「お待たせしました。スフレチーズケーキです」
「ふぉぉぉぉぉ……っ! 素敵過ぎる……」
目の前に置かれたケーキを、とろけそうな瞳で見つめるエステラ。
「お待たせしました。モンブランです」
「…………じゅるり」
俺の前に置かれたケーキを、獲物を見つめるような瞳で見つめるエステラ。
……取るなよ?
「ご、ごほん……『ねぇ、そっちも食べてみたい』」
「早ぇよ! まずは自分のを食えよ」
「そ、それもそうだね。では……いただきまうむん!」
我慢が出来なかったのか、いただきますと言い切る前に口にケーキを放り込んでいた。
……こいつ、本当にお嬢様なのか?
「ん~~~~~~~~~~~~~っ! …………幸せ」
口の中に広がる甘美な味を堪能するエステラ。
頬に手を当て、口をぽか~んと開けて宙を眺める。
惜しい。ここにポップコーンがあれば、口に放り込んで遊ぶのに。
「これ、絶対流行るよ」
「そうさせるつもりだ」
「そっちは、どんな味なの?」
さっきの大根芝居などもうすっかり忘れて、素で催促してくるエステラ。
いつものように、純粋な好奇心に満ちた瞳だ。下心など皆無な、キラキラした目をしている。
「一口だけだぞ」
「えへへ。悪いね、催促したみたいで」
「したっつの」
フォークで一口分取り、それをエステラに向かって差し出す。
「ほい、あ~ん」
「あ~ん………………あぁ、こっちも美味しいっ!」
と、身悶えた次の瞬間。
「――っ!?」
エステラの身体がビクンッと震えた。
え、骨でものどに刺さった? 種噛んだ?
そんなことを思わせるような、急激な感情の変化に少し戸惑ってしまう。
「は…………はぅわぅ…………」
エステラの顔が真っ赤に染まり、つむじから軽く湯気が立ち上る。
「か、か、かかかかか、間接…………キ、キキキキキ…………」
今さら、自分が何をしたのかに気が付いたらしい。さっきのは、本当に無意識の行動だったのだろう。
「落ち着け。俺はまだ口を付けていない。だから大丈夫だ」
たぶんこうなるだろうなと思って、俺は口を付けずに待っていたのだ。
まぁ、俺はこのフォークを使わせてもらうけどな。
「……お客様」
と、マグダが俺の隣にやって来る。
そして……
「……『ねぇ、そっちも食べてみたい』」
「お前な……」
「……あ~ん」
「…………他の客にはすんなよ」
「……当然」
「やれやれ」
まぁ、マグダなら、エステラも照れたりしないだろう。
モンブランを一口分取り、マグダに食べさせてやる。
「…………マグダは、これが一番好き。覚えておいて」
「なんだ、その遠回しな催促は」
「お兄ちゃん!」
マグダの後ろから、再教育確定のロレッタが身を乗り出してくる。
「えっと、なんでしたっけ? とにかく、『あ~ん』です!」
こいつは、大根芝居をするつもりもないようだ。
デモンストレーションは見る影もないな、これは。
「ほらよ」
「あ~ん………………むふふぅ! 美味しいですっ!」
「お客様」
そしてジネットが俺に微笑みを向ける。
……お前もか、ジネット。
しょうがねぇな……
俺はモンブランを一口分取り、フォークをジネットに向ける。
「ほら、あ~ん」
「えっ!? いえ、あの……わたしは、新しいフォークをお渡ししようかと……っ」
焦りながらも頬を染めるジネット。その手には、新しいフォークが握られている。
…………俺の、勘違い…………?
どっは!?
恥ずっ!? 超恥ずいっ!
どうしよう!? この差し出したモンブラン、どーしよー!?
「あ、あの……では、折角ですので…………失礼します」
長い髪を手で押さえ、ジネットがゆっくりと体を屈める。
口がそっとフォークに近付き、パクリ――と、モンブランを口に含む。
「とっても美味しいです」
口元を押さえ、ふわりと微笑む。
モンブラン……あげてよかった。
もう一口いる?
