「持ってきたダゾ!」
「カールが関係ない花をいくつも取ろうとするから手間が増えたデスネ。一人で行けばよかったデスヨ」
カゴいっぱいに花を詰め込んで、ニッカたちが戻ってくる。
やっぱり、カールはダメだったか。
つか、こいつらが花を持ち出すのに障害はなかったんだな。
ギルベルタが付いていくと言わなかったってことは、その必要がないと判断したってことだろうし。
この地に住む虫人族ってだけで信用してもらえるもんなのかもしれないな。
「じゃあ、お前ら。もう一回出て行け」
「はぁ!? ふざけるなダゾ!?」
「扱いが酷いデスネッ!」
「うっせぇな。こっちの話がまだ途中なんだよ。ほら、シラハ。お前からも言ってやれ」
「おかわりぃ……」
あぁ、もう。どいつもこいつも……
「俺の言う通りにしなければ、さっきの蜜は作らない」
「出て行っておくれ。二人とも」
「「シラハ様が人間の言うことをすんなりとっ!?」」
カールとニッカが驚いて声を上げる。見事にユニゾンだ。仲いいなぁ、付き合ってんじゃないのぉ~? ひゅーひゅー。
……つか、俺もちょっとビックリだわ。
ここまで素直に従ってくれるとはな。
「ヤシロ…………ボクは君がちょっと怖くなってきたよ」
「言うな……俺のせいじゃない」
ここまで素直だと、なんだろう……ちょっと引くな。
シラハを思い通りに操るためには、餌付け。これしかないだろう。
俺はさっさと蜜をシェイクしてシラハへと渡してやる。
「あらあら、まぁまぁ。美味しそうだこと」
十数年ぶりに、失踪した我が子に再会したのかというような感極まった表情で花のカップを受け取り、愛おしそうに口をつける。
「はぁぁ…………この一杯のために生きてるのねぇ……」
肉体労働の後のビールかよ。
大袈裟過ぎるだろうが。
「そ、そんなに美味しいダゾ?」
「蜜を混ぜるなんて……変な物ではないデスヨネ!?」
「そう思うなら、お前たちも飲んでこいよ、花園で」
ここにある物は全部シラハ用なのでやることは出来ない。
そう説明して、カールにだけ「花園で蜜を飲んでこい、二人っきりで」と耳打ちをしておく。
「さぁ、行くダゾ、ニッカ! これも、えっと、たぶん、シラハ様のためダゾ!」
「はぁ? 関係ないデスヨネ? ちょっ、カール……ッ! 引っ張らないでほしいデスッ!」
強引に、カールがニッカの腕を引いて連れ出してくれる。
うんうん。男は多少強引な方がいいよな。うん。
あぁ、これで静かになった。
「手を繋いで花園に行くんでしょうね、あの二人は」
出て行く二人を見送って、ウェンディが微笑ましそうに笑う。
いやぁ……あの二人はそんな甘酸っぱいことにはならないと思うぞぉ……
しかしウェンディは、かつて自分もそうした経験があるからだろうが、何かを思い出したかのようにくすぐったそうにしている。
「爆発しろ。セロンが」
「ど、どうして今ここにいないセロンが!? あの、英雄様!?」
やかましい。
リア充が爆発するのに理由など必要ないのだ。
いつでもどこでも爆ぜてればいいのだ。
「さて。気は済んだか、シラハ」
「えぇ。とても美味しかったわ」
わがままモードが終了し、シラハが元の穏やかな表情を浮かべる。
こいつ、あれだな。夜中にお腹とか空いたら泣き出しちゃうタイプだな。
デリアに近いかもしれない。……節制しない分、デリアとは比べ物にならないくらい、シラハの方がもっとずっとはるかに厄介だけどな。
「で、どうなんだ?」
シラハが落ち着いたところで話を戻す。
こいつの本音を確かめるのだ。
「お前は、旦那に会いたいのか?」
こいつがイエスと言えば、そこから先は俺がなんとかしてやれる。
もしノーだった場合は……本人が望んでない以上、ルシアやジネットの協力を得ることは難しくなるだろう。きっと、その二人はシラハの意見を尊重するだろうし、四十二区の連中は、……なんとなくだが……ジネットの意見を聞きそうだ。
だからな、シラハ。
ここは大人しく『イエス』と……
「会いたく…………ない、わね」
………………マジでか。
張り詰めていた空気が少しだけ緩み……重く沈んでいく。
そうか……会いたくないのか。
こいつは、今の生活を……自分を支えてくれる周りの者たちを否定するようなことはしたくないのかもしれない。
「だってね……」
口が渇いたのか、シラハは花のカップに口をつけて、甘い蜜を喉へと流し込む。
んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ!
……いやいや。潤す程度でいいんじゃないか?
