異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

242話 群れを統率する者 -2-

公開日時: 2021年3月25日(木) 20:01
文字数:4,042

「いつまでくだらぬ言い争いをしているつもりか!?」

 

 テーブルを叩き、声を荒らげたのは二十三区の領主だった。

 溜まりに溜まったストレスが爆発したようだ。

 

「その者を招き入れたのがミズ・エーリンであるならば、関所で止めることは不可能」

「そ、そうであるな! エーリン家のみならず、『BU』の領主の馬車は検問する必要はないと兵にも申してある。そこを突かれたのであれば、こちらも対処のしようがないというもの!」

 

 二十三区領主の言葉に、二十五区領主が全力で乗っかる。

 悪いのは、エーリン家の馬車を悪用したマーゥル――ひいては、それを見過ごしたゲラーシーという論調だ。

 

「そんなことよりも」

 

 大きく手を二回鳴らし、二十八区の領主が口を開く。

 色白で髪の長い、陰気な霊媒師みたいな男だ。

 

「当初の予定通り多数決を行い、予定通りの結末を迎えましょうぞ」

 

 線の細い声でそう訴える。

 ゲラーシーは怪しいが、まずは確約された成功を得たいと、そういうタイプのようだ。

 仲間内で争うよりも、予定調和の多数決でさっさと四十二区と三十五区から罰金をせしめたい。そんな思いからの発言だろう。

 

 一見すれば堅実で慎重に見えるが、見方を変えれば融通が利かない愚鈍な人物とも見て取れる。

 大きな賭けには出ない。小さくても確実な勝ちを。

 負けないための戦い方だ。

 だが、それは時としてたった一つの活路を見逃し、じり貧になってしまう危険をはらんだ生き方だ。

 

 二十八区といえば、崖のせいで外周区に隣接していても直接行き来できるわけでもなく、担当の豆も小豆と、大豆に比べれば利益は小ぶりだ。

 自己主張して我を通すよりも、『BU』にいて保護されている方が旨みがあるのだろう。

 

 そして、もう一人。

 さっきからずっと黙ったままなのが二十六区の領主だ。

 小柄で総白髪なオッサンだが、おそらくドニスよりかは若い。五十代半ばごろに見える。

 

「どう、思われますかな?」

 

 二十八区の領主が、そんな無口な二十六区の領主に話を振る。

 苛立っているドニスやトレーシーには関わりたくないだろうし、二十三区の領主も不機嫌で、ゲラーシーは怪しい。そして二十五区の領主はドニスにビビッて発言も出来ないだろう。となれば自然と二十六区の領主に話を振るしかない。

 無難なヤツだな、二十八区領主。

 

 で、話を振られた無口なオッサンの返事はというと……

 

「ふむ。多数決を採った方がよいかもしれんし……採らない方がよいかもしれんな」

 

 有耶無耶にしやがった。

 ザ・日和見主義だ。

 二十六区は、海産物の加工を主産業としている三十六区と隣接しており、そこからの流通が主な収入となっている。

 担当の豆はカカオ。これも、一部では使うがその消費量は多いとは言えない。小豆よりやや落ちるかもしれない。砂糖が高いからな。チョコレートやココアもそう易々とは作れないのだ。

 

 通行税トップの二十三区ほどの流通はなく、海産物の本場三十五区と隣接するでもなく、三十五区の恩恵を受ける三十六区からの流通で生き永らえ、豆も大豆ほどの売り上げもなく、かといってかつてのソラマメや落花生のように大量に残ってしまうような物でもない。

 

 要するに、良くも悪くも中途半端な位置にいるのだ。

 現状維持が最も好ましく、波風を立てたくない。それが二十六区の本音だろう。

 

「貴公らがそうするというのであれば、私は反論をするつもりはない」

 

 そういうスタンスなようだ。

 

「ならば、当初の予定通り。ね! それでいきましょうぞ!」

 

 二十八区の領主が訴える。

 どうあっても勝ちが欲しいらしい。

 

 これで、全領主の性質が確認できた。

 概ね、事前にマーゥルから聞いていた性格と一致する。

 

 最大の通行税収入により、ゲラーシーの悪あがきを「茶番だ」と切り捨てるほどの威厳と発言力を持つ二十三区領主。

 大豆の莫大な利益を持つ『BU』最高齢の重鎮、一本毛のドニス。

 そんなドニスが怖くて仕方ない、腰抜けの二十五区領主。

 ザ・日和見主義、現状維持を望む二十六区領主。

 最年少ながら、怒りによる爆発が恐れられている隠れ巨乳トレーシー。

 大きな勝負には出ず、目先の小さな利益にがっつく二十八区領主。

 そして、現在信用を一気に失いかけている不遜な男、ゲラーシー。

 

 その面々が、二十八区領主の「とりあえず多数決を採ろう」という提案に乗ろうとしている。

 ゲラーシーも不服そうではあるが、その意見を汲むつもりのようだ。

 

「では、これより多数決を――」

「なぁ、その多数決ってさ」

 

 ゲラーシーの発言を遮ってやる。

 苛立たし気な目が俺を睨む。複数。

 あぁそうだ。睨め。憎め。

 

 俺を憎めば憎むほど、お前らは分裂していく。

 

「ドニスとトレーシーも参加するのか?」

「なっ!?」

「……それはどういう意味だ、ヤシぴ……オオバヤシロ」

 

 トレーシーとドニスが俺の言葉に反応を見せる。

 つか、一瞬『ヤシぴっぴ』って言おうとしてんじゃねぇよ、ドニス。

 

