異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

165話 『BU』の由来 -3-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:3,399

「私、ここいらの畑の害虫駆除を生業としてんだぜです」

「農家じゃないのか?」

「自分の畑も持ってんだぜです! でも、それだけだとちょっと生活厳しいんだぜですから……えへへ」

 

 霧吹きを持った手で頭を掻くモコカ。

 もしかしたら、亜人差別的なものがあるのかもしれないな。

 

「でも、畑小さいから、副業しててちょうどいいくらいなんだぜです。お仕事楽しいから大好きだぜですよ!」

「よし、この娘を引き取ろう!」

「落ち着いてほしい思う、私は」

「ルシアさんのドストライクなのはよく分かりますけど、落ち着いてください!」

「聞き分けがないと、他区の領主様といえど、容赦せず、ヤシロ様にお尻を撫でさせますよ!?」

「貴様の不埒は天井知らずか、カタクチイワシっ!?」

「だから、なんで俺に言うんだ!?」

 

 暴走するルシアを総出で取り押さえた結果、俺に非難が巡ってきた。……理不尽だ。

 

「牛乳はこのまま一時間ほど放置して、あとで水で洗い流してやるんだぜですよ」

「水で……?」

「そうだぜです!」

 

 エステラの問いに、モコカは元気よく答える。

 そして、少し離れた位置にある畑を指さして得意げに言う。

 

「ちょうど、あの辺の畑が洗い流し時だから、よかったら見学させてやってもいいぜですけど、見たいかですか?」

「そうだね。折角だから見学させてもらうよ」

「分かったぜです! ちょっとそこで待ってなです!」

 

 グッと親指を立て、誇らしげにモコカが走り去っていく。

 畑のそばに建つ石造りの建物に飛び込むと、数分ででっかい樽を抱えて戻ってきた。

 樽には、なみなみと水が入っている。

 

「うりゃぁあ! 窒息した後に溺れ死んじまえですよぉー!」

 

 柄杓を使い、畑に水をぶちまけるモコカ。

 その威力たるや、日本の消防団が全国からスカウトに集まりそうな凄まじさだった。消防署の放水車も真っ青な、大砲のような威力の水かけ。

 柄杓から発射された水の塊が葉に触れる度に勢いよく水しぶきが上がる。

 

 叩きつけるような水の塊は、しかし植物を傷めている様子はなく、その葉から白く濁った牛乳のカスと害虫のみを綺麗に洗い流していた。

 水を浴びた植物は心なしかすっきりとした雰囲気で、浴びる前よりも生き生きと生命力を感じさせた。

 

「これが、アブラムシ人族の秘奥義、『アブラムシ撲滅放水術』だぜですっ!」

 

 すごい技……なんだけど、そのネーミングに関しては、もう一回仲間内で集まって考え直した方がよくないか? な、アブラムシ人族よぉ。

 

「その水は、どこから持ってきたんだい?」

「当然、水路からだぜですよ」

 

 手招きして、俺たちを先ほどの石造りの建物へと案内してくれるモコカ。

 建物の中はひんやりと涼しく、水の匂いに満ちていた。

 チロチロと、水のせせらぎが聞こえる。

 

「この下を水路が通ってるから、ここで汲み上げてんだですよ」

 

 床に大きな穴が開いており、その横には滑車に繋がった木桶が置かれていた。

 これで水を汲み上げているらしい。

 

「こういう桶が使えるってことは、水路の水深は割と深いんだね」

「おうです! いつもだいたい80センチから1.5メートルくらいは水があるぜです」

 

 井戸でもそうなのだが、それくらいの水深がないと穴の上から落とした桶が水路の底に当たってうまく水が汲めない。だからこそのエステラのあの質問だ。

 常時80センチ以上も水位があるのだとすれば、水路としても井戸としても十分その役割を果たせるだろう。

 

 本格的に水不足とは無縁っぽいな、この街は。

 

「ここ最近の水不足は大変だったかい?」

 

 さらにエステラが攻める。グッと踏み込んだ質問だ。

 

「あぁ、確かにちょっと大変だったなです。水路の水位が下がって、いつもみたいに桶を放り込んだら壊れちゃったんだです」

「底に当たっちゃったんだね」

「イラッとして、予備の桶を叩きつけたら、それも壊れちゃったんだです」

「……それは、自業自得だね」

 

 モコカは、見た目に反して気性が荒いらしい。

 

「ソラマメは乾燥しやすいからちょっと心配だったけど、なんとかなってほっと安心したぜですよ」

「表の作物はソラマメなのかい?」

「この街で作ってるのは、みんなソラマメに決まってるぜですよ」

 

 そういや、名産品だと、ルシアが言っていたな。

 

「ノルマが達成できないとお金がもらえないから、みんな必死で育ててんだですよ」

「ノルマなんかあるのか?」

 

 思わず口を挟んでしまった。

 農作物にノルマを課すなんて、無茶なことをする。天候によっては不作にもなるだろうに。年貢じゃあるまいし、農作物に関してはノルマなんか無い方がいいだろうに。

 

「ソラマメってたしか、連作障害があるだろう?」

「れんさくしょうがい?」

 

 モコカが首を傾げる。

 なんてことだ。この街には連作障害って概念がないのか!?

