「わたし、ロレッタさんにきちんとお話をしなければいけないようです……出来れば、パウラさんとネフェリーさんにも」
震える唇をきゅっと噛み締め、白い指先に力を込める。
ジネットが、怒っている。
とても静かに。けれど、確実に。
「食事を放棄するなんて……わたしは、許せません」
「ジネットちゃん……」
親友の珍しい表情に、エステラが戸惑いを見せる。
フォローするように声をかけるが――
「でも、ほら。年頃の女の子だし、綺麗になりたいって気持ちは理解できるし、ボクも。だから、そんなに怒らないで……」
「いや、それは違うぞエステラ」
――その発想は思考の方向が真逆だ。
「綺麗になりたいなら、なおのこと食事をしっかり取るべきなんだ」
「で、でも……ボクも経験があるけれど、美味しいからってたくさん食べると、……その……体重が…………お腹も、ぽっこりするし…………ヤ、ヤシロには分からないかもしれないけれど、女の子はそういうの気になるんだよ」
「アホか。俺も気にしとるわ」
ハロー効果というものがある。
乱暴にまとめると、最初の印象がその後すべてのイメージを左右するというものなのだが、これがバカに出来ないほど影響力が大きい。
たとえば、イケメンが爽やかに「これ、美味しいから食べて」とクッキーを渡せば、女子は「優しい」「嬉しい」と喜んでそのクッキーを食べるだろう。
が、根暗そうなヤツがぼそぼそと「これ、美味しいから食べて」と同じクッキーを渡しても、女子はきっと身構えてしまうだろう。「何か入ってるんじゃないの?」と。
そんなハロー効果を面白おかしく揶揄したのが、「ただしイケメンに限る」というヤツだ。
一流の詐欺師としてそのハロー効果を最大限活かすために、俺は常に肉体管理を怠ってはいない。
食い過ぎれば節制するし、適度に運動もしている。
「だからこその、このイケメンだ!」
「君のその自信の出所はともかくとして……それでも、やっぱり女心としては、さ……」
エステラが妙に食い下がってくる。
……さては。
「お前、三人の中の誰かに相談を受けたな」
「…………」
急に口を閉じたエステラ。
それは自白と同義だ。
「それで、俺には黙っていてくれと」
「…………」
「ってことは、他に相談できる相手がいない……ロレッタか」
「君は……まったく」
ふぅ……っとため息を吐いて、エステラが観念したように肩をすくめる。
「ボクは、君が怖くなる時があるよ」
俺の隣の椅子を引き、そこに腰掛けて、エステラは話し始める。
心の中でロレッタに謝ってでもいそうな顔で。
「ロレッタはすごく悩んでいたんだ。最悪の場合、陽だまり亭を離れなければいけないかもしれないと、真剣に悩んでしまうほどに」
短く息を吸ったのはジネットと、マグダ。
そうか……そこまで。
「太ったくらいで、おられへんようになる店やないやろうに、陽だまり亭は。それとも、自分が決めとるんかぃな? ある一定以上太ったらクビや~いぅて」
「あるわけねぇだろ」
「……冗談や。すまんかったな」
ちょっと、八つ当たりしてしまった。
が、おかげで脳の熱が少しだけ下がった。
カッカしていたことに自分で気が付けるほどには。
「おそらく、ロレッタは痩せたいと思った。そのために手っ取り早いのが食事制限だった。……もしかしたら、運動している時間がなかったのかもしれないが……とにかく、あいつは飯を抜いた」
はぁ……と、はっきりと聞こえるため息を、ジネットが吐いた。これもまた珍しい。
「で、あいつをそこまで追い込んだのは……」
「……仕事での、ミス」
マグダが、俺より先んじて答えを言い当てる。
ロレッタが落ち込んでいた理由には、こいつも気が付いていたのだ。ただ、気が付いてもなお、なぜそんなことに悩んでいるのかが分からなかった。
ミスをしてしまったのなら、次にミスをしないように対策を立てればいい。
ロレッタはそれをしなかった。そこが、俺たちは不思議だった。いつも、これまでのあいつらしくもなかったから。
「仕事でミスをしても、あいつには対策を立てることが出来なかった。……おそらく、なぜ自分のミスがなくならないのか、あいつ自身が理解していないから」
原因は分かっているのだろう。食事を抜いたせいでボーッとしていたと。
空きっ腹の状態で、あんなにも美味そうな匂いが充満し、美味そうな料理が行き交う仕事場で働くのは相当つらかっただろう。
匂いは空腹中枢を刺激する。
そして、空腹は人の注意力を削ぎ落とす。
受けた注文を忘れないように小声でリフレインしながら厨房へ行くなんて、そんな子供じみた対策しか考えつかないくらいに、ロレッタの脳みそは回っていなかった。
そして、そんな原始的な対策ですら、あいつは実行できていなかった。
そのことに、焦ったんだろうな。
「焦りは、じわじわと心を摩耗させ、やがて思考が完全にネガティブな感情に侵食される。『こんなミスをしてしまう自分はダメなヤツだ』……ってな」
「だから、あんなに悩んで……」
知りながら、深いところまで踏み込めずにいたのであろうエステラが闇の深淵を覗き込むように視線を鋭くさせる。ともすれば、自分を責めているようにすら見える表情で、固い決意の元口を開く。
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