「いや、なに。前に会った時に、『ドニスとトレーシーは怪しいから外す~』とかなんとか言ってたからよ、どうなのかぁ~って」

「ふざけるのも大概にしてもらいたい、オオバヤシロさ……いや、オオバヤシロ」

 

 トレーシーもさん付けが出そうになったが、なんとか思い留まった。そうだな。ここでさん付けはしない方がいいだろうな、いろいろと。

 

「『BU』は七領主揃って多数決を採るのがかねてからのしきたり。二人を省いて五人でなどと……そもそもが暴論なのだ」

 

 トレーシーはそう言うが、周りの連中はどう思っているかな。

 

「だが、二人減れば利益は上がる。当然、疑わしいヤツにおこぼれは回ってこない」

「何がしたいのだ、オオバヤシロ? ワシらをのけ者にしようと画策する理由はなんだ?」

「画策なんかしてねぇよ。ただの純粋な疑問さ」

 

 ドニスが分かりやすく敵意を向けてくる。

 なので、それを受け流すように視線を日和見主義の二十六区の領主へと向ける。

 

「あんたはどう思う? あの二人を、仲間として信用できるか?」

「…………出来るかどうかは……個々人が決めればいいことだ」

「だから、『あんたは』どうなんだ?」

「…………難しいな。出来るやもしれんし、また、そうでないやもしれん」

「なんだとっ、それはどういう意味だ!?」

「『そうでない』とは聞き捨てならんな」

 

 癇癪姫トレーシーとドニスが立ち上がる。

 だが、二十六区領主は動じず「すべては個々人が決めること」と、言い放った。

 

 そこで生きてくるのが、二十八区の領主だ。

 お前なら、きっと言ってくれるよな。保身のために。

 

「あんたはどうだ? 二十八区さん」

「貴様っ、調子に乗るなよ!」

 

 二十八区領主に話しかけたのに、ゲラーシーが噛みついてきた。

 躾のなっていないヤツだ。

 

「今会談の進行役は私だ! 部外者は口を挟むな!」

「『挟むべきではない』じゃ、ないのか?」

「……ちぃっ!」

 

 口調が違ってますよと、親切に教えてやる。

 自分の手法がバレていることにようやく気が付いたのか、それだけでゲラーシーは言葉が出て来なくなる。

 そんな頼りない様に、二十三区領主がまたため息を漏らす。苛立たし気な。あいつだったのか、さっきから何度もため息を漏らしてたのは。せっかちなんだろうな。

 

 そして、二十八区の領主もゲラーシーの振るわない様を見て不安を覚えたようだ。

 

「私は……、信用いたしかねますな」

 

 ついには立ち上がり、自身の意見を語り始める。

 

「その者は言動のすべてが理解の範疇を越えている。油断をすれば、喉笛を噛みちぎられるやもしれませぬ! よって、その者との関係の深い者には参加を辞していただきたい」

 

 五人になれば、意見も通りやすいし、利益も上がる。

 そう思えばこそ、ドニスと癇癪姫という面倒くさい二領主にだって噛みつける。

 自区のことだけを考えるのであれば、その提案に乗ってくるだろう。普通は。

 

 これでゲラーシーが多数決を採れば――利益優先で考えるならば――ドニスとトレーシーは多数決から外される。そうして残った五人で俺たちを裁くという流れになる。……のだろう、普通は。

 

 だが、今回は相手が俺たちだ。

 決して普通ではない、俺たちだ。

 ……あ、いや。俺は普通か。

 エステラが普通じゃないくらいぺったんこで、ルシアが度し難い変態なだけで。

 俺は至ってノーマルだ。

 ただ、『普通じゃない』ではなく『ただ者ではない』、それだけだ。

 

 不快感を露わにするドニス。そしてトレーシー。

 だが、二十八区領主はなんとしてでも多数決に持ち込みたい。というか、勝ちを急ぎたい。

 二十五区領主も、怖いドニスから早く逃れたいだろう。

 そしてせっかちな二十三区領主もまた、茶番を早急に終わらせたいはずだ。

 日和見主義な二十六区領主は多い方につくだろう。

 

 ゲラーシー。

 お前が、ドニスとトレーシーを排除する多数決を採れば、それは可決されるぞ。

 そうして、都合のいい五人で俺たちを追い詰めろよ。

 だから、な。

 お前、自分がやるべきこと……分かるよな?

 

 ゲラーシーと目が合う。

 にやりと、口角を上げて見せる。

 

 一瞬でゲラーシーの眉間に深いしわが刻み込まれる。

 感覚で理解したのだろう。俺をこのまま野放しにすると危険だと。

 

「多数決を採る!」

 

 そうだ。

 それ以外に、お前は逃れる術がないのだ。

 このまま、多数決を採らないまま話し合いが続けば……お前の信用は徐々に削られていく。

 だが、今ここで決断をして多数決を強行すれば――

 

 お前の信用は、一瞬でなくなる。

 俺の手によって、そうなる。

 でもお前はそんなことに気が付かなくていい。気付かずに、さっさと多数決を採れ。

 

 ほら、背中を押してやるから。

 

「名指しはやめてやれよ。さすがに感じ悪いぞ」

「黙れ!」

「いやでも、ドニスとトレーシーにも面子ってもんがさぁ」

「黙れと言っている!」

 

 キッと俺を睨み、睨みつけたままゲラーシーは多数決を採る。

 

「この者と内通している疑いのある、信用のおけぬ者を多数決に参加させるべきではないと思う者は、挙手を!」

 

 ドニスとトレーシーを除く五人が挙手をする。

 上がった五本の腕を見て、トレーシーが舌打ちを鳴らし、ドニスが怒りのこもった息を吐く。

 

 そして、……俺はほくそ笑む。

 

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