「こっちは、四十二区支部総出でかかるが……お前はどうする?」
「ワシ一人で十分だ! もっとも、給仕は何人か連れて行くがな。飯がまずいと仕事に身が入らんからな」
ハビエル対木こりギルド四十二区支部。
どっちにハンデがあるのか分からねぇな。オッズが荒れそうなカードだ。
これがメドラ対狩猟ギルド四十二区支部だったら……メドラの圧勝に終わるだろう。
そのメドラと同等の男、ハビエル……
「では、期日は明日の日没。ルールは、必ず四十二区の街門を通り外の森へ行くこと。そして、馬車を製作するための木材を用意すること。より高品質な木材を用意した方が勝ちだ」
「面白い! その勝負、受けて立つぜ!」
ハビエルが立ち上がり、クマのような太い両腕を広げて、クロスするように勢いよく閉じ、胸へと打ちつける。
スクラップ工場に響いていそうなデカい衝突音が鳴り、部屋の壁が振動する。
あの腕と胸の間に挟まれたら背骨が粉々になるな、確実に。
「お前が勝ったら、ワシの馬を好きなだけ貸してやるわ!」
よし。言質ゲット。
「その代わり、ワシが勝ったら…………」
ハビエルの瞳が獰猛な獣のようにギラリと輝く。
「妹たんにすりすりさせろっ!」
「それをした瞬間、縁を切りますわ」
獰猛な獣の目を、ブリザードが吹き荒れる極寒の視線で睨みつけるイメルダ。
獣が「くぅ~ん……」と、丸く小さくなっていく。……吹雪にさらされると、動物ってそうなるよね。
「じゃ、じゃあ……妹たんたちに、『ハビエルおじさんカッコいい』って言われたい……」
だからよぉ、オッサン……どうしても妹たちじゃなきゃダメなのか?
「ロレッタで我慢しとけよ」
「いやじゃい! 妹たんたちじゃなきゃダメじゃい!」
あぁもう末期だな、このおっさん。
どうしても年齢二桁が許容できないらしい。
「分かった。俺が妹たちに話してやろう!」
「よっしゃぁああっ! 言ったな! 聞いたぞ! もし約束を反故にするようなことがあれば、四十二区全員を敵に回しても貴様をカエルにしてやるからな!?」
「ははっ……そうなったら私も敵に回りかねないよ、スチュアート」
ドン引きしている親友デミリーの言葉も届かず、ハビエルは猛々しく吠える。
「この勝負、何がなんでも必ず勝つっ! たとえヤシロを八つ裂きにしようとも! どんな卑怯な手を使おうともっ! ワシはこの一勝を必ずやもぎ取って見せるぞっ! イメルダッ! 新しいママが出来るかもしれないから、心の準備をしておきなさいっ!」
「あら。見ず知らずのオジサンが何か大声で言っていますわ」
縁切られちゃってるぞ、ハビエル!?
ちょっとはしゃぎ過ぎたんじゃないか!?
「…………な~んちゃって」
可愛くおどけてみせるハビエルだが……手遅れ感満載だな。つか、可愛くねぇわ。
「こ、こほん! ま、まぁ。そのあたりのことは、あとでヤシロと話を詰めるとしてだ……」
ハビエルがちらりと視線を向けてくる。
要するに、イメルダのいないところでこっそりご褒美を決めたいってことだろう。
……こいつ、妹たちの称賛を譲る気ねぇな。
まぁ、ハビエルが食いついてくれるなら、俺も最善を尽くすつもりだけどな。
当然、妹たちに負荷をかけない範囲でだ。
すりすりとかしたら、イメルダをはじめ、四十二区の全女性に言い触らす。
そうすれば、三日と経たずに変わり果てた姿をさらすことになるだろう。
ウチの女性陣は怖いからな。
あ、いやいや。
『頼もしいからな』だ。
「とにかく、その勝負は受けて立つ! 万が一にも、ワシが負けるようなことがあれば、ウチの馬を好きなだけ使わせてやるわ!」
そう言った後で、「その代わり、な? 分かるよな? よろしくな? あ、口に出さなくていいから。な? お前なら分かるよな?」みたいな必死な訴えを視線に込めて飛ばしてくる。
……やめろ。オッサンのウィンクとか一切欲しくねぇから。
「ふっふっふっ……オオバ君、考えたね」
デミリーが訳知り顔で俺に身を寄せてくる。
そしてそっと俺の耳元に顔を近付ける。
「……この勝負に便乗して、馬車に使う木材を手に入れようって魂胆だろう? 分かっているよ。勝負は『ついで』なんだ。なにせ、スチュアートに木こりの仕事で勝てるわけがないものね。あぁ、いいんだ。君を責めるつもりはない。ただね、私も君と付き合うようになって少し利口になったんだよ。君が考えていることを、見抜けるくらいには、ね」
