異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

82話 講習会 -3-

公開日時: 2020年12月18日(金) 20:01
文字数:2,439

 最後の講習会が終わった時、空は真っ暗になっており、月も少し傾きかけていた。

 

「すっかり遅くなったな」

「さすがに疲れましたね」

 

 俺について走り回っていたジネットは、疲労困憊な様子だ。

 

「でも、みなさん。幸せそうな顔していましたね」

「……だな」

 

 ショートケーキではないことに不満を漏らす者もいたのだが……そんなヤツも、完成したケーキを食べて「こっちの方が美味い……いや、これこそが最高のケーキだ!」と、最終的には肯定していた。

 

 いい感じで「ウチのケーキが一番」と思ってくれれば、競争も激化し、クオリティもどんどん上がっていくだろう。

 

「でも、少しは残念なんじゃないですか?」

「何がだ?」

 

 疲れ切った体で、とぼとぼと陽だまり亭を目指す。

 その道中、ジネットが含みのある笑みを浮かべて俺を見つめてきた。

 こいつがたまに見せる、「いじわるしちゃおうっかなぁ」な表情だ。

 受けて立とうじゃねぇか。

 

「本当は、あのケーキを独占したいと思っていたんじゃないですか? ヤシロさんはいい人ですけど、無償で自分の技術を教えて回るなんて、そんなことまではされませんでしたよね」

「必要なところになら、技術を落とすさ。それがゆくゆく俺の利益になる」

 

 エステラに下水の権利を、ウーマロに下水工事のノウハウを、ヤップロックたちにポップコーンの真実を……俺は、必要な場所になら惜しみなく俺の知識を与えている。

 確かに、今回みたいに大安売りしたことはないが……これは布石なのだ。

 種蒔きと言ってもいい。

 

 今日蒔いた種が、いつか……それもそう遠くない未来に芽を出し、大輪の花を咲かせ、やがて密林になるくらいに成長する。

 その土壌を作ったのだ。

 

 そして、その恩恵は、確実に俺のもとへと集まってくる。

 なぜなら…………いや、待てよ。

 

「答えは、明日、教えてやる」

「え、どうして明日なんですか? 今ではダメなんですか?」

「さぁさ、帰ろうぜ」

「はぅ、ヤシロさん~!?」

 

 そう。明日。

 明日、答えを教えてやる。

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 

「そういうことだったんですね」

 

 食堂に広がる光景を見て、ジネットは大きく頷いた。

 

「……これは、圧巻」

「あたしの知らないものが、こんなにあったですか……」

 

 陽だまり亭のテーブルに、色とりどりのケーキが並んでいる。

 ショートケーキ、チーズスフレ、ガトーショコラ、モンブラン、ミルクレープ、シフォンケーキにアップルパイ。そして、これはどこにも教えていない……シュークリーム。

 

「ふむ。なるほどでござる。つまり、四十二区のあちらこちらで食べられるようになったケーキが、この陽だまり亭に来ればすべて食べられるというわけでござるな!」

「ま、そういうことだ」

 

 やはり、ケーキはいろんな種類が揃ってこそ美しい。

 おまけにここは紛れもなく本店なのだ。四十二区内に溢れたケーキの本流。ここが元祖。

 これで客が来ないわけがない。

 ということはだぞ、ウチが新作を発表すれば、それが街のトレンドとなるのだ。

 

 ケーキの文化を広めた先にあるのは、激化する競争。

 その中で、俺たちは得難いステイタスを手に入れたのだ。

 

『元祖』『本店』『最新トレンド』

 

 どれもこれも、スウィーツに冠するのに適した言葉だ。

 

 あの盛大なジネットの誕生日パーティーは、人々の心に印象深く焼きついていることだろう。

 そのイメージが消えない限り、陽だまり亭のケーキは『他所とは一味違う、本場の味』で居続けられるのだ。

 

「というわけで、ベッコ」

「相分かった! 食品サンプルを作ればいいのでござるな!」

 

 そういうこと。

 そのために呼んだんだよ。

 

「はぁぁあ……こんな綺麗なものを陽だまり亭で取り扱えるなんて…………わたし、幸せです」

 

 これがうまくいけば、ジネットとの約束も果たせるかもしれない。

 ずっと前に交わした約束……

 

 

『食堂を立て直すぞ』

『……え?』

『もっと客を呼べる、人気の食堂にするんだ』

『陽だまり亭を、ですか?』

『そうだ。毎日大勢の人が集まる、そんな場所にするんだ』

『お祖父さんが……いた頃のように、ですか?』

 

 

 祖父さんがいた頃の陽だまり亭が、どれほど賑わっていたのかは知らんが、それにだって負けはしないだろう。

 それを、祖父さんの力ではなく、ジネットの力で成し遂げるのだ。

 

 そうすれば俺は…………俺は…………あれ?

 

 

 

 もしそうなったら、俺、どうするんだ?

 

 

 

「ヤシロさん?」

「…………」

「ヤシロさんっ」

「ん!? あ、あぁ……悪い。なんだ?」

「いえ、どうかされたんですか?」

「いや……なんでもない」

 

 ……何考えてんだよ、俺は。

 今は、やるべきことをやるべきだ。…………って、当たり前か。はは。

 

「よし! じゃあ、本日の三時より、ケーキの販売を開始する!」

「「「「おぉー!」」」」

 

 陽だまり亭の店員となんでかベッコまでもが拳を振り上げている。

 ついに、ケーキの販売開始だ。

 

 と、いうわけで。

 

「すまんが、三時から三十分ほど貸し切りにしてくれないか?」

「え? ここをですか?」

「とりあえず、テーブル一つだけでもいいんだが」

「いえ。ヤシロさんが何かをされるおつもりなら、そちらを優先させてください」

「んじゃ、お前らにも協力頼んでいいか?」

「はい。よろこんで」

「あ、あたしも手伝うです!」

「……ぜひもない」

「拙者は、何をすればいいでござるか?」

「あ、ベッコはいいや。食品サンプル作っといて、大至急急ぎ型で」

「だ、大至急急ぎ型!? あ、相分かった! 大至急急ぎ型で完成させてくるでござるっ! では、御免!」

 

 ……と、準備はこんなところか。

 

「じゃあ、ちょっと出かけてくるな」

 

 最後にもう一つ準備するものがある。

 それを手に入れるために、俺はある場所へ向かう。

 

「あの、ヤシロさん」

 

 食堂を出ようとした時、ジネットに呼び止められた。

 

「どちらへ?」

 

 素朴な疑問だ。

 だから、気軽に答えておく。

 

「ミリィのところだよ」

「ミリィさんの?」

「事情はあとで説明する。じゃ、行ってくるな」

「はい。お気を付けて」

 

 ジネットに見送られ、俺は陽だまり亭を出る。

 

 約束は、守らなきゃいけないからな。うん。

 

 

 俺ってば、約束は守る詐欺師なんだよな。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート