「それじゃ、行ってくる」
「留守をお願いしますね」
お兄ちゃんと店長さんが、ちょっとした荷物を抱えて出かけていったです。
陽だまり亭は開店前。
今日は、開店からトップ二人が不在です。
ちょ、ちょこっと、震えていたりしますが、これは武者震いです!
責任重大です……っ!
「……ロレッタ」
お兄ちゃんたちの背中が見えなくなってから、マグダっちょがぽつりと呟いたです。
「……マグダは昔、お留守番は役に立たない子供がやらされるものだと思っていた」
マグダっちょのご両親は凄腕の狩人だそうです。
確かに、幼い子供ではお役には立てず、危険なので家で留守番させておくのが一番です。
あたしの家でも、お仕事が出来ない弟妹は家で留守番です。
「……でも」
マグダっちょがこちらを向いて、力強い半眼であたしを見上げてきたです。
「……今は、違う」
まっすぐにあたしの目を見て、拳を握って、あたしに同意を求めるように、言うです。
「……マグダたちは、陽だまり亭を任された」
「そうですとも! 戦力外どころか、戦力……いや、主戦力と認められたがゆえのお留守番です! 店長さんとお兄ちゃんの留守を任せられる人材は、あたしとマグダっちょをおいて他にはいないということです!」
「……今、この瞬間、陽だまり亭の責任者は、マグダとロレッタ」
「責任重大です! 何がなんでも店長さんとお兄ちゃんの留守を守りきるです!」
そう、あたしたちは託されたのです!
店長さんの、何よりも大切な場所を。
お兄ちゃんの、心安らげる特別な場所を。
そして、あたしとマグダっちょの居場所を!
「開店からの半日、陽だまり亭を死守するです!」
「……うむ」
「いやむしろ、守りに徹せず攻めるです! 店長さんとお兄ちゃんがいないからこそ出来るサービスで新しい陽だまり亭の扉を開けるです!」
「……ロレッタがそう思うならばそうすればいいと思う。まぁ、マグダはやめておいた方がいいと思うけれど」
「ちょっと待ってです、マグダっちょ!? その『一応止めたからね』的な保険のかけ方ズルいですよ!?」
「……マグダは真面目に働く。マグダ『は』」
「あたしだって真面目に働くです! あぁ、よくよく考えたら、自分勝手に『こうすればきっと楽しいです!』って行動するとあとでお兄ちゃんにめっちゃ怒られるパターンです! やめておくです! 今日はもう、言われたことだけを淡々とこなすDAYにするです!」
店長さんが午前中に出るであろう料理の下ごしらえを済ませてくれているです。
というか、もはやほとんど完成品です。
あとは温めて盛り付けて運ぶだけです。
焼き鮭定食の鮭だけは注文が入ってから焼くですけどね。
むふふ……『焼き』は任せてもらえるです! ふふん! えっへんです!
……まぁ、塩も振ってあるですから本当に焼くだけなんですけども。
仕事の幅が増えるようにと、あたしたちは空いた時間にちょこちょこ料理を教わっているです。
あたしは『焼き』を、そしてマグダっちょは『炒め』を!
「……揚げ物こそ、提供できないけれど――」
「まぁ、朝一で揚げ物を頼むお客さんはそうそういないですけどね」
「……『炒め』担当のマグダと――」
「『焼き』担当のあたしが揃えば、怖いものなしです! 向かうところ敵なしです!」
「……おまけに、味付けは店長なので間違いない」
「なんかあたしたち、いいとこどりです! いいんですかね、こんな贅沢なポジション!?」
「……お客の『美味しい』を二人占め」
「むはぁああ! たまらんです!」
今日は、なんだか特別な一日になりそうな予感です!
「……店長とヤシロが不在でも、陽だまり亭は揺るがない」
「そうです! あたしとマグダっちょがいる限り、陽だまり亭は安泰です!」
「……『シャケバーナー・ロレッタ』」
「むはぁあ!? なんかカッコいい二つ名が付いたです、あたし! やったです!」
「……そして、『ベジタボーシェイカー・マグダ』」
「マグダっちょもカッコいいですっ! …………でもそれ、かき混ぜてるだけでたぶん熱が加わってないです!?」
「……では、『ホットベジタボー・マグダ』」
「『温野菜』です!? マグダっちょが今、温野菜にっ!?」
「なぁ、姉ちゃんたちさぁ……」
盛り上がるあたしたちの前に、弟×2が現れたです。
長男と次男のしっかり者コンビです。
「……いいから、開店準備しなよ」
「むっ! 長男のくせに正論を! そもそも何しに来たです、あんたたち?」
「お兄ちゃんにさ、『あいつら絶対遊ぶから見張りに行ってくれ』って」
信用ゼロですか、あたしたち!?
しかも弟たちに監視されるなんて、長女のプライドがズタズタです!
「……というのは建前」
「へ? そうなんですか、マグダっちょ?」
「僕もそうだと思うなぁ」
長男もマグダっちょと同意見だそうです。
むむむ? 分かってないの、あたしだけですか?
「だってさ。ついこの間、あんなことがあったばっかりでしょ? お兄ちゃん、きっとお姉ちゃんとマグダたんのことが心配だったんだよ」
次男が言う「あんなこと」とは、陽だまり亭がガラの悪い男たちに占拠された日のことだと思うです。
お兄ちゃんとエステラさんの活躍であのガラの悪い男たちはもう二度とここへ来ないはずです。お兄ちゃんがそう言ってたです。
……でも、それでも心配してくれるのがお兄ちゃん、なんですよね。
むふふ。
お兄ちゃん、優しいですっ!
「じゃあ、あんたたちは陽だまり亭の用心棒です!」
「まぁ、マグダたんより頼りになるとは思えないけどね……」
長男がそんなことを言うですけど、やっぱり男の子がいてくれると何かと心強いです。
ちなみに、この二人は他の弟たちみたいにいろんな職場に派遣されるのではなく、一貫してウーマロさんのところでお仕事をしているです。
そのせいか、マグダっちょのことを『マグダたん』と呼ぶんですよね……ウーマロさん、ウチの弟に変な影響与えないでほしいです。
「……用心棒だけではダメ。陽だまり亭にいるなら、相応の働きを要求する」
「うん。任せて。大工以外の仕事って初めてだから、結構わくわくしてるんだ」
「僕たち、何をすればいいかな?」
「……ピンチヒッターは、不足している部分を補うことが大切。今、陽だまり亭は男手が不足している」
「つまり、力仕事をすればいいんだね!」
「……否定。そもそも陽だまり亭の男手(ヤシロ)は力仕事をほとんどしない」
確かに、お兄ちゃんはウチでも下から二番目に非力です。
あたしの方が力持ちです。
「お兄ちゃんの代わりをするの……なんか荷が重いんだけど」
「具体的に、何をすればいいかなぁ?」
「……では、このセリフを二人で読んで」
いつの間に用意したのか、マグダっちょがウチの長男次男にメモ紙を渡すです。
そして、そこに書かれた文章を音読する長男次男。
「むむっ! 今、向こうの方でおっぱいが揺れる音がした!」
「マジか!? もし落ちていたら拾いに行かなければ!」
「そうしたら、一割はもらえるかもしれないしな!」
「FカップならAカップくらいは手元に残るかもしれんな、わっはっはっ!」
「……うむ。これでいつもの陽だまり亭らしくなった」
「いつもこんな感じじゃないですよね!?」
マグダっちょ、一体何を見ているですか!?
「……ヤバいぞ、弟」
「……ヤバそうだね、長男」
「これ、絶対必要ない役割だ」
「でも、逆らえない雰囲気だね」
「「お兄ちゃん、早く帰ってきて……」」
「ほらほら、泣き言言ってないで、さっさと準備するですよ! こっちがもたつこうが遅れようが、太陽は待ってはくれないですよ!」
そうです。
店長さんが不在でも、お兄ちゃんがいなくても、太陽は変わらない速度で昇り、そして開店時間がやってくるです。
空を見上げれば、まぶしい朝陽が降り注いでいるです。
いつも変わらずそこにいて、いつもと変わらず温かい陽だまりを作る。
百年後も、千年後だってそれは変わらず、いつまでも繰り返されるです。
それと同じように。
十年先も、きっと百年先も――
「……十年先も、きっと百年先も、陽だまり亭はここでお客様を迎え入れてくれるはず」
「むぁああ! 今まさに、あたしがそれ言おうとしたところですのに!? どーして取っちゃうですか!?」
「……ロレッタの考えることなどお見通し」
「カッコよく決めたかったですのにぃ!」
「お~い、姉ちゃん。そろそろ準備しないと、本当にヤバいぞ」
「開店時間遅れると、お兄ちゃんに怒られるよ」
「うぐっ……だ、大丈夫ですよ、ちょこっとくらい遅れても、言わなければバレないですって……」
「「えっ……マジで言ってる?」」
あぅう……きっとたぶん、どういう方法を使ってかは分かりかねるですけど……バレて怒られるですね。確実に。
「よぉーし、それじゃあ大急ぎで開店準備です!」
「「おぉー!」」
「マグダっちょ! 一番の古参として、あたしたちに指示をお願いするです!」
「……うむ。ではまず……今朝のマグダを褒め称える歌を斉唱――」
「時間ないですよ!?」
そんなこんなで、一番客のウーマロさんがやって来るギリッギリ直前に、無事陽だまり亭は開店したです。
「いらっしゃいませです! ようこそ陽だまり亭へ!」
今日もあたしたちが、笑顔でお出迎えするです。
陽だまり亭は、今日も元気に営業中です!
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