って、あれ? なんか、もうほとんど残ってないんだけど、モンブラン……
「……店長…………手強い」
「全部掻っ攫われていったです……」
「ジネットちゃん……無意識が生み出す破壊力……凄まじいよ」
テーブルの向かいで三人娘がごにょごにょ言っている。が、まぁ無視しても構わんだろう。
つか、今下手に弄られると、赤面してしまいそうだ。
そうならないためにも、俺は総括を発表する。
「こ、今後、このような感じで、ちょっとおしゃれなティータイムを提供しようと思う。当然、常連客を締め出すような真似はしなくてもいい。ウーマロとか、バカ丸出しだが、この雰囲気では自重もするだろう」
よく来る連中が息苦しくなく、且つ、こんな雰囲気を楽しみたい新規顧客を満足させる。難しいが両立させてやる。
禁煙喫煙みたいに席を離すとかな。
「← 普通の客」「アホ子の客 →」
「アホの子二名様ご来店で~す」……みたいなな。
「ところで、エステラ」
「えっ!? な、なに?」
突然話を振られて、エステラが目を丸くする。
「今日のデートはどうだった? この店の雰囲気や対応、サービスに関して、客観的な意見を聞かせてほしいな」
「なるほどね……今日のデートはそういう裏があったのか」
「お前との約束を守りたかったってのも本当だからな」
「はいはい。分かってるよ」
本当に分かっているのだろうか。
あっさりと流されてしまった感じだ。
「そうだね。いいと思うよ」
背筋を伸ばし、デートに来た女の子から、馴染みのあるいつものエステラへと雰囲気が変わる。
「どれほどの反響があるかは分からないけれど、うまくいくと思う。味もいいしね」
「エステラさんのお墨付きですね」
「まぁ、ボクのお墨付きにどれほどの価値があるかは、分からないけどね」
ようやく動き出す。
これで、陽だまり亭はまた一つ大きな武器を手に入れた。
あとは、街門が完成して、陽だまり亭の前を街道が通れば……
この店は、冗談ではなく、四十二区随一の食堂になるだろう。
ジネットの祖父さんが切り盛りしていた頃よりも、もっと多くの客がやって来るかもしれない。
そうなれば、ジネットはきっと喜ぶだろう。
そうなれば、俺は…………
「おっと、支払いを忘れるところだった」
「え? いえ、結構ですよ。デモンストレーションですし」
「今回はエステラとのデートでもあったんだ。俺が払わないと格好がつかん」
「そうですか? では、お会計はカウンターでお願いします」
「エステラ。奢ってやるから感謝しろな」
「それを言わなければ、もっとスマートだったのにね。残念君だね、君は」
「ほっとけ」
軽口を叩いてから、カウンターで支払いを済ませる。
「なぁ、ジネット」
「はい、なんですか?」
俺は財布の中から20Rbを取り出し…………
「いや、なんでもない」
「そうですか。あ、そうでした。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」
「んじゃ、一旦外に出ておくか」
「え、いえ、そこまでは」
「ノリだよ、ノリ」
「だったらボクを置いていくのはどうなのかなぁ?」
冗談めかしたエステラの声を耳に、俺は一度陽だまり亭を出た。
ドアを閉める……
「…………まだ、返してないんだよな」
握った20Rbを、財布へと戻す。
チャリンと音がして、他の硬貨に紛れ込む。
20Rb。
陽だまり亭のクズ野菜の炒めものの値段。
俺が食い逃げをして……いまだ返済していない代金だ。
「返すタイミング、完全に失っちまったなぁ、これ」
グッと伸びをして見上げた空は、抜けるような快晴だった。
まぁ、いつだっていいだろう。
まだまだ、時間はあるんだしな。
それよりも、どうやってケーキを売り込むかを考えなきゃな。
待っていれば客が舞い込んでくるなんて、そんな甘い話はないのだ。
ライバルは四十二区内のあちこちにいる。負けてられるか!
「よし! ナンバーワンになるぞー!」
そんな意気込みを空に向かって吐き出し、俺は店員の顔へと戻って、陽だまり亭へと入っていった。
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