異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

315話 噂の現場 -3-

公開日時: 2021年11月26日(金) 20:01
文字数:4,223

「何やってるのさ?」

 

 売り子女子の泣き声を聞きつけたのか、エステラが血相を変えて飛んできた。

 頭にはタオル帽子が揺れている。

 ……買ってんじゃねーよ。

 

「どうしたんだ、それ?」

「え? あぁ、これ? ルピナスさんが買ってくれたんだ♪」

 

 買ってもらってんじゃねーよ。

 

「それよりも、この状況は? いや、その前に場所を移そう」

 

 大衆浴場の真ん前、街門広場から続く大きな通りの真ん中でオッサンに囲まれた女子が泣いていれば嫌でも目立つ。

 確かに場所を移動した方がいいだろう。

 

「君、大丈夫かい?」

 

 タオル帽子を被ったエステラが売り子女子の顔を覗き込む。

 帽子で髪が隠れているせいか、売り子女子は一瞬、覗き込んでくる女性がエステラだとは気が付かなかったようだ。

 

「ここじゃなんだから、少し場所を変えて話を聞かせてくれるかい?」

「え……あっ、ほ、微笑みの領主様……っ!?」

 

 声としゃべり方、そして特徴的な赤い瞳を見て、それがエステラだと分かったらしい売り子女子は慌てて手に持った情報紙と、カバンから顔を覗かせる情報紙の束を隠す。

 慌て過ぎて逆に情報紙が飛び出し、風に舞い、てんやわんやになっているが。

 

「これは……」

 

 風に舞った情報紙を一枚掴み、エステラが困惑の表情を見せる。

 噂には聞いていた違法販売の証拠だからな。

 慰めようとしていた泣いている女子がその犯人だ。

 しかも、相手は絶対に見つかってはいけないはずの四十二区の領主に見つかり盛大に狼狽し、ますます涙が溢れ出してきている有り様だ。

 

 どういった態度で接するべきか、悩んでるんだろうなぁ、エステラは。

 

「お前が領主だと分かり、狼狽えているようだぞ」

「みたいだね……」

「帽子で髪が隠れて一瞬分からなかったらしいが――」

「みたいだね」

「胸元を見て気が付いたのだろう」

「それはどうかな!? 声とかしゃべり方とかじゃないかなぁ! あと、この赤い目は結構特徴的だと思うから瞳を見て気付いたんじゃないかな!?」

「じゃ、本人に聞いてみるか?」

「泣いている女性を追求するようなマネはやめたまえ!」

 

 追求して追い詰められるのはお前なんじゃないのか?

 俺も一瞬目とか声かな~って思ってはみたんだが、それ以上に分かりやすい箇所があるから、きっとそこに違いないと、今では確信を持っているぞ。

 

「あ、あの……これは、その……っ」

「……まぁ、とりあえず、立てるかい?」

 

 手にした情報紙を懐にしまい、空いた手を売り子女子へ差し出す。

 助け起こそうとしているのだろうが、売り子女子としては証拠を押さえられ今まさに拘束されようとしているって感じなんだろうな。顔がまた真っ青になっている。

 

 売り子女子は固まり、エステラは手を差し出したままその姿勢をキープし続けている。

 地味につらそうだな、あのポーズ。

 

「コーリン卿よ、なんとか言ってやれ」

 

 硬直状態を壊すように、ゲラーシーが口を挟んでくる。

 

「ミズ・クレアモナは弱者を死地へ追いやるような領主ではない。彼女は『微笑みの領主』の名に相応しい人物だ」

 

 サウナの熱に当たりふらつく頭を片手で押さえ、それでも威厳たっぷりに言う。

 

「その売り子が心を許せるそなたが間に立ってやるといい。きっと悪いようにはならぬ。かつて真っ向から対立した私でさえ、今では肩を並べるようになっているのだ。彼女は、最も貴族らしくない貴族の一人であり、尊敬に値する女性だ」

 

 思いがけないゲラーシーからの賞賛にエステラは――

 

