異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

208話 三度麹工場へ -1-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:2,187

「もーいいのじゃー!」

 

 リベカの声が響き渡り、エステラの顔がにわかに引き攣る。

 その表情を見るに、「どうしよう……めっちゃ耳が見えてるんだけど……とりあえず見えないフリをするべきなのかな」みたいな葛藤が垣間見える。

 

 俺たちは今、三度訪れた麹工場でかくれんぼをしている。

 自称『プロ』のかくれんばー(かくれんぼ選手)のリベカに胸を借りる親善試合だ。

 

 振り返った瞬間に発見されるようなプロしかいないんじゃ、このスポーツの未来は暗いな。

 ……スポーツじゃねぇけど。

 

「よし! 先にヤシロを見つけよう!」

「むっふっふー!」

 

 現実逃避に走ったエステラの発言を、「ワシを見つけるのは困難じゃから、先にシロウトの方を探すんじゃな」的な都合のいい解釈で受け取ったらしいリベカ。上機嫌な声を漏らす。

 ……だから、バレるからさ。音立てるなよ。

 

 とはいえ。

 エステラごときに、この俺がそうそう簡単に見つかってたまるか。

 かくれんぼは体よりも頭を使う心理戦だ……見つけられるものなら、見つけてみるがいい!

 

「あ。あの女職人さん、めっちゃ巨乳」

「マジで!? どいつだ!?」

「はい、ヤシロ見っけ」

 

 ……この女…………

 

「『精霊の……』」

「待って。ほら、あの人だよ」

 

 エステラが指さす方を見ると、……くっそ! マジでめっちゃ巨乳な美人職人がこちらを眺めていた。

 

「卑怯な手を使いやがってどうもありがとう!」

「怒りと感謝が入り乱れているよ」

 

 夕闇が迫り、辺りは落ち着いた色に染まっている。

 職人たちも、ぼちぼちと仕事を切り上げる時間のようだ。朝が早い分、終了時刻も早いのだろう。

 何度もやって来る俺たちを、リベカは快く迎え入れてくれた。

 バーサはいつもの作業着だ。……よかった。心底よかった。

「その服の方が似合うな」と言っておいたから、もう間違ってもミニスカを穿くことはないだろう。…………この程度のリップサービスくらいしてやるさ。おのれの命を守るためならな!

 

「さぁ、ヤシロ。リベカさんを見つけるために協力をしてもらおうか」

「お前が鬼なんだから、一人で頑張れよ」

 

 見つけたら見つけたで、絶対へそを曲げるんだから。そういう面倒くさい役割も含めての『鬼』なんだよ。じゃんけんに負けたお前には、その重責を背負う義務があるのだ。

 

 そんな俺たちの会話を聞いて、リベカのウサ耳がぴこぴこと揺れる。

 苦戦して協力体制をとったと思っているのだろう。

 ……見つけてないフリを続けるのは、一人じゃ苦痛なんだっつの。

 

 積み上がった木箱の陰から覗くウサ耳。

 物陰に身を潜める程度の発想力で、よくプロが名乗れたな。

 

「じゃあ、俺はこっちを見てくるから、お前はあの木箱の方を頼む」

「えっ!? ぎゃ、逆にしない?」

 

 そんなエステラの提案をまるっと無視して歩き出そうとしたら……ウサ耳が移動を開始した。

 ……なるほど。

 リベカは相手の足音がはっきりと聞こえる。だから、鬼が近付いてきたら移動して、隠れる場所を変えられるのだ。

 本気でやったら、結構手強い相手なのかもしれない…………もう少し知能が高ければ、な。

 

「くそぉ、いないなぁ!」

 

 リベカが移動したのを確認してから、エステラが木箱の陰を覗き込む。

 現在、ウサ耳はエステラがいる場所から少し離れた樽の陰で揺れている。……だから、隠せよ、耳!

 

「エステラ。ちょっといいか」

 

 これ以上、こんなくだらないことで時間を浪費したくはない。(俺が早々に見つかったから言っているわけでは、決してない)

 リベカがへそを曲げずに済みそうな手段でかくれんぼを終わらせる。

 

 エステラを呼び寄せ、なるべく声を潜めて耳打ちをする。

 ……しっかり聞いておけよ、リベカ。

 

「教会で開かれるパーティーにリベカを招待しに来たってこと、今はまだ内緒だぞ」

「それは本当なのじゃ!?」

 

 大樽の向こうから、黒髭もビックリな勢いでリベカが飛び出してくる。

 

「はい、リベカ見っけ」

 

 飛び出してきたところを指さしてそう告げる。

 

「む、むぅ! ズルいのじゃ! ズルなのじゃ!」

「これくらいズルい手を使わないと、終わりそうもなかったんでな」

「むぅっ! 悪い男なのじゃ、我が騎士は! なので、反則負けじゃ!」

 

 ほい。これで勝敗がついた。

 さっさと負けてやるのが、手っ取り早く終わらせる最良の手段だ。

 ただし、手抜きは逆鱗に触れる可能性が高いので『リベカルール』で負けを宣告されるのがベターだ。

 

 それから、興味が次へと移るようにしておけば、「もう一回戦じゃ!」を防げる。

 

「それで、さっきの話は本当なのじゃろうかの? 嘘だったら承知しないのじゃ! 四十二区にだけ味噌を売るのをやめるのじゃ!」

 

 う~っわ、怖っ。

 感情で恐ろしいほどの強権を振るうつもりだぞ、こいつ。

 

「あら~、バレちゃったかぁ」

 

 わざとらし過ぎるエステラの言葉に、リベカは「むふふん」と誇らしげに胸を張る。

 

「ワシに隠し事は出来んのじゃ!」

 

 お前の姉は、そういう時に空気を読むくらいのデリカシーを持っていたぞ。見習え、ちびっ子。

 

「それで! ワシが招待されとるんじゃな!?」

「リベカさんと、あとバーサさんも」

「そうかそうか! しょうがないからバーサも連れて行ってやるのじゃ! して、いつじゃ!? 今からか!?」

「いえ……日程は……」

 

 リベカの勢いに押されて、エステラが俺に助けを求めてくる。

 こいつも最近、気軽に俺を頼るようになってきやがったな……視線を向ければ答えがもらえると思うなよ…………まぁ、今は助けてやるけども。

 

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