異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

83話 約束したから -3-

公開日時: 2020年12月19日(土) 20:01
文字数:3,104

「お待たせしました。スフレチーズケーキです」

「ふぉぉぉぉぉ……っ! 素敵過ぎる……」

 

 目の前に置かれたケーキを、とろけそうな瞳で見つめるエステラ。

 

「お待たせしました。モンブランです」

「…………じゅるり」

 

 俺の前に置かれたケーキを、獲物を見つめるような瞳で見つめるエステラ。

 ……取るなよ?

 

「ご、ごほん……『ねぇ、そっちも食べてみたい』」

「早ぇよ! まずは自分のを食えよ」

「そ、それもそうだね。では……いただきまうむん!」

 

 我慢が出来なかったのか、いただきますと言い切る前に口にケーキを放り込んでいた。

 ……こいつ、本当にお嬢様なのか?

 

「ん~~~~~~~~~~~~~っ! …………幸せ」

 

 口の中に広がる甘美な味を堪能するエステラ。

 頬に手を当て、口をぽか~んと開けて宙を眺める。

 惜しい。ここにポップコーンがあれば、口に放り込んで遊ぶのに。

 

「これ、絶対流行るよ」

「そうさせるつもりだ」

「そっちは、どんな味なの?」

 

 さっきの大根芝居などもうすっかり忘れて、素で催促してくるエステラ。

 いつものように、純粋な好奇心に満ちた瞳だ。下心など皆無な、キラキラした目をしている。

 

「一口だけだぞ」

「えへへ。悪いね、催促したみたいで」

「したっつの」

 

 フォークで一口分取り、それをエステラに向かって差し出す。

 

「ほい、あ~ん」

「あ~ん………………あぁ、こっちも美味しいっ!」

 

 と、身悶えた次の瞬間。

 

「――っ!?」

 

 エステラの身体がビクンッと震えた。

 え、骨でものどに刺さった? 種噛んだ?

 そんなことを思わせるような、急激な感情の変化に少し戸惑ってしまう。

 

「は…………はぅわぅ…………」

 

 エステラの顔が真っ赤に染まり、つむじから軽く湯気が立ち上る。

 

「か、か、かかかかか、間接…………キ、キキキキキ…………」

 

 今さら、自分が何をしたのかに気が付いたらしい。さっきのは、本当に無意識の行動だったのだろう。

 

「落ち着け。俺はまだ口を付けていない。だから大丈夫だ」

 

 たぶんこうなるだろうなと思って、俺は口を付けずに待っていたのだ。

 まぁ、俺はこのフォークを使わせてもらうけどな。

 

「……お客様」

 

 と、マグダが俺の隣にやって来る。

 そして……

 

「……『ねぇ、そっちも食べてみたい』」

「お前な……」

「……あ~ん」

「…………他の客にはすんなよ」

「……当然」

「やれやれ」

 

 まぁ、マグダなら、エステラも照れたりしないだろう。

 モンブランを一口分取り、マグダに食べさせてやる。

 

「…………マグダは、これが一番好き。覚えておいて」

「なんだ、その遠回しな催促は」

「お兄ちゃん!」

 

 マグダの後ろから、再教育確定のロレッタが身を乗り出してくる。

 

「えっと、なんでしたっけ? とにかく、『あ~ん』です!」

 

 こいつは、大根芝居をするつもりもないようだ。

 デモンストレーションは見る影もないな、これは。

 

「ほらよ」

「あ~ん………………むふふぅ! 美味しいですっ!」

「お客様」

 

 そしてジネットが俺に微笑みを向ける。

 ……お前もか、ジネット。

 

 しょうがねぇな……

 俺はモンブランを一口分取り、フォークをジネットに向ける。

 

「ほら、あ~ん」

「えっ!? いえ、あの……わたしは、新しいフォークをお渡ししようかと……っ」

 

 焦りながらも頬を染めるジネット。その手には、新しいフォークが握られている。

 …………俺の、勘違い…………?

 

 どっは!? 

 恥ずっ!? 超恥ずいっ!

 どうしよう!? この差し出したモンブラン、どーしよー!?

 

「あ、あの……では、折角ですので…………失礼します」

 

 長い髪を手で押さえ、ジネットがゆっくりと体を屈める。

 口がそっとフォークに近付き、パクリ――と、モンブランを口に含む。

 

「とっても美味しいです」

 

 口元を押さえ、ふわりと微笑む。

 モンブラン……あげてよかった。

 もう一口いる?

