「ホント、お気の毒様だよなぁ……」
「むむっ……あたしを憐れむなら何かお仕事紹介してくださいです! ウチにはお腹を空かせた弟たちがわんさかいて、お金がたくさん必要なんですよ」
「誰がお前を憐れんでるんだよ」
「え? だって、お兄さん『お気の毒様』って……」
確かに言ったよ。『お気の毒様』って。
でもな。
「俺が憐れんでるのはあのイヌ耳店員だよ」
「パウラさんを、ですか?」
あいつは気が付いていないのだ。
今現在、溢れ返るほど店に詰めかけた客が、『何を聞いて来店したのか』ということに。
まぁ、立地がいいからな。これまで、特に何もしなくても客が入っていたんだろう。
俺がふらっと立ち寄ったのも、たまたまいい場所に店があったからだ。
この店だからと選んだわけではない。
だが、今店に詰めかけている連中は『この店に行きたい』と思ったヤツらばかりだ。
宣伝につられたのさ。
そう。
このロレッタが店の真ん前で盛大に展開した、盛大なコマーシャルを聞いてな。
「お前、働き口を探してるんだな?」
「おっ!? おぉっとぉっ!? その言い草は……どこかお仕事紹介してくれるですか!?」
うむ。勘もいい。
パウラとの会話を聞いていただけで、このロレッタの長所がいくつか発見できた。
まずは口がうまい。
ただのビールとソーセージをあそこまで表現豊かに語れるのは一種の才能だ。しかも、こいつはそれを素でやってのけた。カンペや脚本なしでだ。
そして、よく声が通るのも利点だ。
こいつの声はやたらと耳に付く。通りすがりの人間が何人も振り返っていたし、パウラが「いっつもしゃべっている」なんて言っていたのも、ロレッタの声がよく耳に付いたからだろう。
鼓膜に届き、記憶に残る声。これは得ようとして得られるものではない。
そして、この人懐っこさと勘の良さだ。
相手が何を望み、何をしようとしているのかを、こいつは感覚で理解しているのだ。
客が自分のソーセージを「食べさせたい」だなんて、普通ならあり得ない。けれど、ロレッタ相手にならやってみたくなる。ロレッタがそうさせているのだ。自覚の有無はともかくな。
甘え上手と言ってもいいだろう。
そして、その甘え上手が、宣伝においてかなり重要になってくる。
ただ「ここの飯は美味い!」と言ったところで宣伝効果としてはたかが知れている。
けれど、「こいつが言うなら食べてみようかな」と思わせることが出来れば、その効果は何倍にも膨れ上がる。
テレビCMに好感度の高いタレントが使われるのはそのためだ。
ここにいて、またはたまたま通りかかって、先ほどの騒動を耳にした者たちは思ったことだろう。
「こんなアホな子が夢中になるほど美味いソーセージ。そいつはきっと、掛け値なしに美味いに違いない。理屈や理論ではなく、このアホの子が絶賛するのは、単純に美味いからだ」と
グルメリポートというのは、理知的なインテリがうんちくを交えつつ論理的になぜこの料理が美味いのかを解説するよりも、笑顔が似合うちょっと抜けているイメージのタレントが少々大袈裟にはしゃいでみせる方が、美味しそうに見えるものなのだ。
本当に気の毒だな……こんな使える人材をみすみす手放すだなんて。
「ロレッタ」
「はいですっ!」
「給金や労働条件云々はまた後で説明ということになるが……」
と、前置きをして、俺はロレッタに手を差し伸べて言う。
「ウチで働いてみるか?」
俺を見上げるロレッタの瞳がみるみる大きくなっていく。
キラキラと星をばら撒くように輝いて、そして一瞬ウルっと揺らぐ。
大きく息をのんだ後、すがりつくように、取り逃がさないように、両手で俺の手をガシッと掴み、よく通る声で言う。
「はいっ! よろしくお願いしますですっ!」
デリアに続き、またしても俺の独断で勧誘してしまったが……
ジネットはきっとノーとは言わないだろう。
ただ、勝手なことをしたことは謝っておくべきだろうな。一言あるとないとじゃ大違いだ。
まぁ、そこら辺は帰ってから話をするとして……
「ロレッタ、お前には期待しているぞ」
「は、はいですっ! ドーンとお任せあれですっ!」
ぐっと胸を張るロレッタ。
まだ何をするかも知らないくせに物凄い自信の有り様だ。
しかし、実際うまくやってくれるだろう。
なにせ、こいつが語った接客方法は、俺が理想とする接客に酷似しているのだから。
顧客満足度を上げてリピーターを増やす。客には「自分は特別なのかも」という『勘違い』を起こしてもらうのが理想だ。
こいつの持つ、相手が望むものを探り当てる嗅覚と、人懐っこい甘え上手は最強の武器になる。
そして、何より……
陽だまり亭の店員は、これくらいバカなくらいでちょうどいい。
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