「だって……私…………」
ガブ飲みした後、花のカップを握りしめ、恥ずかしそうに頬に手を添える。
斜め下を見つめるようにして俯いて、ぽつりと、花が恥じらうような音を漏らす。
「……ちょっと、太っちゃったし」
「どの辺が『ちょっと』!?」
『ちょっと』太って『それ』なんだったら、お前はもともと物凄くまんまるだったってことだけど!? なら、気付かないんじゃないかなぁ、そんな『誤差』!?
「友達のジネットくらい細かったと聞いている、昔のシラハ様は」
「どこがちょっとだ、おこがましいっ!?」
『精霊の審判』でカエルにすんぞ!?
……いや、もしかしたら、本人が心の底から『ちょっと』って信じ込んでいたら、それは『ちょっと』って判断されるのか?
1トン単位で考えたら、100キロくらいは『ちょっと』の範囲か?
「つまりは、痩せさえすれば会ってもいいと、そういうことでいいんですよね、シラハさん?」
エステラがあいまいになった回答を明確にしようと、シラハに尋ねる。
そこはきちんと、本人の口から確証を得ておかなければいけないもんな。
「そうねぇ…………会いたい……わねぇ」
シワの刻まれた頬を薄く染め、シラハは幸せそうに微笑んだ。
旦那のことを思い浮かべるだけで、こいつはこんなにも幸せそうな顔をするのだ。
会わせてやりたい……よな。
そのためには痩せ…………られるのか、こいつ?
「とりあえず、口をまつり縫いにでもしてみるか」
強制的に食えなくすればなんとかなるだろう。
食い過ぎなんだよ、なんにしても。
「ご飯が食べられないと……私、死ぬわよ? 人殺し」
「穏やかじゃねぇ言葉をサラッと吐くな!」
お前を中心にしたあれやこれやで人種間がぎくしゃくしてるの理解してる!?
「では、健康的に食べて、適度なダイエットが出来れば、シラハさんは旦那さんにお会いすると、そういうことでよろしいでしょうか?」
微かに漂い始めかけた不穏な空気を払拭するように、ジネットが手を鳴らし状況を整理する。
食いながら健康的なダイエット…………出来るのか? なんかもう、すげぇ手遅れ感があるんだが……
「シラハ。お前、運動とか出来るのか?」
「そうねぇ。最近はよく運動するわねぇ」
意外な答えに、俺は柄にもなく目を丸くしてしまった。
正直見直した。
こんな体型になったら、動くのも億劫になりそうなのに……やっぱ、女はいくつになっても美しくありたいってことか。
「どんな運動をしてるんだ?」
「あっちむいてホイ」
「おい、ギルベルタ。何か殴る物を持ってきてくれ」
「申し訳ないが、了承しかねる、私は。生命の危機と判断する、シラハ様の。不許可思う」
あっちむいてホイのどこが運動だ!?
煮豆一個分もカロリー消費しねぇだろ、あんなもん!
「ヤシロちゃん、ヤシロちゃん。ジャン、ケン……ポン」
シラハに誘われて、俺はチョキを出す。
シラハはパー。俺の勝ちだ。
「あっちむいて、ホイ」
シラハを指さし、その指を右に向けると、つられるようにシラハの顔が俺から見て右に向いた。
俺のストレート勝ちだ。
「なんだよ、シラハ。お前すごく弱いじゃ……物凄く汗かいてるっ!?」
シラハの額から滝のように大粒の汗がダラダラ吹き零れていた。
火にかけっぱなしの鍋かというほど、次から次へと汗がしたたり落ちていく。
「はひぃ……はひぃ…………さ、酸素…………」
「お前、もはや手遅れレベルだぞ、それ!?」
あっちむいてホイで酸欠になるようでは、日常動作もろくに出来ないだろう。
こいつはもう一人では生きていけない体になっちまったんだな……
「これは、旦那に会う会わない以前に、痩せさせないと命にかかわるかもしれんな」
「そ、そうですね。もう少し節制をしないと、お体に障りますよね」
ジネット。そこはそんな風に遠慮しないで、「もっと痩せないと死ぬぞデブ」くらい言ってやればいいんだよ。
……いや、実際ジネットがそんなこと言ったらビックリするけどさ。
「けど、ヤシロ。ここにいると、ニッカたちが甘やかし続けそうで……正直ダイエットは無理なんじゃないかな?」
「あいつらの親切で人が死ぬのか? 考えもんだな、善人も」
度が過ぎるお節介はもはや悪だ。
「シラハを連れ出せれば、ダイエットくらいさせてやれるのになぁ……」
陽だまり亭にでも連れて行ければ、ジネットにバランスのとれた食事を作ってもらって、俺とマグダで適度な運動をさせて、ロレッタは普通に仕事して――完璧なダイエットが出来ると思うんだけどな。
「実際問題、連れ出すのは不可能だろうな。何より、私は許可を出せない」
ルシアの意見はもっともで、シラハを連れ出すなんてことになったらニッカたちだけでなく、ここら一帯に住む虫人族たちが猛反発するだろう。
しかも、その理由が『シラハを傷付けた旦那と会うため』ってんだから、尚更だ。
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