異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

220話 『宴』の準備6 -4-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:3,111

「ですので、ひとつだけ覚えておいてくださいましね」

 

 ふわりと髪を揺らし、イメルダが微笑む。

 らしくないほど、穏やかな表情で。

 

「ほんの些細なことで、この上もないほど幸せな気持ちになれる。そういう生き物なのですわよ、女性というものは」

 

 あまりにまっとうな意見で、本当にイメルダが発した言葉なのかと疑ってしまう。

 ジネットやベルティーナとは違う甘え方をするヤツだ。

「紳士なら、それくらい弁えておけ」と、こちらに要求してくるとはな。

 

「いつか言わせてみせますわ。あなたに。価値のある一言を。覚悟なさいまし」

 

 そう言って笑った顔は、いつも通りの、実にイメルダらしい笑顔だった。

 

 まったく、小癪な。

 あまりに癪だったので、ちょっとした反撃を試みる。

 

「さっきみたいな高飛車な態度とってるより、そうやって笑ってた方が可愛いと思うぞ、お前は」

「かっ、かわっ!?」

 

 勝ち誇ったようだった笑みが一瞬で崩れる。

 面白い形で固定され、じ~んわりと肌が色付いていく。

 

「か、可愛いなどと……ワ、ワタクシには『美しい』こそが相応しい褒め言葉ですわ! それを、言うに事欠いて可愛いなどと………………ぅぅうううぅっ! 反応に困りますわっ!」

 

 けけけ。

 そうだそうだ。困るがいい。

 まったく、俺をやり込めようなんて十年早いっつうの。

 

「い、今のは無しですわ。ワタクシの求めていたものとは異なりましたもの!」

 

 ってことは、俺に『価値のある一言』を言わせる計画は続行するってことか。

 

「ですがっ」

 

 ツン、とそっぽを向き、イメルダが高飛車な態度で言い放つ。

 

「本当のことを言うと、ナタリアさんとマグダさんは、なかなかに魅力的な女性だと思っておりますわ。ちょっと羨ましいくらいに」

 

 発言は全然高飛車じゃなかったが。

 自分を持ち上げるためにこき下ろしてみたものの、どこかで引っかかりを覚えてたんだな。

 なんだかんだ、こいつは知人を悪く言うようなヤツじゃないからな。

 

「むゎあああ! もう! 何をしても様になりませんわ! まったく、ヤシロさんのイタズラにはほとほと困りますわ! もうお帰りくださいまし。ワタ、ワタクシ、木材の準備がありますの。最高の木材を真剣に選ばなければいけないので忙しいんですわ」

 

 急き立てるように言って、俺たちを部屋の外へと追いやる。

 廊下へ出た俺たちを、室内の、ドアの陰からじっと見つめて、最後の負け惜しみを口にする。

 

「いきなりで驚いただけで、全然舞い上がっていませんので。勘違いなさいませんように!」

 

 今お前に『精霊の審判』をかけたらどういうことになるだろうな。

 

「とにかく、素晴らしい木材を見繕っておきますわ。後日取りにおいでなさいまし」

「それじゃ、期待してるぞ」

「もちろんですわ。陸揚げされた大船に乗ったつもりでいてくださいまし」

 

 絶対沈没しないな、その船。

 

「それでは、ヤシロさん、店長さん。ごきげんよう」

 

 平常心を装いつつも、全然装えていないイメルダがドアを閉める。

 やっぱり「可愛い」はイメルダ的には不服らしい。

 

「次来られることを、お待ちしてますにゃん」

 

 最後に可愛いのぶっ込んできたっ!?

 

 ドアが完全に閉まり、室内から弾むような足音が聞こえてくる。

 ……結構嬉しいんだな、「可愛い」って。

 

「じゃ、そろそろ行くか」

 

 と、ジネットに目をやると。

 じぃ~~~~~~……っと、見つめられていた。

 

 あ、やっぱイメルダだけに言ったのはマズかったか?

 そんな不安が胸に広がり始めた頃――

 

「くすっ」

 

 不意に、笑い声が漏れた。

 口元に手を添えて、ジネットが声を殺して笑っている。

 

「なんだ?」

「い、いえ……すみません……ふふ」

 

 チラッと俺を見て、申し訳なさそうな顔をしつつも、こみ上げてくる笑いを我慢しきれないでいる。

 ……ってことは、笑われてるのは、俺か?

