、一体?

 

「素材が一緒だろ? 店がやるのはそれを切って焼くだけだ。なまじ単純な作業だから技術の差が味にはっきりと出ちまうんだ。肉のサイズ、焼き加減、切り方にまでその差は出ちまうんだよ……同じ食うなら、誰だって美味い店に行くだろう?」

 

 ただ肉を焼くだけ。

 それで、同じような値段ならば、それは美味い店に客が集中するだろう。

 言い方を変えれば、技術のない店に客は来ない。

 固定客がいたとしても、その技術が失われてしまえば、あっという間に客は離れていく。

 

「そりゃそうだよな。牛肉は、切り方と焼き方で味が変わるからな」

「ほぅ、分かるのか、若いの?」

「まぁな」

 

 筋の処理、脂の落とし方。なんなら、熟成のさせ方も混ぜてもいい。

 それらのどれか一つ知らないだけで、他の店からは一段も二段も味が落ちるだろう。

 

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