異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

76話 似てるけど違う -1-

公開日時: 2020年12月12日(土) 20:01
文字数:2,065

 ミリィ先生によるドライフラワー講座が一段落した。

 各々、自分の花束を束ねて涼しい場所に吊るし終わったようだ。

 これからしばらくは乾燥期間となる。

 ポプリの場合、この後にエッセンスオイルなんかで香りをつけるんだよな。

 ドライフラワーや葉っぱを、瓶に詰め、微かに香るハーブのフレグランスを楽しむポプリ。陽だまり亭のテーブルに飾ってもいいかもしれない。

 食堂のテーブルに生花は飾れないからな。

 花びらが落ちたり、虫が来たり、倒して水を零したりする危険があるからだ。

 

 

「楽しみですね、ポプリ」

 

 壁に吊るした花を見て、ジネットが嬉しそうに言う。

 もらった方がここまで喜び、その喜んでいる様を贈った方が眺める。ともすれば有頂天になりそうな、変な高揚感がある。

 

 花を贈るイベント……定着すればすごいことになるぞ。

 

「こうやって、ドライフラワーやアレンジメントの講習会を開けば、花に興味を持つ人がもっと増えると思うぞ」

「ぁう…………で、でも……人前で話すのは…………苦手……」

 

 う……そうか。

 それは盲点だったな。

 

 いい案だと思ったのだが……

 

「けど………………てんとうむしさんが言うなら…………考えて、みる」

 

 お、意外と好感触だ。

 それがうまくいけば、ハーブティーやケーキとセットで、オシャレ女子の取り込みに有効かもしれない。

 四十区のあんなふざけたケーキ屋が一定の客を集めているのであれば、きちんとしたものを提供すれば四十二区という立地的不利くらい跳ね退けられそうだ。

 

「ちょっとボク、もう一回自分の花を見てくる」

「……マグダも」

「あ、あたしもです!」

「うふふ。じゃあ、わたしも便乗させてもらいます」

 

 間隔をあけるように各所に吊るした各々の花を、持ち主が見に行く。

 もう少し生花として飾ってもよかったのだが、折角ミリィがいるというのもあり、ちょっともったいないけれどすぐドライフラワーにしようということになったのだ。

 なので、少しでも生花としての美しさを見ておきたいのだろう。

 

 花に群がるのは、蝶々だけではないのだな。

 

 と、うまい具合に周りから人がいなくなった。

 ドライフラワーもいいけれど、俺はミリィに聞きたいことがあったんだ。

 ……出来れば、他の誰にも聞かれないように。

 

「ミリィ……ちょっといいか?」

「……? …………なぁに?」

 

 ミリィが近付いてきてくれるが……やはりここで話すのは避けたいな。

 さりげなく外へ誘い出すか。

 

 俺は、カウンター付近にいるジネットに向かって声をかける。

 

「ちょっとミリィの荷車を見せてもらってくる」

「あ、はぁい」

 

 ジネットの返事を聞きながら俺はミリィの手を引いて、食堂の外へと移動する。

 やや急ぎ足で移動したもんだから、ミリィは小走りになっていた。

 頭の上でナナホシテントウがふわふわと揺れている。

 

 外に出ると、ドアをしっかりと閉め、ミリィに向き直る。

 

「……? 荷車、見るの?」

「いや。荷車はいいんだ。……あ、いや、今ちょっと見ておくか」

 

 さささっと、なんの花も載せられていない荷車を見渡す。

 くだらないところで嘘を吐くわけにはいかんからな。とりあえず見ておけば嘘にはなるまい。

 思ってたよりも中は広い。俺でも、大の字で寝転がれるくらいのスペースがあるんだな。

 

 荷車を見る俺の横に、ミリィはピタリとついてくる。

 俺が荷車に興味を持っているのが嬉しいのか、なんだかずっとにこにこしている。

 

「それでな、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なぁに?」

「ソレイユって花を知っているか?」

「うん。綺麗なお花……オレンジ色で花びらが大きくて、太陽みたいなお花」

 

 相当綺麗な花なのだろう。

 ソレイユの話をするミリィの笑顔はいつも以上にほころんでいた。

 

「それが欲しい。いや、せめて見てみたいんだ」

「ん………………難しい」

「難しいってのは……高いのか?」

「ぇっと…………滅多に咲かない」

 

 咲かない?

 

「ソレイユは、森の奥でたまに咲くお花で……見つけられた人は幸運になれるって」

「じゃあ、流通はしてないんだな?」

「たぶん……一生しない…………ソレイユは、摘んでしまうと一晩で枯れてしまうから……」

 

 また、厄介な花を好きになってくれたもんだ……

 

「じねっとさん…………前に話してくれたよ……」

 

 ソレイユと聞いて、思い当たったのだろう。

 ミリィは、こんな話を俺に聞かせてくれた。

 

「じねっとさん……一人ぼっちになった時…………おじいさんがソレイユをくれたって……」

 

 それは、ジネットが陽だまり亭へ迎えられる以前のことらしい。

 親のいないジネットが寂しさに押し潰されそうな時、ジネットの義祖父がどこからかソレイユを摘んできて、ジネットにプレゼントしたのだそうだ。

 

「『これで、お前は幸せになれるよ……』って、言ってたって……」

 

 幼少期のジネットを支えた義祖父。そんな大切な人との思い出。

 そりゃ、一番好きな花になるわな。

 

「……探しに、行く?」

 

 ミリィが俺の顔を覗き込んで、首をこてんと傾ける。

 ……随分と警戒心を解いてくれたようで嬉しい限りだね。

 見つかる保証はないが……

 

「あぁ。頼む」

「うん。頼まれる」

 

 心強い味方を得た。

 よし、じゃあ明日にでも探しに……

 

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