異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

64話 レンガ職人の親子 -4-

公開日時: 2020年12月2日(水) 20:01
文字数:2,643

「お前の気持ちは分かったよ、セロン。微力ながら、俺も協力をしてやろう」

「本当ですか!?」

「あぁ。……とりあえず」

 

 俺は近場にあった、レンガを砕き割るための鉄槌を拾い上げる。

 

「……お前の親父、どこに埋める?」

「いやいやいやいや! それはちょっと勘弁してもらえませんか!?」

 

 なぜだ?

 それが一番手っ取り早いというのに?

 

「金銭面で、ウチの工房が困窮していることも分かっているんです。このままじゃ、工房が無くなってしまうことも……」

「そうしたら、お前の幼馴染は自分の責任だと、そう考えるような女なんだな?」

「……本当に、何もかもお見通しなんですね」

 

 セオリーってヤツだ。

 でなきゃ、こんな工房やめてやる! って手法が取れるし、セロンはそういうことを平気でやってしまいそうなタイプだ。だがしていない。なぜか?

 

 解・彼女の方がそれを良しとしないからだ。

 

「つまり、貴族の援助無しで工房を存続させることが出来ればいいわけだな?」

「はい。この先やっていける目途が立てば、貴族の方には僕の方からお断りに出向きます。土下座でもなんでもして、誠心誠意、理解してもらえるよう思いを伝えます」

 

 まぁ、それだけの思いがあれば向こうも分かってくれるだろう。…………貴族の性根が腐っていなければな。

 

「じゃあ、なんとかならないか、知恵を絞ってみるよ」

「本当ですか!? あなたのような方が味方についてくれると心強いです!」

「よせよせ。過度な期待はするなよ」

「はい! しません!」

 

 まっすぐなヤツだなぁ……

 

「協力していただけるなら、僕はどんなことだってやります! なんでも言ってください! ですから、どうか、よろしくお願いします!」

 

 九十度に腰を曲げ、セロンが頭を下げる。

 なんか、こう……体育会系のノリは父親譲りなのかね? ちょっと絡みにくい。

 

「まぁ、祭りまでに売れそうな商品を作ってもらうのと、今後、ちょっといろいろ無茶なことを頼むかもしれないから、そん時は便宜を図ってくれ」

「はい! よろこんで!」

 

 ぅえ~ん……イケメンが顔を近付けてくるよぉ……ちょっといい匂いするのがムカつくよぉ……

 

「あぁ、それから、ウチの食堂に花壇を設置したいなぁって……」

「承ります! いくらでも! 何平米でも!」

 

 熱い……熱いよ、熱意が。熱過ぎて俺の心が萎れちゃう……

 

「ん?」

 

 と、グイグイ来るセロンをかわしていると、壁の棚に変わったものを見つけた。

 いや、変わったというか……レンガでこんなの作れるのか? ってヤツだ。

 

「なぁ、あれ……花瓶、だよな?」

「え? あ、はい。プランターや鉢は昔からあったんですが、もっと簡単に花を楽しめるようにと、試行錯誤して先日ようやく完成したんです」

「水、漏れないのか?」

「はい! 苦労しました!」

「重さは?」

「可能な限り軽量化しました!」

「へぇ……」

 

 ……花瓶、かぁ。

 

「なぁ、アレ売ってくれないか?」

「差し上げます!」

「いや……売ってくれ」

「…………どうして、ですか?」

「いろいろあるんだよ」

「そう……ですか。はい、分かりました! では、格安でお譲りいたします!」

 

 うむ。

 いい買い物が出来たなっと。

 

「もう時間も遅いから、また今度改めて顔を出すよ」

「はい! お待ちしています!」

「……次は、もうちょっと声のトーンを落としてくれな」

「はい。分かりました」

 

 実に素直な男である。

 イケメンに爽やかな笑顔を向けられて、俺は満更悪い気はしていなかった。

 

「セロン! セロンはいるか!」

「父さん!? ……なに? 僕に何か用?」

 

 突如、作業場にボジェクが乱入してくる。

 途端にセロンの表情が冷たくなる。……これは相当こじれてるな……

 

「お前に、どうしても話したいことがある」

「あとにしてくれないかな。今は大切なお客様がいるんだ」

「いいや! 今でないとダメなんだ! すぐに済むから聞いてくれ!」

 

 ボジェクの勢いに気圧され、セロンがちらりと俺を見る。

 俺に聞くなよ……とは思いつつも頷いてやると、セロンは仏頂面で「どうぞ」と言った。

 

「実はな…………父さん…………ロレッタちゃんと再婚しようと思う!」

「「はぁっ!?」」

 

 なに言ってんの、こいつ!?

 

「いやぁ、ロレッタちゃん、可愛くてなぁ! 母ちゃんが死んでもう十六年も経つが、父さん、ついに新しい春を見つけちゃったかもしれ……」

「ロレッタぁ!」

「はいです! お兄ちゃん!」

 

 ボジェクの後ろからぴょこんと飛び出してきたロレッタの首根っこを掴まえて部屋の隅へと強制連行していく。

 

「お前、あのオッサンに何をした?」

「いやぁ、話を聞き出そうといろいろ持ち上げていたら、なんだか勘違いされちゃったです……困ったですね」

「お前の頬袋を水でパンパンに膨らませてやる!」

「ダ、ダメですっ! 水は! お腹たぷたぷになってちょっと気持ち悪いですから!」

「セロォーン! 彼女が新しいママだ! さぁ、ママと呼んでごらんなさい!」

「何考えてるんだ、父さん!?」

 

 あぁ、もう! バカばっかりだ!

 

 俺はロレッタをレンガの上に正座させ、暴走するボジェクを鉄槌で威嚇し、平謝りするセロンを宥め、花瓶を買ってからレンガ工房を後にした。

 ……最後の最後でどっと疲れた…………もう、早く帰って寝てしまいたい。

 

「お兄ちゃん。ボジェクさんからいろいろ聞き出したですよ、セロンさんをたぶらかす怪しい女の素行を! 聞きたいですか!?」

「どっちかって言うと聞きたくない。明日にしてくれ」

「実はですね、その怪しい女が目撃されるようになったのは、さかのぼること十数年前……」

「明日にしろつってんだろ!?」

 

 しゃべり出したら止まらないロレッタの口を塞ぐ。羽交い絞めにして完全に黙らせてやる。

 

「キャーです! お兄ちゃんのエッチィですぅ!」

「やかましいわ! 俺は疲れてるんだ! さっさと帰ってもう寝るの!」

 

 工房で時間を食い過ぎたせいで、空は真っ暗。もう、完全に夜だ。

 体力気力共にもう限界。

 これ以上は、これっぽっちも余力など残っていないのだ。

 あとは帰って寝るのみ。

 

 

 そう、思っていたのに…………

 

 

「あの……」

 

 人気のない、廃墟が並ぶ寂れた細い路地で……不意に声をかけられた。

 …………背後から、か細い…………女の声に。

 

 俺の脳内に、これまで散々聞かされてきた忌まわしい噂話が一気によみがえってくる。

 心臓が破裂しそうに早鐘を打ち、嫌な汗が全身から吹き出してくる。

 

 そして、恐る恐る振り返ると…………

 

 

 そこに、淡くぼんやりと光る……真っ黒い影のような女が立っていた………………

 

 

 

「…………………………ぎゃあああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 

 

 俺、出会っちゃった…………

 

 

 

 

 

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