異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

149話 懺悔 -3-

公開日時: 2021年2月26日(金) 20:01
更新日時: 2021年10月17日(日) 08:11
文字数:1,740

 その翌日から、祖父さんが教会への寄付を開始した。

 今現在、ジネットが行っている朝食の寄付は、その時に始まったというのだ。

 

「少女は理解できなくて……ある日、思い切ってお祖父さんに尋ねたんです。『あなたはすべてを知っているはずなのに、なぜ黙っているのか』と……『なぜ、わたしを怒らないのか』と……」

 

 そうしたら、祖父さんはこう答えたのだそうだ。

 

『腹を空かしてる人に美味いもんを食べさせてあげる。それが、食堂の仕事だ』と――

 

 それからほどなく、ジネットは陽だまり亭へ手伝いに行くようになり、十二歳になる年に正式に引き取られることになった。

 その頃には、すっかり心を開き、ベルティーナとも、祖父さんとも、そして街の住民の誰とでも親しく付き合えるようになっていた。

 

「ヤシロさん。人は生きている限り、罪を犯します。そして、それを悔やみ、心を痛めます。だからこそ、教会は人々の懺悔を聞くんです。それが、救いになることもありますから」

「だが……」

 

 そう、お前のようなヤツならば、それでいいだろう。

 悔い改めることで、新しい人生を送る権利が、お前にはある。

 けれど……

 

「懺悔したくらいじゃ、到底許されない罪を犯した者ならどうだ? 散々他人に迷惑をかけて、幸せや平穏を奪って、多くの者に憎まれて……そんなヤツが、懺悔したくらいで許された気分になって人生やり直しますなんて……そんなもん、誰が認めてくれんだよ。認められるわけ、ねえじゃねぇかっ」

 

 次第に語気が荒くなる。

 八つ当たりか……みっともない。

 

 気が付けば、固く握りしめた拳をテーブルに叩きつけていた。

 

「……許されちゃいけないヤツだって……いるだろうが……」

 

 そっと……俺の拳の上にジネットの手が重ねられる。

 固く握りしめた拳を、優しく包み込んでくれる……温かい手だ。

 

「違いますよ、ヤシロさん」

 

 静かな声が、体内に浸透するように広がっていく。

 

「懺悔をするのは、自分の罪を許してもらうためではありません」

 

 一言一言を、丁寧に伝えるようにゆっくりと言葉を並べていく。

 

「懺悔をするのは、忘れないため……忘れないことで自分の罪と向き合って、そしていつか、自分で自分を許してあげるためです」

「自分の罪を……忘れない、ため……自分で自分を…………許す…………」

「はい。未来をまっすぐ見つめるために、人は懺悔をするんです」

 

 懺悔はいつも、自分が犯した罪を自分の口で語るところから始まる。

 罪の自覚。そして、深い反省……

 

 許しとは、人に与えられるものでは…………ない、のか?

 

「わたしなんて、今でもしょっちゅう失敗をしてしまいます。ヤシロさんに教えていただいたこともたくさんあります」

 

 俺の拳を包み込む手に、ギュッと力が入る。

 

「わたしも……かつて罪を犯したあの少女も……まだまだ未熟ですけれど、今を懸命に生きています。未来を、まっすぐ見つめています」

 

 俺は……未来からは目を背けて……過去からも目を背けて…………そして今、逃げ出そうとしていたのか。

 

「ヤシロさんのたとえ話に出てこられた方に、もし言葉が届くのであれば……わたしはこう伝えたいです」

 

 手を離し、ジネットは胸の前で手を組む。

 まぶたを閉じて祈るようなポーズで、ジネットは、よく耳にする言葉を口にした。

 

「……懺悔してください」

 

 

 結局、ジネットからは明確な答えがもらえなかった。

 俺が俺の罪を許せない以上、俺の罪は永遠に続く…………

 

 永遠に……

 

 

 明日は式典がある。

 これ以上、ジネットを夜更かしさせるわけにもいかない。

 こいつはいつも九時前には眠ってしまう体質なのだから。

 

「ヤシロさん。おやすみなさい」

 

 結論の出なかった話し合いを終え、ジネットは俺に頭を下げ自室へ向かう。

 そして、去り際にこんな言葉を残していった。

 

「また、明日」

 

 なんてこった……立場が変わればこんなにも分かりやすいもんなのか。

 

「あぁ。また明日な」

 

 こんな十文字にも満たない短い言葉が…………不安を和らげてくれた。

 

 

 ジネットが自室に戻り、再び一人きりになる。

 

 

 もう、考えても答えは出てこない。

 ジネットに委ねることも出来ない。

 

 明日行われる式典で、何かトラブルでも起これば……何も考えずに、答えを保留に出来るのに…………

 

 そんな益体もないことを考えながら、俺も寝室へと戻った。

 

 

 

 

 そして、翌日。滞りなく式典は終了した。

 

 

 

 

 

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