「デミリー……」
長々と耳元で話したデミリーに、俺は一言だけ言っておく。
「……眩しい」
「そんな反射してないよね!? 不快になるほどはさぁ!?」
ふん。
オッサンの囁きを長々と聞かされた俺の身にもなれってんだ。これくらいの反撃は許容してもらわないとな。
確かに、馬車で使う木材は勝負の『ついで』として頂戴するつもりだ。
敢闘賞とかいってな。
だが、デミリーの考えは順序が違う。
デミリーが言っているのは、俺が木材を無料で手に入れるために勝負を持ちかけた……というものだ。勝負は『ついで』と。
だが、『ついで』なのは木材の方だ。
俺の主目的はその勝負にこそある。
正直、木材なんか、ウーマロが「うはぁ! いい木材ッスねぇ!」って驚くくらいの効果しかないのだ。一般客には加工された木材の良し悪しなんか分かりはしない。
だが、馬は違う。
ハビエルの育てた馬は、毛並みから筋肉、顔だちと、何もかもが他とは違うのだ。
纏う風格すら違う。
美しい馬が新郎新婦を乗せた馬車を引く。
それこそが絵になるのだ。
そのための勝負だ。
俺はハビエルに勝ち、そして、馬を借りる。
これは揺るぎない決定事項だ。変更はあり得ない。
そのための秘策を俺は持っている。
そして、そいつの使用を『ハビエル自身』が許可したのだ。
「ハビエル。お前の力は十分過ぎるほど理解している。だから、こっちは遠慮なく四十二区支部の力を使わせてもらうぜ。お前の目には卑怯だと映るくらいにな」
ハビエルとの関係を壊すつもりはない。
この勝負は、あくまでハビエルの親切心をくすぐるためのショーなのだ。
だから、騙して、嵌めて、欺いて勝利をもぎ取るような印象を与えたくはない。
……まぁ、騙して、嵌めて、欺いて勝利をもぎ取るんだけどな。
「ふははっ! 随分と殊勝じゃねぇか、ヤシロォ。お前はそんなにバカ正直な男だったか?」
こうやって笑ってくれるうちは、多少卑怯なことをしても笑い飛ばしてくれるだろう。
だからこそ……存分に卑怯なことが出来るってもんだ。
「どんな卑怯な手でも構わねぇ! ワシに勝てるなら勝ってみろっ!」
「よし。じゃあ、イメルダ。頼む」
「お父様――」
俺はイメルダの背を押し、ハビエルの前へと押しやる。
イメルダは整った顔立ちをキリッとさせて、淀みのない声で言い放った。
「本気を出すと、嫌いになりますわよ」
「それは卑怯過ぎるだろう、ヤシロよぉ!?」
ハビエルキラー炸裂である。
イメルダに嫌われることが、ハビエルの最も恐れることなのだ。
「だがしかしっ! イメルダよ。お前も木こりギルドの一員なら分かるだろう? 森を目の前に、本気を出さねぇヤツは木こり失格だ! イメルダがなんと言おうと、それだけは曲げられん! 曲げるなら、ワシは木こりをやめるっ!」
「お父様…………」
ハビエルの、迷いのない一言に、イメルダはグッと胸を押さえる。
「……お父様の、おっしゃる通りですわ。森の中で手抜きをするお父様を、ワタクシも見たくはありませんわ」
木こりとしてのプライドが、勝利をも凌駕した。
あぁ、こりゃダメだな。
こうなったら、この二人を言いくるめるのは不可能だ。
こいつらは、木こりとしてのプライドを、何があっても捨てたりはしない。
まぁ、そんなもんは分かってたけどな。
こいつはあくまでジャブだ。
本丸は、もっと違うところにある。
「そういうことだ、ヤシロ。ワシは本気で行くぜ!」
「あぁ。…………俺もだ」
それじゃあ見せてやるよ、ハビエル……
詐欺師の、本気ってやつをな。
「では、この勝負。不肖このアンブローズ・デミリーが立ち合い人となるよ。お互い、正々堂々と、健闘するようにね」
「あぁ! 任せとけ!」
デミリーが言い、ハビエルが賛同する。
そして、俺は……
「う~ん……正々堂々かぁ…………それはどうかなぁ……」
難色を示してみた。
いや、だって、……なぁ?
正々堂々とは、なぁ?
「オオバ君……そこは嘘でもさぁ……ね? そんなことでカエルにしたりしないからさぁ……」
困った子を見るような目を俺に向けるデミリーに見守られて、俺とハビエルの対決は火蓋を切った。
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