 

 俺を置いて、イメルダ邸の長い廊下を先に歩き始める。

 小さく揺れる肩を追いかけて、ジネットの隣に並ぶ。

 

「ヤシロさん、無自覚だったんですね」

 

 目尻の涙を指で拭い、そんなことを言う。

 無自覚……って、なんだ?

 

「結構おっしゃってますよ? 女の子に『可愛い』とか、『綺麗だ』とか」

「いや、言ってねぇだろ!?」

「『会話記録カンバセーション・レコード』を見ますか?」

「…………遠慮しとく」

 

 くっ、自信ありげな顔しやがって……マジでそんなに言ってるのか、俺?

 

 ジネットと並んで長い廊下を歩ききり、玄関ホールにいた給仕に見送られて館を出る。

 そろそろ正午になろうかという空は、雨期だというのに快晴で、心地のよい乾いた風を俺たちに吹きかけてきた。

 

「でも、いいことだと思います。わたしは」

 

 少しだけ紅潮した頬を冷ますように、顔を空に向けて鼻から息を大きく吸い込むジネット。

 肺に酸素が流れ込み、胸が持ち上がり、おっぱいが突き出される。

「ご自由にお持ち帰りください」とか、どっかに書いてないものか。

 

「ヤシロさんは、誰かを喜ばせる達人ですから」

「そんな道を究めた覚えはねぇよ」

「その無自覚が、多くの人に幸せを運んでいるんだと思います」

「運賃取っとけばよかったな、じゃあ」

 

「くすくす」と笑うジネットは、いつもよりもほんの少しだけ楽しそうに見えた。

 厨房にいる時は、心持ち精神年齢を上げて「しっかりしなきゃ」って肩肘張っているように見えることがある。

 こっちのジネットが、本当に素のジネットなのかもしれないな。

 年相応の女の子に見える。

 

「ヤシロさんが無理をしていなくて、言われた方も幸せになれるんですから、それはとても素晴らしいこと、ですよね?」

 

「なのでこれからもじゃんじゃん褒めてくださいね」とでも言いたげだ。

 誰がお世辞の安売りなんかするか。見返りがある時は褒めてやるよ。いくらでも。

 

 ……そう考えているから、偏っているのかもしれないな。

 いや、ほら。エステラは褒めれば金が出てくるから結構褒めているような気が……

 

「なぁ……」

「はい?」

「ジネットも、その……褒められたいか、やっぱ?」

「へ?」

 

 女の子なら「綺麗だ」「可愛い」と言われたいものではないのだろうか。ジネットだって例外なく。

 

「わたしは…………以前、言っていただきましたから」

 

 えっ!?

 俺が、ジネットに?

 いつだ? いや、そもそもそんなこと言ったか?

 

「あぅ……っ!」

 

 その時を思い出したのか、ジネットの顔が茹で上がる。

 その反応、マジで俺言ってるね!? 確実に言ってるよね!?

 なんて言った? 「綺麗だ」? 「可愛いな」?

 

 そんな覚えは…………………………んなぁぁああ思い出した!

 アレだろ!?

 俺が変な魔草とかいうのに記憶を食われかけた時!

 最後にジネットの名前を思い出して、その後、ジネットと一緒に散歩しようってことになって……で、ジネットが俺のやったソレイユの髪飾りを付けてきて………………あぁぁあああ、言ってる! 俺思いっきり言ってるわぁ!?

 

 …………忘れてほしい。

 土下座、してみるか?

 

「あの、あの時は、その…………嬉しかった……です」

 

 俯くジネットの髪が垂れて、隙間から真っ赤に染まった首筋が見える。

 顔を背けるなら、首とかもきっちり隠してくれないかな?

 感情、ダダ漏れですからね!?

 

「そ、そういうことなら…………まぁ、また……機会があれば……そのうち……」

 

 くぉおう……ジネットの熱が伝染して、俺がまた妙なことを口走ってる!

 なんだよ、機会があればって。

 

「あぁいや、ごめん。やっぱ今のキャンセ……」

「……はい」

 

「キャンセルで」と言う前に、ジネットの顔が持ち上がり、こちらを向く。

 

「……期待、しておきますね」

 

 言葉を封じられた。

 どうやら、キャンセルは不可能らしい。

 

 じゃあ、まぁ…………機会があれば、な。

 

 鼻から熱い息を吐き出して、前を向いて歩く。

 まっすぐ前を向いて、黙々と歩く。

 

 そんな感じで、ミリィの店に着くまでの間、俺たちは一言も口を開かなかった。

 

 

 

 

 

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