「え、なに!? 怖っ! ヤシロ、何か飲ませたの?」

 

 ――物凄く嫌そうな顔をした。

 

「褒めたのだぞ、貴様!?」

「いや、急に褒められましても……あまり心を開いていないもので、据わりが悪いというか……正直ちょっと不気味でした」

「不気味とはどういう意味だ!?」

「すみません、ミスター・エーリン。あなたは、ボクの中でリカルド枠ですので」

「物凄く侮辱された気分だ!」

 

 あぁ、俺の中でもリカルド枠だわ、ゲラーシー。

 

「……まったく、これだから四十二区はっ!」

 

 とか、文句を言うくせに自分から進んで遊びに来るんだよなぁ、ゲラーシーとリカルドって。うわっ、一緒じゃん!

 

「おい、リカーシー」

「混ぜるな! ゲラーシーだ!」

 

 もはや、どっちでもいいじゃねぇか、そんなもん。

 

「女性に優しい領主様を気取りたいのかもしれんが――お前もめっちゃ怖がられてるからな?」

 

 タオル帽子を被って気分が悪そうに頭を押さえていた男が、二十九区の領主だと分かった途端、売り子女子がガタガタ震え出していた。

 まぁ、二十九区は情報紙発行会を追い詰めた区の一つだからな。

 特にマーゥルは怖かったから、二十九区は恐ろしい敵と認識されていてもおかしくはない。

 

 あ~ぁ、四十二区と二十九区の領主が目の前に並んで立ったせいで売り子女子が「終わった……もう終わった……」ってぶつぶつ言い始めちまった。

 おーい、大丈夫か? 壊れたか?

 

「ちっ……。すまない、コーリン卿。世話をかけるが彼女のことを頼んでいいか?」

「それは、まぁ……」

 

 構わないと、言いかけてタートリオが口を閉じる。

 やはり、自分を裏切った情報紙発行会の関係者という部分で引っかかってしまっているようだ。

 頭で分かっていても、すんなり受け入れられないことってあるよな。

 

 自分が怒りを向けていた相手を一部であっても受け入れてしまうと、自分の怒りが間違っていたのではないかと、自分が間違っていたのではないかと、そんな不安が湧き上がってきてしまう。

 自分は悪くない。自分こそが被害者なのだという確固たる自信が揺らぐのは誰しも不安なものだ。

 

 この売り子女子も被害者なのだろう。

 それが分かっても、「そうか、じゃあ助けてやろう」とすぐに気持ちを切り替えられるヤツはそうそういない。

 そんなことが出来るのは、お人好しのジネットや聖女たるベルティーナ。

 そして、目の前の微笑みの領主様くらいだろうよ。

 

 もっとも、こいつらはそもそも他人をよく分からない状態で怒ったり憎んだりしないんだけどな。

 

 しょうがない。ここは俺が――と思った矢先、ゲラーシーが俺よりも先に動いた。

 

「コーリン卿。貴殿の気持ち、悔しさ、怒り、葛藤、それは十二分に分かる。だが、今は一時その拳を収めてはくれないだろうか。話を聞き、それでもなお許せぬと思うのであれば、その時は私もそなたに加勢しよう。だが、状況も分からぬままいつまでもこのような場所で、このような姿を衆目にさらすのは誰にとっても益はない。人望ある貴殿であれば、理解してくれると信じている」

 

 タートリオに語りかけ、そして微かにだが、頭を下げる。

 

「頼む。たったこれだけのことであろうと悪評に繋げようと暗躍する者たちがおるのだ」

 

 そして、チラリとエステラを見る。

 

「年長者の器というものを是非とも拝見させてはくれまいか?」

 

 往来で領主が情報紙発行会の女性を集団で泣かせていた。

 そんな悪評が立てば、エステラの評判が落ちる。

 ゲラーシーはそれを食い止めようとしている……のか?

