その翌日から、祖父さんが教会への寄付を開始した。
今現在、ジネットが行っている朝食の寄付は、その時に始まったというのだ。
「少女は理解できなくて……ある日、思い切ってお祖父さんに尋ねたんです。『あなたはすべてを知っているはずなのに、なぜ黙っているのか』と……『なぜ、わたしを怒らないのか』と……」
そうしたら、祖父さんはこう答えたのだそうだ。
『腹を空かしてる人に美味いもんを食べさせてあげる。それが、食堂の仕事だ』と――
それからほどなく、ジネットは陽だまり亭へ手伝いに行くようになり、十二歳になる年に正式に引き取られることになった。
その頃には、すっかり心を開き、ベルティーナとも、祖父さんとも、そして街の住民の誰とでも親しく付き合えるようになっていた。
「ヤシロさん。人は生きている限り、罪を犯します。そして、それを悔やみ、心を痛めます。だからこそ、教会は人々の懺悔を聞くんです。それが、救いになることもありますから」
「だが……」
そう、お前のようなヤツならば、それでいいだろう。
悔い改めることで、新しい人生を送る権利が、お前にはある。
けれど……
「懺悔したくらいじゃ、到底許されない罪を犯した者ならどうだ? 散々他人に迷惑をかけて、幸せや平穏を奪って、多くの者に憎まれて……そんなヤツが、懺悔したくらいで許された気分になって人生やり直しますなんて……そんなもん、誰が認めてくれんだよ。認められるわけ、ねえじゃねぇかっ」
次第に語気が荒くなる。
八つ当たりか……みっともない。
気が付けば、固く握りしめた拳をテーブルに叩きつけていた。
「……許されちゃいけないヤツだって……いるだろうが……」
そっと……俺の拳の上にジネットの手が重ねられる。
固く握りしめた拳を、優しく包み込んでくれる……温かい手だ。
「違いますよ、ヤシロさん」
静かな声が、体内に浸透するように広がっていく。
「懺悔をするのは、自分の罪を許してもらうためではありません」
一言一言を、丁寧に伝えるようにゆっくりと言葉を並べていく。
「懺悔をするのは、忘れないため……忘れないことで自分の罪と向き合って、そしていつか、自分で自分を許してあげるためです」
「自分の罪を……忘れない、ため……自分で自分を…………許す…………」
「はい。未来をまっすぐ見つめるために、人は懺悔をするんです」
懺悔はいつも、自分が犯した罪を自分の口で語るところから始まる。
罪の自覚。そして、深い反省……
許しとは、人に与えられるものでは…………ない、のか?
「わたしなんて、今でもしょっちゅう失敗をしてしまいます。ヤシロさんに教えていただいたこともたくさんあります」
俺の拳を包み込む手に、ギュッと力が入る。
「わたしも……かつて罪を犯したあの少女も……まだまだ未熟ですけれど、今を懸命に生きています。未来を、まっすぐ見つめています」
俺は……未来からは目を背けて……過去からも目を背けて…………そして今、逃げ出そうとしていたのか。
「ヤシロさんのたとえ話に出てこられた方に、もし言葉が届くのであれば……わたしはこう伝えたいです」
手を離し、ジネットは胸の前で手を組む。
まぶたを閉じて祈るようなポーズで、ジネットは、よく耳にする言葉を口にした。
「……懺悔してください」
結局、ジネットからは明確な答えがもらえなかった。
俺が俺の罪を許せない以上、俺の罪は永遠に続く…………
永遠に……
明日は式典がある。
これ以上、ジネットを夜更かしさせるわけにもいかない。
こいつはいつも九時前には眠ってしまう体質なのだから。
「ヤシロさん。おやすみなさい」
結論の出なかった話し合いを終え、ジネットは俺に頭を下げ自室へ向かう。
そして、去り際にこんな言葉を残していった。
「また、明日」
なんてこった……立場が変わればこんなにも分かりやすいもんなのか。
「あぁ。また明日な」
こんな十文字にも満たない短い言葉が…………不安を和らげてくれた。
ジネットが自室に戻り、再び一人きりになる。
もう、考えても答えは出てこない。
ジネットに委ねることも出来ない。
明日行われる式典で、何かトラブルでも起これば……何も考えずに、答えを保留に出来るのに…………
そんな益体もないことを考えながら、俺も寝室へと戻った。
そして、翌日。滞りなく式典は終了した。
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