異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

133話 たまには一人で -1-

公開日時: 2021年2月9日(火) 20:01
文字数:2,046

 本日、陽だまり亭分店は臨時休業である。

 

「ホームでの、パーティーやー!」

「「「飲めやー! 歌えやー!」」」

「こらぁー、お店の中で走るなですっ! すみませんです店長さん。あたしがきちっと叱るですから」

「いいえ。賑やかで楽しいですよ」

「……弟たち、妹たち、料理の手伝いを」

「「「「はーい!」」」」

 

 ハムっ子たちを呼んで、カレーお披露目会である。

 本格的に香辛料が手に入ったら教会のガキどもにも食わせてやらなきゃな。

 

 ……なんてのは、まぁ建前なんだけどな。

 

 これだけ賑やかなら、ジネットが寂しがることもないだろう。

 エステラは気にし過ぎだと言うが、あんな顔をされたら気になるっつうの。

 

「おにーちゃんはおでかけ?」

「あぁ。ちょっと四十一区までな」

「仕事と私とどっちが大事なのー?」

「……どこで覚えてくるんだよ、そういうの」

 

 ハムっ子たちの教育環境をもう一度見直した方がいいんじゃないだろうか……

 

「ヤシロさん。気を付けて行ってきてくださいね」

「おう」

 

 今回は敵情視察も兼ねて、いろいろとやっておきたいことがある。

 まぁ、どれもオフィシャルなものではないので、俺一人で行ってパパッと片付けてくるつもりだ。

 

 あとはまぁ……ちょっと一人になりたい気分でもあるしな。

 

「おにーちゃん! 四十一区に行くなら、僕らの力作みてきてー!」

「みてきてー!」

「みるべきー!」

「みろやハゲー!」

「おにーちゃんの、行く末やー!」

「誰の行く末が『髪が徐々に去りぬ』か」

 

 失敬発言をしたハム摩呂の頭をぐりんぐりんと強めに撫でる。

 

「ふぉぉぉお……お仕置き混じりの、お戯れやー……!」

 

 頭の毛がもはもはになったハム摩呂が、軽く目を回してふらふら歩いていく。

 いつまでも甘やかすと思うなよ。

 

「で、お前らの力作ってのはなんだよ?」

「「「精霊神様の彫像ー!」」」

「彫像なんか作ったのか?」

「……中央広場に設置されている。今大会のシンボル」

「精霊神様に見守ってもらえるって、向こうでは結構評判いいです」

 

 日頃から四十一区に行っているマグダとロレッタが注釈をつけてくれる。

 へぇ、そんなもんがあるのか。じゃ、ついでに見てくるかな。

 

「んじゃ、そろそろ行くわ」

「ヤシロさん」

 

 食堂を出ようとすると、いつものようにジネットがぱたぱたと駆け足で近付いてくる。

 

「お気を付けて」

「おう。あ、飯はリカルドあたりに奢らせるから、食ってていいぞ」

「お隣の領主様と、もう仲良くなられたんですか? すごいです」

 

 いいえ。全然仲良くないです。

 けど、そうでも言っておかないと、お前は夜中まで飯を食わずに待っているだろう?

 今日はちょっと動き回るからな。俺のことはいないものとして、普通に過ごしていてほしい。

 

「じゃ、行ってくる」

「はい。お気を付けて」

 

 改めて挨拶をして、俺は陽だまり亭を出る。

 

 まずは会場の様子を見に行って、リカルドにも会えれば会って、それから魔獣のスワーム退治に行くメドラにも会っておきたい。

 ついでに、以前マグダとロレッタが言っていた『物凄く食う男』ってヤツの情報も欲しいところだ。

 成果を最優先で考え、今日は奮発して馬車で行こうと思ったのだが、……それがまずかった。

 

「お、敵情視察か? 頼もしいな、ヤシロ!」

「いよいよ本格的に動き出したんだな。頼りにしてるぜ、大将!」

「バカねぇ。ヤシロさんが動いてるってことは、これはもう勝ったも同然ってことよ」

「じゃあ、そろそろ祝勝会の準備でも始めとくか?」

「さすがにそれは早いだろう!?」

 

 ガハハハと、馬車の中が賑やかになる。

 

 大会までの間、各区の領主の金で運用される乗合馬車には、今日も四十一区へ向かう者たちがたくさん乗っていた。

 ……どいつもこいつも、キラキラした目で俺を見やがって。

 

 適当に話をはぐらかしつつ、四十一区までの数十分間、俺は引き攣った笑みを顔面に貼りつけ続けた。

 頬の筋肉が軽く痙攣しちまったぜ……ったく。

 

 

 こうやって期待されんのは……やっぱ、なんか居心地が悪いな。

 

 

 そう、こんなのは俺らしくない。

 俺はもっと、こう……良識とかとはかけ離れた場所にいて……罵られ、蔑まれ、忌避されて、蛇蝎のように嫌われるくらいがちょうどいい男なんだ。

 

 かつて、何人もの人間を苦しめてきた、最低最悪の詐欺師なんだからよ。

 

 今さら、いい人ぶったところでな……

 

 称賛されるなんておかしいんだ。

 期待されるなんてあり得ないんだ。

 俺はお前らが思っているような人間じゃない。

 いいヤツだなんてのは錯覚で、お前ら全員騙されてるんだ。

 

 罵れよ。

 人を騙す最低なヤツだと、俺を罵れよ!

 ……誰か、俺を…………罵ってくれよ。調子が狂って、仕方ねぇぞ。

 

 四十二区の連中はバカがつくほどお人好しばっかりで、人を疑うということを知らない。

 とにかく俺のすべてに批判的で、やることなすことイチャモンをつけて、そのくせこっちの意見など聞く耳すら持っていないような性根の腐ったイヤなヤツでもいてくれりゃ、俺のことを非難し、罵ってくれるだろうか……とはいえ、そんな性根の腐った、うじうじねちねちしたヤツなんて…………一人しか知らねぇ。

 

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