異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

225話 『宴』のスタンバイ -1-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:4,007

「起・き・て・思う、私は。友達のヤシロ」

「とりあえず、誰に教わった?」

 

 早朝。ふかふかのベッドで眠っていた俺を起こしたのは、ギルベルタの味も素っ気もないどこまでも平坦な声だった。

 そういう冗談をするなら、嘘でももう少し色気をだなぁ……まぁ、ギルベルタに言っても無駄なんだろうけれど。

 

「朝食を用意してある、食堂に。一緒に食べたい思う、私も、ルシア様も、友達のヤシロたちと」

「エステラたちはもう起きてるのか?」

「おそらく、まだと思う、私は。少し早い、時間が、今は」

 

 と、ギルベルタがカーテンを開けると……わぁ、真っ暗。

 

「……今、何時くらいだ?」

「鳴ると思う、あと二時間もすれば、目覚めの鐘が」

「二時じゃねぇか!?」

 

 朝じゃねぇよ、まだ!

 

「この時間に起こすよう言われた、私は、ルシア様に」

「よぉし。じゃあルシアのことも起こしに行こうぜ!」

「預かっている、私は、伝言を。『寝室に近付くと死刑』――と、ルシア様から」

「それをギルベルタにも言えるのか、小一時間問い質したいところだな、あの領主に」

 

 俺への嫌がらせのためにギルベルタにまで早起きさせやがって。

 

「怒っていいと思うぞ、お前も。たまにはさぁ」

「怒る理由がない、私には。お話しできて嬉しい思う、私は、友達のヤシロと、こうして」

「…………まぁ、お前がいいならそれでいいけどよ…………いや、よくねぇな」

 

 結局、あの領主をぶっ飛ばすことに変わりはないな。

 ……あいつ、四十二区での『宴』に立ち入り禁止にしてやろうか。絶対来たがるだろうし。

 

「ギルベルタ。お前『だけ』を四十二区の『宴』に招待したいんだが」

「仕方ない。私も行ってやるぞ、カタクチイワシ!」

 

 バーン! とドアを開けてルシアが部屋に入ってくる。

 この館、防犯設備もうちょっと充実させてくれねぇかな? 主から漂う犯罪臭がハンパねぇんだからさ。

 

「結局、お前も起きてたのかよ?」

「ふふん。貴様が滑稽に困っている様子を拝んでやろうと思ってな」

「無駄なところに労力を割きやがって」

「それで、四十二区の『宴』には、ハム摩呂たんは参加するのだろうな?」

「当たり前だろう。つか、ハム摩呂なら今回も来てるぞ」

「なに!? なぜそれを早く言わん!?」

 

 俺が許可していないにもかかわらず寝所に侵入してきた貴族であり領主であり嫁入り前の娘でもあるルシアが、俺の眠るベッドに乗るわ、布団を剥ぐわ、床に手を突いてベッドの下を覗き込むわ……いいのか、これ。世間的に?

 

「いないではないか!? 返せ!」

「お前のじゃねぇよ!」

「さてはエステラの部屋か!? おのれ、エステラめ。婚前の娘が破廉恥な……領主の風上にも置けぬ!」

「領主の風下を独占してるお前が言うな」

 

 お前から見たら、どんな領主も風上にいるんじゃねぇの?

 

 ハム摩呂は、トルベックの連中と一緒に荷物運搬用のデカい馬車で教会の方へ向かった。

 ルシアの馬車に乗せてもらったのは俺とエステラとナタリア、そして、ウーマロとヤンボルドだけだった。

 

 俺たちはまず二十四区の教会へ連れて行ってもらい、そこで一度ルシアと別れた。

 教会でソフィーとシスターバーバラにウーマロたちを引き合わせ、その後やって来る連中の入門許可を取り付けた。

 ソフィーが難色を示すかと思ったのだが、さすがに今回の『宴』に必要だと判断したのか、すんなりと許可してくれた。

 そればかりか、『宴』の準備には協力的な様子だった。

 

 ウーマロたちが獣人族だったからかもしれないし、ソフィー自身がリベカとの関係修復に期待を抱いているからかもしれない。

 理由はなんにせよ、円満に事が運んで一安心だ。

 

 ある程度の配置と、スケジュールを打ち合わせて、段取りを組んでいる段階でトルベック工務店後発隊が到着する。

 荷物の搬入をガキどもはドキドキ半分、わくわく半分といった瞳で見つめていた。

 知らない大人が大量に押し寄せる状況に恐怖心がないわけではなかったようだが、それよりもこれから起こる未体験の出来事に胸を躍らせている様子だった。

 

 あんな小さいガキどもでも胸を躍らせているというのに、エステラときたら……揺れもしない。

 

「ってわけで、ハム摩呂なら今日は教会でテント泊だよ」

「なぜそれを先に言わんのだ!? ギルベルタ、すぐに出発の準備を!」

「もう寝てるっつうの!」

「却って好都合だ!」

「何しでかす気だ、この変態領主!?」

 

 出禁だ!

 こいつを出禁にしなければ!

 この館から『出ることを禁ずる』出禁に!

