異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

45話 ギブアンドテイク -2-

公開日時: 2020年11月13日(金) 20:01
文字数:2,941

「ここです」

「「すっげぇぇぇぇええええっ」ッス!」

 

 ロレッタに案内された洞窟を見て、俺とウーマロは声を上げた。上げずにはいられなかった。

 そこは、地底王国さながらの、超巨大な洞窟だったのだ。

 ドラゴンの住処だと言われても信じるね、俺は。

 

「これ、君の弟たちが作ったのかい?」

「はい。毎日毎日、暇ですので」

 

 エステラが呆れたような感心したような息を漏らす。

 

 そこは、コンサートホールがすっぽり収まるくらいの巨大さで、上にある二十九区の建物が地盤沈下しないか不安になるような空間だった。

 どうやって掘ったんだよと言いたくなるくらいに天井も高い。

 

「この地区は水捌けもそこまでよくないですし、家もボロ屋なんで強い雨が降ったらこっちに避難してくるです」

 

 言われて見渡すと、確かに生活用品があちこちに転がっている。

 

「で、今お前の家族は?」

「……お兄ちゃんたちが来ると、あの子たち暴走するですから、自宅待機を命じているです」

 

 なるほど。賢明な判断かもしれん。

 

「どうですか? この付近の石や砂、使えるですか?」

「あぁ、問題ない。これだけあれば十分だろう」

「……マグダが運ぶ」

 

 力仕事で誰よりも頼りになるマグダがドンと胸を叩く。

 こいつなら、10トン車くらいの働きをしてくれることだろう。

 

「それから、もし薪があればですが、ここでまとめて薪を焼いて木炭を大量生産するのはどうですか? そうすれば、弟たちも温かいですし、一石二鳥ではないですか?」

 

 これくらい広ければ問題はないかもしれんが…………

 

「それはやめておこう。万が一にも一酸化炭素中毒になったら大変だ」

「『いっさんかたんそちゅうどく』……?」

 

 げっ……ないのかよ、一酸化炭素中毒って言葉?

 危ねぇなぁ。

 

「洞窟みたいな密閉されたところで大量に火を燃やすと、酸素が減って一酸化炭素が発生するんだ。その一酸化炭素を大量に吸い込むと命を落とす」

「えぇっ!? あたしたち、ここでしょっちゅう焚火をしてるですっ!?」

「少しなら平気だよ」

 

 この洞窟は出入り口もかなり広い。ただし、巨大な崖を掘ったものだから出入り口以外に空気の通る場所がない。それが少し怖いのだ。

 

「入り口付近で少しするくらいなら問題ない。が、あまりに大量に火を起こすのは危険だ」

「へぇ……さすがお兄ちゃん。なんでも知ってるですね」

 

 なんでもじゃねぇよ。

 そういう『頼りになるキャラ』を俺に植えつけるな。

 

「木炭は教会に任せておきましょう。きっと今頃シスターが寮母さんたちと作ってくれていますから」

 

 教会の厨房には、ちゃんと煙突も換気口もある。あそこの方がはるかに安全だ。ただ、すげぇ暑いと思うけどな。

 

「しかし、これで材料は揃ったわけだね」

「あぁ。繊維質は使い古しの服とか下着を洗って利用すればいいだろう」

「あの、ヤシロさん……使い古しの下着は、ちょっと……」

 

 ジネットやエステラのなら特別料金が発生してもおかしくない気がするのだが……ウーマロのだったら毒水になってしまうな。

 

「なるべく清潔な、服になる前の生地を用意させるよ」

 

 と、太っ腹で薄胸なエステラが言う。

 さすが、金持ちは言うことが違う。

 

「よっ、薄胸! あ、間違えた。よっ、太っ腹!」

「今のは絶対ワザと間違ったよね!?」

 

 いちいち小さいことを気にするヤツだ。二つの意味で。

 

「ろ過装置が完成すれば、街のみなさんは喜んでくださいますでしょうか?」

「当然だよ、ジネットちゃん。きっと多くの人を悲しみと苦しみから救ってあげられるさ」

「はい。そうですね」

 

