異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

113話 四十一区の領主 -3-

公開日時: 2021年1月19日(火) 20:01
文字数:2,925

「あぁ、そうそう」

 

 部屋を一歩出たところで、リカルドが再びこちらに向き直る。当然、椅子に座り偉そうに体を仰け反らせてだ。

 

「来月末から、四十一区を通る人と物に通行税をかけるから」

「はぁっ!?」

 

 声を上げたのはエステラだった。

 折角出た執務室へ、再び踏み込んでいく。

 

「ど、どういうことだい!?」

「ウチの区を通り、四十二区へ持ち込まれる物と人、それから、持ち出される物と人に通行税をかけると言っているんだ」

「聞いてないよ、そんなこと!」

「なんだ、まだ届いてないのか?」

「届いて……?」

 

 そこで、リカルドはここ一番の邪悪な笑みを浮かべた。

 

「『手紙』を送っておいたぜ?」

「……手紙……」

 

『手紙』という単語に、どうもいやな響きを感じた。……なんだ?

 エステラを見ると、眉根を寄せて顔を顰めていた。

 こいつがこういう顔をする時は、何か思い当たる節があり、「あぁ、やってしまった」と思っている時だ。

 ……また、なんらかの嫌がらせか当て付けなのだろう。

 

「手紙との行き違いはともかく……物流のすべてに通行税をかけるというのは少々乱暴なのではないですか?」

「メイド如きが他区の領主に話しかけてんじゃねぇよ……どんな教育してんだ、お前んとこは? あぁ!?」

「……ナタリア」

「出過ぎた真似をいたしました」

 

 ナタリアが深く頭を下げる。

 だが、それは決してリカルドに対してではない。エステラに対してだ。

 

「まぁ、反省してんなら許してやるよ。俺は心が広いんでな」

 

 今『精霊の審判』を使ったら、どうなるだろうな。これであの野郎をカエルに出来なきゃ、精霊神、てめぇは無能だ。

 だが、領主に『精霊の審判』を使うってのは、まぁ宣戦布告みたいなもんだろう。もしかしたら、他の区……いや、貴族や王族をみんなひっくるめて敵に回す危険がある。……やめておく以外に選択肢はないだろうな。

 

「心の広い四十一区の領主様よぉ」

「……なんだよ、お前は?」

「通りすがりのイケメンだ」

「…………で? なんだよ」

 

 うっわ、スルーだよスルー。空気読めねぇヤツ。

 

「失礼ついでにこのメイドの質問に答えてくれねぇか? 心の広い領主様」

「……ケンカ売ってんのか?」

 

 心の広い領主様は酷く短気なんだな。

 尊敬しちゃいそうだよ。……けっ。

 

「まぁ、いい。どうせ手紙に書いたことだ。教えといてやるぜ」

 

 本当は最初から言うつもりだったのがありありと分かる。

 なるほどな。こういう性格なのか。

 出し惜しみして、焦らして、相手が興味を無くしたりもういいやという気分になったら自分から話す……結局は言わずにはいられないタイプだ。

 

 ほら、聞いてやるから話せよ。

 

「お前の区、街門を作るんだってな?」

「そ、そうだけど……でも、それは君にも事前に…………!」

「完成すりゃ、きっと多くの冒険者や狩人、木こりなんが利用するんだろうな」

「…………そ、そう、かもね」

 

 エステラの反論を封殺し、リカルドはたっぷりと含みのある声音で言う。

 ねっとりと絡みつくような、恨みがましい視線がエステラに絡みついている。

 あの目にこもっているのは……怒りか。

 

「そうなりゃ、ウチの街門の利用客は減っちまうよなぁ?」

「だから、それは以前にも説明した通り、街門の向く方角が違うから……っ!」

「はぁ!? 説明だぁ?」

 

 リカルドの喉から吐き出されるのは怨嗟の声。

 こいつ……ただの嫌がらせってわけじゃないかもしれない…………こいつをこうまでしているものは……一体なんだ?

