と、いうわけで。
約束の時間になって、俺たちは再び街の東にある牛飼いのもとへとやって来たのだが――
「随分と人数が増えてんじゃねぇか。何事だ?」
「まぁ、諸事情によりってとこだ……」
ルシアにギルベルタ、マーシャとバルバラ&テレサ姉妹が増えていた。
牧場長のモーガンが分かりやすく顔をしかめている。
人数が倍以上になってるからな。そりゃ驚くわ。
おまけに、他区の領主とそこの給仕長、全区に影響力を持つ海漁ギルドのギルド長が混ざってりゃ度胆も抜かれるだろう。
俺だったら追い返すな、うん。
「しかも、こんないい女ばっかり連れてきやがって……。見ろ、ウチのバカどもが見惚れて手ぇ止めてやがる」
牧場のあちらこちらで作業をしていた牛飼いたちが、鋤や荷車を手に立ち止まり、居並ぶ美女たちを呆然と見つめていた。
中には魂がちょっと抜けかけているヤツもいた。口閉じろ、口。開き過ぎだ。
「ふふ、いい女――か。異性を称える紳士的な心の持ち主のようだな。見習え、カタクチイワシ」
「ルシアさん、今日もちょーキレー」
「ふなっ!? な、ななにを急にっ、こ、こんな公衆の面前で、たわ、戯けたことを抜かすな、カタクチイワシの分際で!」
どーしろっつうんだよ。
「こら、バカども! さぼってやがると、今日は酒禁止にするぞ! 働け!」
「「「へ、へい!」」」
モーガンの一喝で、遠巻きに美女たちを観察していた牛飼いたちが慌ただしく動き始める。
仕事を再開させた牛飼いたちだったが、後ろ髪がひかれまくりだ。まだちらちら様子を窺っていやがる。
「ったく、最近の若いもんは」
うわぁ……どこ行ってもジジイは同じこと言うんだなぁ。
「モーガン。お前らの世代がしっかりしていて今の世代がしっかりしてないってことは、お前らを育てた世代の躾がしっかりしていて、お前らの世代が後進をちゃんと教育できてないってことなんだぞ? まずは自省しろ」
「やかましい! 若造が理屈をこねるな!」
わぁー聞く耳持ってやがらねぇー。この石頭が。
「おい、ペペ! オレぁちょっと抜けるが、若ぇヤツらの面倒、しっかり見とけよ!」
「へい!」
少々おでこの広い卑屈そうな顔をした牛飼いがモーガンに言われて姿勢を正す。
あのオッサン、ペペって名前なのか。ふざけた名前しやがって。……ただ、どっかで見たような記憶が…………
「あの方、以前大通りでお見かけした方ですね」
「大通りで?」
「はい」
ジネットもぺぺに覚えがあるらしく、しかも俺よりも明確に記憶しているらしい。
「マグダさんが初めて陽だまり亭へいらした時に、牛の運搬をされていた方だと思いますよ」
「あぁっ! 大通りで暴れ牛を逃がした牛飼いか!?」
それは、マグダと出会って間もなく、なんやかんやあった結果マグダを陽だまり亭で預かることになって、狩猟ギルドから陽だまり亭へ移動している途中のことだ。
逃げ出した牛が大通りで暴れて、それをマグダが鎮圧したのだ。
あの時に初めて『赤モヤ』を見たんだよな。その後の凄まじい食欲も。
思えば、獣人族の桁違いのパワーを実感したのはあの時かもしれない。それ以前にデリアに出会っているので桁違いのパワーは垣間見ていたが、デリアは見るからに強そうだし、ギルド長だったから。
マグダみたいな小さな女の子があんなパワーを持っていることに驚いたのを覚えている。
「しかし、よく覚えていたなジネット」
「職業柄、人の顔を覚えるのは得意なんです」
そういえば、ジネットはチラッと会っただけのヤツのこともよく覚えている。
ガゼル姉弟にしたって、ただでさえつながりの薄い飲食ギルドの、それもたった数回会っただけの別の飲食店店主のガキの顔をよく覚えていたもんだ。
「俺には習得できそうもないスキルだな」
「うふふ。ヤシロさんは人の顔と名前を覚えるのが苦手ですものね」
金が絡まない限りはな。
必要のない情報で脳のメモリーを浪費したくないんだよ、俺は。
覚えておきたい谷間や揺れ、フリルやシースルーがたくさんあるからな。
「わぁ~! ぅしさ~ん! おっきぃ~ねぇ~!」
テレサが柵に上って牧場を眺めている。というか身を乗り出してはしゃいでいる。
なんか、年相応の姿にほっとする。妙におとなしかったり、聞き分けが良過ぎたりしたからなぁ、テレサは。
きちんとこういう子供っぽいこともさせてやらないとダメ…………じゃねーか、バカ姉!
……ふぅ、危ない危ない。
危うく面倒見のいい人っぽい意見を口にするところだった。
なんで俺がテレサの教育環境を憂慮しなければいけないんだ。姉や義両親の務めだろう、それは!
ちゃんとしろ、バルバラ!
で、そのバルバラはというと……
「うっわ! クサっ!? なんだこいつら! 顔でけぇ! でもそれよりやっぱりクサっ!」
「随分正直なネーちゃんが来てるようだなぁ、ん? いいんだぜ、嫌なら今すぐ帰ってもらってもなぁ、ん?」
「ま、まぁまぁ。あの姉妹は初めての牧場なんだよ。どうか穏便に頼むよ、ね?」
「姉妹っていうがよぉ……姉と妹が逆じゃねぇのか、ありゃあ」
バルバラの無礼をエステラが丸く収めている。
大変だな、領主も。まだ正式な四十二区民でもないバルバラまでかばってよ。
「妹の方は、素直でかわいらしいのによぉ」
「え……っ。まさか、君もそーゆー人種なのかい?」
エステラがドン引きフェイスでずざざっとモーガンから距離を取った。
臭そうに鼻を摘んでいる。
「違ぇわ! というか、鼻を摘むな! 臭くねぇよ!」
なんだろうか。
この街のそれなりに年齢のいっているそこそこの身分の人間は幼女趣味に走りがちな傾向でもあるのか?
ハビエルとかドニスのように。
「オレぁ、どっちかってーと、こっちの領主さんみたいな、グッとくる大人っぽい女の方が好きなんだよ」
「ふふん。見る目がある男というのはこの者のようなことを言うのだ。見習え、カタクチイワシ」
「ルシアさん、エローい」
「きゅ、急に褒めるな! その減らず口をタカアシガニに挟ませるぞ!」
褒められたいのか褒められたくないのか、どっちなんだよ。
「今の褒めてるかな?」
「受け取り方次第思う、本人の。嬉しかった模様、ルシア様は」
エステラが酸っぱい顔をしている。
色っぽいとかセクシーが褒め言葉ならエロいも褒め言葉だろうが。意味はほぼ一緒なんだし。
「エステラ、ひわ~い☆」
「それは純然たる悪口だよ、マーシャ!」
うん。
同じ意味でも受け取り方次第というわけか。
『俺、お前を見ているとムラムラしてくるんだ』
……う~ん、ギリ褒め言葉?
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