 

 案外、さっきの話は本心なのかもしれないな。

 真っ向からぶつかった過去がありながら、現在は友好的に接している。

 そんな微笑みの領主に、こいつは恩義なんてものを感じているのかもしれない。

 

 へぇ……、エステラみたいなやり方でも、いや、エステラだからこそうまくいくことってのもあるんだな。

 

 

「エーリン卿」

「ゲラーシーでいい。年功は侮れぬことを見せつけられることがここ最近は多くてな」

「ですが、ワシはしがない等級無し貴族ですぞい?」

「等級など……」

 

 あははと笑い、ゲラーシーが今度は俺をチラッと見る。

 

「貴族ですらないただの男に手酷くやられた身としては、肩書きを笠に着てふんぞり返ることなど恥ずかしくて出来ぬさ」

「確かにな」

 

 ぬっと、ハビエルがゲラーシーの横から顔を出し、横目で俺を見る。

 

「肩書きなんかじゃ、人の価値は測れねぇよなぁ。なぁ?」

 

 ふん。知るか。

 俺に振るな。そっちの貴族同士でしていろ、そーゆーややこしい話は。

 

「もっとも、愚か者が肩書きを振りかざして暴れているのなら、それ以上の肩書きを持って叩き潰すがな」

「おぉ~怖い怖い。等級持ち様は怒らせちゃなんねぇよなぁ」

「貴殿が言うか、ギルド長。木こりのボスに勝てるのは狩猟と海漁のボスだけであろうに」

「いやいやいや、ワシなんか下っ端も下っ端だ。平民からの成り上がりだからな」

「私など、あの家に生まれただけのただの人間だ――有意義な時間を積み重ねてきた者たちとの差をまざまざと見せつけられて、おのれの不甲斐なさを嘆くばかりの毎日さ」

 

 ゲラーシーがなんか成長してる!?

 こいつ、そんなことを思っていたのか!?

 

 エーリン家に生まれて、生まれた瞬間から次期領主として生き、それが当たり前だとあぐらを掻いていたただのバカ坊やだったゲラーシーが!?

 マーゥルやドニスなんかを見て自分を不甲斐ないって?

 

 マーゥル、お前すげぇな!?

 こいつ、変革のスタートラインに立ってんじゃん!

 変化は気付きから始まる。その先に足を踏み出せた者だけが『本物』へ至る道に挑むことが出来るのだ。

 メドラやハビエル、マーゥルやデミリーのような、常人離れした強者どものいるおっかない世界を覗き込めるのだ。

 

「エーリン卿……いや、そなたの望み通りに、ゲラーシーと呼ばせてもらおうか。そなたにそこまで言われては、見せぬわけにはいかんじゃろうの、懐の広さというものをの」

「感謝する、コーリン卿」

「がはは、タートリオでよいぞい」

「では、タートリオ」

 

 タートリオとゲラーシーが笑みを交わした時、ぽふぽふと、手を叩く音が聞こえてきた。

 

「よく言ったわ、ゲラーシー」

「あ……姉上!?」

 

 そこにはマーゥルが立っていて、にこにこと笑みを湛えていた。

 

「あなたも、少しは見る目が養われてきたようね」

「…………っ」

 

 ゲラーシーが声を詰まらせる。

 マーゥルに褒められることはそうそうないのかもしれないな。

 嬉しそうだ。ちょっと泣きそうになってやがる。

 

 だが。

 

「でもね……」

 

 マーゥルが笑顔だったのはそこまでだった。

 

「いつまでその女性を地べたに座らせているつもりなのかしら? こんな人通りの多いところで貴族が大勢集まって女性を地べたに座らせたままだなんて……『醜聞』という言葉を百回書き取りしていらっしゃい」

「「「「は、はい……すみませんでした」」」」

 

 ゲラーシーを始め、エステラとタートリオ、そしてハビエルまでもが頭を下げていた。

 

 そうだよなぁ。

 途中から売り子女子、置いてけぼりだったもんな~。

 醜聞? もう手遅れだろう、これ。……はは。

 

 

 

 

 

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