 年がら年中旬を迎えて毎日が収穫期のオールブルーム。この街の畑は無敵なのか。

 

「畑を休ませなくても大丈夫なのか?」

「あぁー、確かに味は落ちるけど、育たなくなることはないから無理やりにでも作っちゃうんだです」

 

 味が落ちる程度で、成長はするのか。マジで無敵だな。

 

「味が落ちるなら、少しでも休ませて、いい物を作るようにした方がいいんじゃないのかい?」

「そんなことしたら、ノルマが達成できないだろうがですよ!」

 

 な? ノルマなんかろくなもんじゃないだろ。

 味の落ちたものを提供し続ければ、いずれ客が離れてしまう。そうなった後であがいたところで離れた客は戻ってこない。

 信用を損なってまで量にこだわる意味などないのだ。

 

 そんなことを続けていれば、売れなくなって在庫の山になるのは明白だからな。売る相手がいなくなった時に、ノルマなんて言っちゃいられないだろう。

 

「味なんかどうだっていいんだぜです。美味しかろうが不味かろうが、同じ値段で同じだけ買ってくれるんだからです」

 

 品質の良し悪しに関わらず、収入が確約されているらしい『BU』の弊害がこんなところに表れている。

 努力と成果を正当に評価しないシステムは、それに携わる者のやる気を著しく削いでしまう。

 やろうがやるまいが同じなら、楽な方を取ってしまうのが人間だ。

 

 ノルマと補償の合わせ技で、ここいらの農家のやる気は「数を上げること」にしか向かなくなっているようだ。

 

「畑をフルに使えば、収穫ノルマはだいたいこなせっから問題ないんだけどなんですが、もう一つのノルマがきついんだよなぁですよ」

「もう一つのノルマ?」

 

 おそらく、それも『BU』に加盟している者へ課せられる義務なのだろうが、収穫量以外のノルマってのは一体なんなんだ?

 

「だから、今日お前らが来てくれてホントに嬉しいぜですよ!」

 

 無邪気な顔で俺たちの手を取り、激し過ぎる握手を交わして回るモコカ。

 両手でギュッと手を握り、上下にぶんぶんと振った後、その手に袋を握らせる。

 それを、俺たち全員にやって回る。

 ……なんだこの袋? 嫌な予感がする。

 

「収穫ノルマは引き取ってもらえばそれで終わりだから楽だですけど、こっちのおもてなしノルマは繰り越されるからホント大変なんだですよ」

 

 おもてなしノルマ……だと?

 その、なんとも嫌な響きに、俺はモコカから受け取った袋の口を開ける。

 

「ようこそお客さんたち! 心からおもてなししてやるぜです! 遠慮せず受け取りやがれですよ!」

 

 袋の中には、落花生がぎっしりと詰め込まれていた。

 

「…………なんの嫌がらせだ?」

「この街ではな、毎月決まった量の豆を各区が作り、そして、作った豆を各区が責任を持って消費しなければいけないというルールが存在するのだよ」

 

 大量の落花生を片手に、やや引き攣った顔のままルシアがそんな説明を口にする。

 豆を大量に作って、それを全部消費する?

 こうやって押しつけなきゃ消費できないくらいに作ってか?

 

「狭い土地しか使用できない農家を救済するための措置で、『BU』結成のきっかけにもなった最優先のルールだ」

「おい……ちょっと待てよ、ルシア」

 

 俺は、ふと頭に浮かんだ、……そんなバカなことあり得ないし、あってほしくはないのだが……浮かんでしまった一つの推測を口にする。外れていろという願いを込めて。

 

「『BU』の『B』って、もしかして……」

「あぁ。おそらく貴様の思い描いた通りだ」

 

 

『Beans‐United』――豆連盟かよっ!?

 

 

 食いきれないくらいの豆を作り、その豆を押しつけ合う、豆のための組織……『BU』ってのはつまり…………バカの集まりなんだな。

 

 食い切れる気がしない落花生を片手に、俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

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