 って、あれ? なんか、もうほとんど残ってないんだけど、モンブラン……

 

「……店長…………手強い」

「全部掻っ攫われていったです……」

「ジネットちゃん……無意識が生み出す破壊力……凄まじいよ」

 

 テーブルの向かいで三人娘がごにょごにょ言っている。が、まぁ無視しても構わんだろう。

 つか、今下手に弄られると、赤面してしまいそうだ。

 そうならないためにも、俺は総括を発表する。

 

「こ、今後、このような感じで、ちょっとおしゃれなティータイムを提供しようと思う。当然、常連客を締め出すような真似はしなくてもいい。ウーマロとか、バカ丸出しだが、この雰囲気では自重もするだろう」

 

 よく来る連中が息苦しくなく、且つ、こんな雰囲気を楽しみたい新規顧客を満足させる。難しいが両立させてやる。

 禁煙喫煙みたいに席を離すとかな。

「← 普通の客」「アホ子の客 →」

「アホの子二名様ご来店で~す」……みたいなな。

 

「ところで、エステラ」

「えっ!? な、なに?」

 

 突然話を振られて、エステラが目を丸くする。

 

「今日のデートはどうだった? この店の雰囲気や対応、サービスに関して、客観的な意見を聞かせてほしいな」

「なるほどね……今日のデートはそういう裏があったのか」

「お前との約束を守りたかったってのも本当だからな」

「はいはい。分かってるよ」

 

 本当に分かっているのだろうか。

 あっさりと流されてしまった感じだ。

 

「そうだね。いいと思うよ」

 

 背筋を伸ばし、デートに来た女の子から、馴染みのあるいつものエステラへと雰囲気が変わる。

 

「どれほどの反響があるかは分からないけれど、うまくいくと思う。味もいいしね」

「エステラさんのお墨付きですね」

「まぁ、ボクのお墨付きにどれほどの価値があるかは、分からないけどね」

 

 ようやく動き出す。

 これで、陽だまり亭はまた一つ大きな武器を手に入れた。

 

 あとは、街門が完成して、陽だまり亭の前を街道が通れば……

 この店は、冗談ではなく、四十二区随一の食堂になるだろう。

 

 ジネットの祖父さんが切り盛りしていた頃よりも、もっと多くの客がやって来るかもしれない。

 そうなれば、ジネットはきっと喜ぶだろう。

 そうなれば、俺は…………

 

「おっと、支払いを忘れるところだった」

「え? いえ、結構ですよ。デモンストレーションですし」

「今回はエステラとのデートでもあったんだ。俺が払わないと格好がつかん」

「そうですか? では、お会計はカウンターでお願いします」

「エステラ。奢ってやるから感謝しろな」

「それを言わなければ、もっとスマートだったのにね。残念君だね、君は」

「ほっとけ」

 

 軽口を叩いてから、カウンターで支払いを済ませる。

 

「なぁ、ジネット」

「はい、なんですか?」

 

 俺は財布の中から20Rbを取り出し…………

 

「いや、なんでもない」

「そうですか。あ、そうでした。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

「んじゃ、一旦外に出ておくか」

「え、いえ、そこまでは」

「ノリだよ、ノリ」

「だったらボクを置いていくのはどうなのかなぁ?」

 

 冗談めかしたエステラの声を耳に、俺は一度陽だまり亭を出た。

 ドアを閉める……

 

「…………まだ、返してないんだよな」

 

 握った20Rbを、財布へと戻す。

 チャリンと音がして、他の硬貨に紛れ込む。

 

 20Rb。

 陽だまり亭のクズ野菜の炒めものの値段。

 俺が食い逃げをして……いまだ返済していない代金だ。

 

「返すタイミング、完全に失っちまったなぁ、これ」

 

 

 グッと伸びをして見上げた空は、抜けるような快晴だった。

 

 

 まぁ、いつだっていいだろう。

 まだまだ、時間はあるんだしな。

 

 それよりも、どうやってケーキを売り込むかを考えなきゃな。

 待っていれば客が舞い込んでくるなんて、そんな甘い話はないのだ。

 ライバルは四十二区内のあちこちにいる。負けてられるか!

 

「よし! ナンバーワンになるぞー!」

 

 そんな意気込みを空に向かって吐き出し、俺は店員の顔へと戻って、陽だまり亭へと入っていった。

 

 

 

 

 

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