ある晴れた昼下がり。……市場へは行かない。
ランチタイムが終わり、ティータイムまでの間にぽっかりと出来る暇な時間帯。
俺は、空いたテーブルに座り、向かいに座るジネットとエステラに両手を見せていた。
両方の手のひらを見せ、軽く握って反転させる。ジネットに手の甲が向くと同時にまた指を開く。そうしたら今度は今の手順を逆に行う。
そんなことを二度三度と繰り返し、手には何も持っていないことをアピールする。
「エステラ、銅貨を一枚貸してくれ」
「…………いつ返ってくる?」
「終わったらすぐ返すよ。ケチ臭いヤツだな」
「自分のを使いなよ」
「そうしたら何か仕掛けがあるんじゃないかと怪しむだろう?」
「……しょうがないなぁ」
散々渋って、ようやくエステラが銅貨を一枚取り出す。
「俺の手に置いてくれ」
「…………返してね」
「しつこいな」
右手を差し出し、エステラにコインを載せてもらう。手のひらのちょうど真ん中あたりだ。
「じゃあ、よく見ておけよ」
そう言って、コインの置かれた右手の指を曲げて握る。
その後、左手も同じように握り、手の甲が上に向くようにして二人の前に差し出す。
「さぁ、コインが入っているのはどっちだ?」
「は?」
「へ?」
エステラとジネットが揃って間抜けな声を上げる。
まぁ、そりゃそうか。
「えっと……こっちだと思います」
と、ジネットは素直に俺の右手を指さす。
だが、エステラはそこでハッとした顔つきになりジネットの手を押さえた。
「待って、ジネットちゃん。ヤシロは今『入っているのはどっちだ』って言ったよね?」
「はい、確かにそうおっしゃいました」
「……手を裏返した時に、下に落とした可能性がある!」
「はっ!? そうですね。そうだとすれば『どちらにも入っていない』ことになります!」
「ほぉ。さすがエステラというべきか、面白いところに気が付くな」
「ふふん! どれだけヤシロと一緒にいると思ってるのさ。これくらいはね」
「エステラさん、すごいです。頭がいいです」
「胸無いのにな」
「胸は関係ないだろう!?」
と、ひとしきり賑わったところで俺は左手を反転させ、手のひらが上に向くようにして開いた。
左手の上には、一枚の銅貨が載っていた。
「「えぇっ!?」」
それから……ほんの少し小細工をして……右手を開くと、そこには何も載っていない。
「ど、どど、どうしてですか!?」
「確かにボクは、右手に載せたはずなのに!?」
……あぁ、この反応……超キモチー!
「も、もう一回やってみせてくれないかい?」
「え~……しょうがねぇなぁ。じゃあ、エステラ。銅貨ある?」
「それを使えばいいだろう!?」
あ、やっぱりダメか、ちょろまかそうと思ったのに。
「んじゃ、今度は左手に銅貨を握るから、よく見とけよ」
そう言って左手を握り。次いで右手も握る。
エステラは左手に握った銅貨をどこかで落としてないか、隠してないかとジロジロと見つめてくる。ジネットは、なんだか困った顔で俺の両手を交互に見つめていた。
まぁ、つまり。暇なんでマジックを披露して遊んでいるわけだ。
「どっちだ?」
「こっちです!」
「あ、ボクもそっちだと思ったんだよね!」
「お揃いですね」
「今度こそ間違いないね!」
「ところがどっこい」
選ばれなかった方の手を開けると、そこには銅貨が一枚。
「むぁぁああ!? なんでだぁ!?」
「ヤ、ヤシロさん、まさか、魔法が!?」
大騒ぎである。
「もう一回! もう一回だけ!」
「わたし、今度こそ当たりそうな気がするんです!」
エステラとジネットが負けず嫌いを発揮し始めた。
というか、こういう二択で外すと、なんでかムキになっちゃうよな。
しかしながら、正攻法に捉われているうちは、この二人に勝ち目はない。なぜなら、こいつはマジックだからだ。
物凄く単純なトリックで、両方の手にコインが握られているのだ。それを上手く隠しているだけで。ま、その隠し方にテクニックがいるのだが、指先が器用な俺にはこれくらい造作もないことだ。
どの角度から見られても、隠した銅貨は見つからない自信がある。
「じゃあ、次は右手に銅貨がある。よく見ろよ」
「じぃ!」
「じぃ~」
「握るぞ」
「うん!」
「……はい」
「あ、そうだ」
「なんだよぉ!」
「……い、今物凄く集中していたので、なんだかちょっとビックリしちゃいました。……心臓がドキドキしています……」
どんだけ真剣なんだよ。
「もう三回目だからな。次外したヤツは罰ゲームだ」
「「罰ゲーム……?」」
エステラは露骨に嫌な顔をし、ジネットは少し怯えたような表情を見せる。
まぁ、そんな過酷なものにはしないさ。
「足つぼでどうだ? レベルEで!」
「ふぇぇえっ!? レ、レベルE!?」
ちなみに、ソフトタッチをレベルAとした強さの度合いで、レベルEは遠慮なしの全力レベルだ。
……ふふふ……今からジネットの暴れ狂うおっぱいが目に浮かぶぜ。
「足つぼって、猛暑期あたりにジネットちゃんがハマってたやつ?」
「いえ、あの……別にわたしがハマっていたというわけでは……」
「……店長はだだハマりしていた」
「それはもう、何度も何度も足つぼを押されたです」
「マ、マグダさん、ロレッタさんも……! そ、そんなには、してない……ですよね?」
「「ノー!」」
「えぇ~……そう、でしたっけ?」
そう。なぜかジネットが大ハマりしたのだ。主に、押す方で。
ミリィからもらった竹で青竹踏みを作ったのだが……ジネットは二秒と乗っていられなかった。それほどまでに『やられる』のは苦手なのだ。
……じゅるり。
「ヤ、ヤシロさんが邪悪な顔をしています……なんだか怖いです……」
「予告しよう……ジネットは、外す」
「や、ややや、やめてください! まだ分からないじゃないですか!? う、運よく当たるかもしれませんよ!?」
「いいや! お前は足つぼを受けるのだ! レベルEで!」
「うぅ……その予言が当たりそうで……怖いです」
ジネットがぷるぷる怯える中、客っ気のない店に変わった二人組が姿を見せた。
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