異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

321話 洞窟の調査 -1-

公開日時: 2021年12月18日(土) 20:01
文字数:3,514

 静まり返る港に、遅れてやって来たナタリアの声が響く。

 

「おや、随分と物静かですね」

「あぁ、ナタリア。実は――」

 

 振り返ったエステラが硬直し、言葉を失う。

 それもそのはず、ナタリアはワンピースながらもとっても際どいハイレグの水着を身に纏い、ブーブークッションの応用で開発されたなんちゃってビーチボールを小脇に抱えていたのだから。

 

「なんて格好してんのさ!?」

「いえ、海へ行くと伺ったもので」

「その格好でここまで来たのかい!?」

「住み慣れた四十二区は全域、私の庭のようなものですから」

「庭でもその格好はアウトだよ!?」

 

 海だ、海だ、ひゃっほ~い☆ と、水着でここまで来たらしい。

 道中、すれ違った人々はさぞ驚いたことだろう。

 しかしながら――

 

「あざっす!」

「この重々しい空気の中でも、自重する気が一切ないですね、お兄ちゃんは!?」

「……ヤシロだから仕方ない」

 

 真心には誠意をもって応えるべきではないだろうか。

 俺はそう思う!

 

「それで、何か問題でもあったのですか?」

「うん。とりあえず、ウチの給仕長に大問題が発生しているよ……」

 

 こめかみにしわを寄せながらも、エステラが状況を説明する。

 カエルを見たという大工たちも、恐怖に青ざめていた顔にほんのり朱が差して、幾分心を持ち直したように見える。

 エロスは偉大だなぁ。

 

「なるほど。それは調査の必要がありますね」

「うん。湿地帯からカエルが出てくるなんて考えにくいんだけど……」

「見間違いっていう可能性はないですか、大工さん?」

「え……あぁ……う~ん……」

 

 ロレッタに問われ、大工が自信なさげに口をつぐむ。

 

「確かに、じっくりと見たわけじゃないんだが……」

「でも、なぁ? あの姿は……」

「あぁ、人間だとは思えなかったぜ」

「そもそも、洞窟の中に俺たち大工以外の人間がいるわけねぇし」

「どう見ても大工ではなかったよな? 筋肉も全然なくて、ヒョロヒョロでよ」

「あぁ、なんつーか、『俺らとは違う生き物』って感じだったよな」

 

 カエルを見たと騒いでいた大工たちが、互いの顔を見合わせて情報のすり合わせをしていく。

 どうやら『カエルらしき何か』の影を見て、一人の大工が『カエルだ!』と叫び、その言葉が真実として脳に処理されてしまい、全員で『カエルが出た!』と大騒ぎして逃げ出してきたということらしい。

 

 つまり、カエルじゃない可能性もある。

 とはいえ、工事中の洞窟の中には大工以外いないし、一般人や子供が紛れ込むようなこともないだろう。

 大工が見た影はヒョロヒョロで小柄だったそうだし、可能性があるとすれば子供なんだが……

 子供が紛れ込んでいるなら、それはそれで問題だ。

 

「とりあえず、一度調査に行ってみようか」

 

 エステラが言うと、大工たちの表情が曇った。

 なんだ?

 そんなにカエルが怖いのか?

 確かに、群れに取り囲まれた時は驚いたが、街の中で見たカエルはひょろっとしていてそんな怖そうには見えなかった。

 おそらく、そこまで凶暴ではないだろう。

 こんなガチムチの大男たちが集団で怯えるような相手ではないと思うんだが……こいつらの怖がり方は、ちょっと異常だな。

 

「大丈夫だよ。カエルは湿地帯から出てきたりはしない。きっと見間違いさ」

「そ、それは、そう……なんですけどよぉ……な、なぁ?」

「あ、あぁ……なぁ?」

 

 バツが悪そうにエステラから顔を背ける大工たち。

 改めて大工を見てみれば、見覚えのない顔ぶれだ。おそらく他区の大工たちだろう。カワヤ工務店の連中でもなさそうだ。本格的に見覚えがない。

 年のころは三十代から四十代ってところか。

 

「もし、カエルだったら、呪いをもらっちまいそうで……」

「こらっ、バカ!」

 

 震える大工が思わず呟いた言葉に、別の大工が焦って黙らせる。

 そして、ほぼ同時にエステラの表情が曇った。

 

「あぁ、いや! 違うんですよ? 俺らも、あんな噂、信じてるってわけじゃないんですが、ただほら……なんつうか、一応、その――」

「もういいッス! お前ら全員黙るッス」

 

 これまで聞いたこともないようなウーマロの低い声に、大工たちが全員息を呑み、強制的に口を閉ざされた。

 

「すいませんッス、エステラさん。こいつら、四十二区に来たばっかりで、街のこととか全然分かってないッスから……」

「いや、……うん。まぁ、しょうがないよね」

 