 

「せ、説明は……すでに、十分してある…………はずだよ」

「十分か……あぁ、そうか」

 

 投げやりに両腕を振り上げ、だらりと降ろす。

 やる気が失せた時に見せるようなポーズだ。

 

「まぁとにかくだ。税収が減る分はどこかで補わなけりゃいけねぇ。四十二区が原因で不利益を被るんだ、四十二区に補填してもらうのが筋ってもんだろう?」

「四十二区が原因だなんて、そんなこと……」

「詳しくは、手紙に書いてある」

 

 また、『手紙』だ。

 

「十分な説明が書かれている『はず』だぜ。よく読んでおくんだな」

 

 ついにエステラが返事をしなくなった。

 こちらからはその表情は窺えないが……エステラの背中は怒りをあらわにしていた。

 

 北と西を崖に囲まれ、南側には外壁がある四十二区は、四十一区を通らないと他の区とは行き来が出来ない。すなわち、四十一区を封鎖されると、四十二区には人も物も入ってこなくなってしまうのだ。

 仮に入ってきたとしても、税金分が上乗せされて割高になる。

 

 リカルドの言う政策は、四十二区の街門を機能させないための妨害工作だ。

 こいつを黙ってのむわけにはいかない。

 あまりに理不尽な要求なら、きっと統括裁判所あたりが取り合ってくれるはずだ。

 なにせ、これを放置すれば、四十二区に物資が入ってこなくなる危険すらあるのだから。

 

「……君は、四十二区との間に争いを起こそうとしているのかい?」

「それはどっちだよ? 聞いたぜ? お前のところ、軍備を拡大してんだってな?」

「はぁ!? 言いがかりだ!」

「しらばっくれんじゃねぇよ!」

 

 椅子を倒し、けたたましい音を立てながらリカルドが立ち上がる。

 デカいな……180センチくらいはあるか……エステラとでは身長差があり過ぎる。いくらエステラが男っぽく振る舞ったところで、この体格差は埋まらない。

 

 威圧的なリカルドの態度に、エステラは半歩身を引いた。

 

「広場にはこれ見よがしに魔獣の頭蓋骨を飾り、兵士は数十人単位で増強したんだってな?」

「…………あっ!」

 

 リカルドの言葉に、エステラが反応を示す。

 俺も途中までなんのことだか分からなかったが……こいつ、あのゴロツキを追い払うために仕掛けた偽兵士の行進のことを言ってやがるのか。軍備拡大……外から見りゃそう見えるのか。

 

「領内でうまく隠蔽したつもりになっていたんだろうが……あいにくだったな。バカ正直なガキどもが嬉しそうに『領主領主』と大合唱していやがるって聞いたぜ? 領主のエンブレムが描かれた旗を振りながらよぉ!」

「いや、それは……」

 

 完全な誤解だ。

 だが、そう思い込んでいるリカルドの言葉は止まらない。

 

「軍備を拡大し、街門を開いて利益を得て……お前ら、四十一区に攻め込んでくるつもりだったんだろうが!」

「そんなつもりはない! なんなら、今ここで『精霊の審判』をかけてもらっても構わない!」

「ふん! そうはいくか! お前、随分と頭の切れる参謀を手に入れたそうじゃねぇか」

 

 頭の切れる参謀?

 嫌な予感がして隣を見ると、ナタリアが俺をジィッと見つめていた。

 前に向き直ると、エステラがこちらに視線を向けていた。

 ……よせ。見んじゃねぇよ。

 

「ここで俺に『精霊の審判』を使わせろと吹き込まれてるのか? そんなことをすりゃ、宣戦布告したようなもんだもんな。お前らからすりゃ、恰好のチャンスってわけだ。この四十一区を乗っ取るためのな!」

「だから、そんなつもりは微塵もないって!」

「じゃあ、証拠を見せろ!」

 

 詰め寄ろうとしたエステラの前に、リカルドの指が突きつけられる。

 

「……証、拠?」

「そうだ。お前たちに侵略の意思が無いことを示してもらおうか」

「ど、どうしろって言うのさ?」

 

 エステラが譲歩する姿勢を見せたからか、リカルドはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「街門の設置を白紙撤回しろ」

 

 

 な……なんだと!?

 

 

 

 

 

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