 

「ミリィは無事なんだろうな?」

「そうだな! 生花ギルドに任せていては不安だな! やはり引き取ってこよう!」

「あぁ、いや。こっちの生花ギルドが面倒見てくれてるんならけっこう! お前といるより安全だ」

 

 ミリィは、ルシアを介してこっちの生花ギルドに面通しを行ったらしい。

 ネクター飴の時に挨拶程度は済ませていたらしいが、今回本格的にコネクションを持ったようだ。

 花園があるせいであまり日の目を見ることがない三十五区の生花ギルドだったが、ネクター飴の製造によって脚光を浴び、これまでほとんど人間しかいなかった顧客が客層を広げ、獣人族や虫人族のお得意さんをゲットしたのだとか。

 それで、ミリィには非常に友好的な感情を持っているのだと、ギルベルタから聞いた。

 

 今回もいろいろ協力してくれるらしい。

 領主管轄の花園と、生花ギルドが世話をしている花畑から花を調達させてもらうこととなった。

 ……と、いいながら、ルシアが金を出してくれているんだろうけどな。

 なので、ルシアにも多少はサービスをしてやるつもりではいる。

 

「ミリィたんとハム摩呂たんに挟まれてケーキを『あーん』してほしい!」

 

 ……『多少』しか、サービスしねぇけどな。絶対。

 

「マーシャも来るぞ、今回の『宴』」

「ん? ほぅ、そうなのか」

 

 ドライ!?

 えっ、こいつ、あんなにマーシャにご執心だったのに!?

 

「ど、どうした? マーシャとケンカでもしたのか?」

「するものか、子供でもあるまいし」

 

 にしては、随分とドライな反応じゃないか?

 以前のお前なら「むっはぁあ! マーたんまでいるなら私が行かない理由がないではないかぁ!」とか言って暴れそうだったのに……

 

「マーたんはここ最近、四十二区に行くことばかりに執心なようなのでな、ふんっ!」

 

 ケンカじゃねぇか……

 つか、ヤキモチか?

 

「なんでも、崖の下をくぐり抜けると四十二区の下に出るとかで、安全な洞窟を掘って航路を確保し、大型船を通れるようにする計画があるのだそうだ! 四十二区に行くなら三十五区を通っていけばいいのに! ぷん!」

 

 いや、それじゃ遠いからだろ……

 つか、マーシャはアノ航路を実用化しようとしてんのか。

 以前マーシャと話した、三十区の崖の下を通り抜ける航路。

 四十二区の川に鮭がいることで、あの川は海と繋がっているに違いないという俺の推論から始まった、実現は難しいが出来たらいいな~くらいの計画だったが……実現すればこんなに美味しい話はないな。海魚、手に入り放題じゃねぇか。うはうは。

 

「カタクチイワシの顔なんぞを見ているより、私に鱗をすりすりされている方が、マーたんは幸せだというのにっ!」

「だから迂回されてんじゃねぇの?」

 

 航海において、危険地帯を避けるのは基本中の基本だからな。

 

「それで、真剣な話だが……正直どうなのだ?」

 

 ルシアの声が急にトーンを変える。

 真剣みを帯びたその声に、俺も真剣に答える。

 

「俺は鱗をすりすりするより、おっぱいをつんつんしたい」

「真剣な顔でなんの話をしておるのだ、貴様は!?」

「おっぱいの話だ!」

「分かりきったことを、大声で表明するな!」

 

 こいつは、自分は散々やらかしておいて、ちょっと俺がそういう話をすると糾弾してくる。酷い領主だ。

 

「『BU』をひっくり返す算段は、うまくいっておるのだろうな?」

「あぁ、そっちか」

 

 ルシアも忘れてはいなかったらしい。

 会えばいつもふざけたことしか言わないから、すっかり忘れているのかと危惧していたのだが。

 

「まぁ、手こずってはいるが……」

「頼りのない……。まぁ、今すぐどうこう事態が急転するとも思えんが……急げよ、カタクチイワシ」

「そのつもりだ」

 

 とにかく、今日。

 何がなんでもドニスをこちら側へ引き込む。

『宴』に失敗は許されない。

 

「ふん。分かっているのであれば構わん。全責任を貴様に背負わせてやるから、せいぜい死にものぐるいで這いずり回ることだな」

 

 なんとも温かみのある冷笑を向けるルシア。

 要するにアレか。「がんばれよ」ってことか?

 

「ほう、責任を負わせるということは……うまくいったらご褒美でもくれるんだろうな?」

「なっ!? なぜ貴様に触らせねばならんのだ!?」

 

 と、乳を隠すように腕を組む。

 ……なんで『俺の求めるご褒美=おっぱい』って決めつけてんだ、コラ。

 

「ふ、ふん……ここ最近、少し成長したことを見とがめたというわけか……侮れん男だな、貴様は」

 

 成長?

 

「『精霊の……』」

「成長はしている! が、『精霊の審判』はやめろ! ちょっと不安だから!」

 

 お前な、誤差程度の伸び縮みを『成長』なんて呼ぶんじゃねぇよ。

 カップ数が上がってから口にしろ、おこがましい!

 

「……で、ギルベルタが随分大人しいと思ったら……なんで俺のベッドで寝てやがるんだ?」

「むにゃ……匂いする……友達のヤシロの……すんすん……」

 

 あぁ、ここにもいたのか、『嗅ぎっ娘』が……

 

「少し寝ただけで匂い移りとは……貴様は生魚か」

「心外な比喩をしてんじゃねぇよ」

「…………」

「…………」

「…………どれ」

「『どれ』じゃねぇよ。さっさとギルベルタを連れて出て行け。まだ眠いんだよ、俺は」

 

「貴様、さてはギルベルタの匂いをくんかくんか……」とかなんとか騒がしかったルシアにギルベルタを押しつけて部屋を追い出す。

 あいつは、行動的なレジーナか……疲れた。

 朝飯を食ったら教会へ行って屋台の設置だ。

 うん。やっぱもう一眠りしよう。

 ……すんすん………………やっぱ匂いなんかしないよな? 嗅覚良過ぎんじゃねぇのか、嗅ぎっ娘どもは。

 

 

 

 

 

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