 住人の生活に責任がある領主と、博愛主義の精霊教会信者が人々を救済するために手を取り合っている。

 これが、信じる者は救われるというやつなのだろうか。

 なら、なぜ俺はこうまで外れを引かされ続けているのやら。俺には住民の生活を守る義務もなければ責任もないし、博愛の精神も持ち合わせてはいない。

 これが今後、きちんと利益に繋がってくれなければやってられない。俺の目論み通りに事が進めばそこそこ利益を得ることは出来るだろうが……頼むぜ『神様』よ。ここぞって時は救い、惜しみないご利益を与えてくれよ。俺だってお前のことを信じてんだ。ただ、大っ嫌いなだけで。

 

 だが……と、思う。

 

 果たして、飲み水の確保だけで人々は救われたと言えるのだろうか……

 そもそも、井戸が汚染されるような構造自体が間違っているんじゃ……

 

「あ、あの、ヤシロさんっ!」

 

 俺の中に、とある構想がモヤモヤと浮かび上がり始めた頃、ウーマロが瞳をキラキラさせて俺ににじり寄ってきた。

 ……なんだよ、気持ち悪ぃな。

 

「こ、ここ、ここここここここここ……」

「『恋人が欲しい』?」

「いや、欲しいッスけど、そうじゃないッス!」

「『公衆の面前で下腹部を露出する癖が治らない』?」

「オイラにそんな癖はないッス!」

 

 むがーっと憤慨して、ウーマロはとりあえず平常心を取り戻したようだ。

 大きく息を吸い込むと、はっきりとした口調でこう言った。

 

「ここを、トルベック工務店に貸してほしいッス! ここならかなり大掛かりな物作りが出来るッス!」

 

 まぁ、確かに。ここならスペースもあるし、雨も入ってこないし、騒音を出しても問題ないだろう。

 

「あ、あの、この洞窟は現在、ウチの家族の避難場所になっていてですね……」

「そこをなんとか、お願いするッス!」

「いや、でも、ウチの家は雨漏りが酷くて……一時的に帰る分にはいいんですけど……あの装置を作るのって結構時間かかるですよね? そうなると、さすがに、ちょっと……」

「オイラが雨漏り直すッス!」

「あ、いえ……雨漏りもそうなんですが、そのせいで床や柱も傷んでいて……雨期が終わったら修繕しようかと……」

「するッス! その家、快適に住めるようにするッス!」

「えぇ……っと………………お兄ちゃん……」

 

 ウーマロの勢いに押され、ロレッタが俺に助けを求める視線を向ける。

 つか、ウーマロが女子にそんなグイグイ食ってかかるなんて……相当ここを使いたいらしいな。確かに、造船くらいなら出来そうな場所だもんな。

 

「ウーマロ。トルベック工務店は今、仕事がないんだよな?」

「雨季のせいもあるッスけど、三十区のウィシャート様のゴタゴタが収まるまでは仕事が出来ない状態なんッス。……ウィシャート様は他人事だから時間とか気にしてないみたいッスけど……」

 

 他の仕事を入れて、先に受けていた仕事に支障をきたしてはいけない。ウーマロは以前、そんなことを言っていたっけな。

 相手が貴族でなけりゃ、さっさと断っているのだろうが……貴族の機嫌を損ねると後々面倒くさい目に遭わされそうだもんな。いや、確実に何か嫌がらせを受けるだろう。

 

「貴族ってのは、自己中なヤツしかいないのかねぇ? どう思う、エステラ?」

「なんでボクに話を振るのかな?」

「参考までに意見を聞きたくてな」

「まったく……みんなじゃないよ。住人のことを最優先に考えている領主もいる。これでいいかい?」

 

 上出来だ。

 今ここでウーマロたちに新しい仕事を依頼して、その途中でウィシャートの仕事が再開されたとしても、エステラならこちらの仕事の中断を断罪することはない。

 そういう臨機応変な対応が出来るのだ。

 だからこそ、今、この隙間に仕事を捩じ込める。

 

 …………ふむ。

 これはなかなか、いいアイディアを思いついたかもしれないぞ。

 

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