 悲しさを噛み殺して無理に微笑もうとするエステラ。

 だが、その試みは盛大に失敗している。

 笑えてねぇぞ、お前。

 

「……湿地帯の大病は、呪いである――そんな噂が蔓延していたのです」

 

 背後にそっと寄り添い、ナタリアが俺だけに聞こえる声で教えてくれる。

「ヤシロ様は既知かもしれませんが、念のため」と、そんな注釈をつけて。

 

 そう。

 エステラとデミリーから聞いた『湿地帯の大病』の話。その中で、その原因はカエルの棲む湿地帯から来た病原菌だとされた。

 それ故に、当時の心無い連中は『四十二区の民が精霊神の怒りに触れたせいで呪われたのだ』と噂した。

『精霊神に見捨てられた者たち』と、四十二区を蔑む輩もいたそうだ。

 

「今の四十二区を見れば、あんな噂が根も葉もないデマカセだったってよく分かるッス。四十二区は、精霊神様の寵愛を受けているのかと思えるほど豊かで穏やかで、すごく素敵な街ッス」

「……くす。ありがとね、ウーマロ」

「やはは……、照れくさくて言えないだけで、いつもそう思ってるッスよ、みんな」

 

 ウーマロの気遣いに、エステラの笑みに柔らかさが戻る。

 

 だが、四十二区の外では、いまだにそんな噂を真に受けているヤツらがいる……いや、おそらくそう思っているヤツの方が多いのだろう。

 一度広まったセンセーショナルな噂はあっという間に根付き、そして、その後のことは誰も気にしない。

 

 日本でも、災害で大きな被害を被った町の映像はセンセーショナルに報じられ人々の心に深く刻み込まれるが、その後の復興した姿はさほど報じられない。

 むしろ、復興後の様子に興味を抱く者などほとんどいない。

 まったくの他人事だからな。

 

 そして、そんなことは忘れて普通の生活を送りながらも、その町の名を耳にすると「あぁ、あの災害で酷かったところ?」と、その当時のイメージのまま思い出したりするのだ。

 災害などの同情的な報道ならいざ知らず、それが未知のウィルスや『呪い』なんて忌避感を煽るようなものであれば……人々の心には当時の印象のまま『忌避するもの』として残り続けるのだ。

 確証はなくとも「なんとなく怖い」「よく分からないけれど気味が悪い」と。

 

『呪い』なんてものは、今の四十二区のどこを見たってその片鱗すら見出せないってのにな。

 

「じゃあ、ヘタレな大工は残して、俺たちだけで調査に行くか」

「ヤシロ……」

 

 ほっとしたような、困ったような顔でエステラが俺の胸を小突く。

 

「彼らをいじめないようにね」

「そんな意図はねぇよ」

 

 知らず、言葉に棘が出ていたらしい。

 ヘタレの大工が六人、身を寄せて泣きそうな顔をしている。

 

「それじゃあ、オイラも一緒に行くッス。洞窟の内部は熟知してるッスから」

「私も行く~☆ 船の操縦は任せて☆」

 

 工事責任者のウーマロとマーシャが名乗りを上げてくれた。

 こいつらがいると心強い。

 

「……マグダは?」

「ここでジネットたちを守ってやってくれ。一応、外の森の中だしな、ここは」

「……分かった」

 

 こっちは、ナタリアに同行してもらうことにする。

 もう一人くらい頼りになるヤツがいてくれるとありがたいんだが……

 

「……アルヴァロを呼んでくる。これは、狩猟ギルドにとっても重要な調査になるから」

 

 言うや否や、マグダがトップスピードで駆け出す。

 あっという間に港を駆け抜け、警備隊がいる詰め所へと飛び込んでいった。

 

「ジネット、ロレッタ。ちょっと行ってくる。弁当、食えなくて悪いな」

「いえ。気を付けてくださいね」

「店長さんとカニぱーにゃテレさーにゃはあたしたちがきっちり守るです!」

 

 ほぅ、テレサの呼び名はカンパニュラに合わせたのか。

 すげぇどーでもいい情報を得てしまった。

 

「出発前に、お一ついかがですか?」

「そうだな。エステラ、ちょっと食っていこう」

「うん。じゃあ、エビフライをちょうだい」

「はい。ヤシロさんは?」

「じゃあ、アジフライを」

 

 ジネットがてきぱきと小皿に取り分けてくれたフライを喰らう。

 うまい!

 じっくりと味わって食いたかったよ、これ。折角いい天気なのにな。

 

「ヤシロ様、エステラ様」

 

 きりっとした声で、ナタリアが俺たちを呼ぶ。

 振り返ると――

 

「少し、この格好が恥ずかしくなってきました」

 

 ――内股でもじもじしていた。

 一人だけ水着ってのもそうだし、なんかシリアスな空気になっちゃったのも計算外だったな。

 

 もういいから、さっさと服着ろ。

 どっちにせよ、海に入れるような気温じゃねぇんだからさ。

 

 

 

 

 

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