「ようこそ、二十四区教会へ」
ドニスとフィルマンを出迎えたのは、陽だまり亭一同。
メイクを施したマグダとロレッタを両脇に従え、センターで太陽のような微笑みを湛えるジネットが来客を出迎える。
……つかロレッタ。いつの間にメイクしてもらってたんだよ? エステラが迎えに行く前、だよな。あの短時間で、リベカとソフィーの感動の再会の横でおねだりしたのか。たいしたヤツだよ、ホント。
本来なら、教会のシスターであるソフィーやバーバラが出迎えるべきなのだろうが……ソフィーを連れてくると、出会い頭でフィルマンに危害を加えかねない。でなくとも、表情に出るだろうからソフィーは置いてきた。
バーバラは……
もし俺がドニスの立場で、初めてこの教会に来たとしよう。重い鉄門扉を開けた先にバーバラが立っていたら……悲鳴を上げて逃げ出す。
後ろには鬱蒼と生い茂る林もあるしな。
心臓に悪そうなので、バーバラも置いてきた。
そんなわけで、陽だまり亭メンバーだ。
こいつらは出迎えにも慣れているし、何より見た目に華やかだ。
現に、ジネットたちがいる付近は鮮やかに色付いて見える。
「ほぅ、これは美しい」
思わずといった感じで、ドニスの口からそんな言葉がこぼれ落ちる。
もっとも、その「美しい」が指しているのは、陽だまり亭ご自慢の美人従業員たちではなく、ミリィ渾身のフラワーアレンジメントであるようだが。
ドニスたちを出迎えたのは、三十五区にある花園の美しい花々。
存在感たっぷりの飾りつけで、そこに小さな花園が誕生している。
会場までの道を花で埋め尽くすことは敵わなかったが、緩急をつけた装飾で不足分をうまく補い「あえてそうしている」ようにすら感じさせる。
ミリィはセンスがいい。
うまく育てれば一流の詐欺師になれるだけの素質がある。ないものをさもあるように見せるそのセンスは、きっと詐欺の世界でも異彩を放つことだろう。
「まずは、こちらをお試しください」
ジネットの言葉に、マグダとロレッタが花園の花の蜜――ネクターを差し出す。
花のカップに入れられたネクターは、さながらウェルカムドリンクのようなものだ。
「これは、見事な味だな」
「え、えぇ。とても美味しいです」
酒を飲まないドニスは結構甘党なようで、ネクターをとても気に入ってくれたようだ。
一方、フィルマンの表情は冴えない。……女性に差し出された飲み物を受け取ったのが、そんなに気になるか。罪悪感に濡れた表情をさらすな、この拗らせボーイ。
「ぁは、ょかった……。喜んでもらぇて」
林の中に身を隠す俺の隣で、ミリィがほっと息を漏らす。
自分の飾りつけた花がどう見られるか、気になって見に来たのだ。
「お手柄だったな、ミリィ。おかげで第一印象は最高だ」
「ぇへへ……ぅれしい、な」
くすぐったそうに笑うミリィの頭の上で、大きなテントウムシが揺れる。
「では、改めてご案内します。ミスター・ドナーティ」
ジネットたちが脇へとよけ、エステラが先頭に立ってドニスとフィルマンを案内する。殿にはナタリア。
ジネットたちはその場で見送る、プラス、ドアを閉める係だ。
「じゃ、俺たちも戻るか」
「ぅん。次の準備、だね」
ドニスたちが林へ入る前に、ミリィと二人でその場を離れる。
庭へと戻ると、ベルティーナを中心として、ガキどもがずらりと勢揃いしていた。
長い紙を、並んだガキどもが協力して持ち、広げている。
その紙には『ようこそ! 領主様。お会いできて光栄です』と書かれていた。いつの間にあんなもんを作ったんだ?
「うふふ。子供たちが、何かお役に立ちたいと言っておりましたので」
それで、ベルティーナがこんな提案をして、ガキどもが協力して作った、というわけらしい。
ナイスな思いつきだ。
ガキどもにウェルカムされるのは嬉しいだろう、領主ともなればなおのことだ。
「おぉ、これは」
林を抜けてきたドニスが、ガキどもの歓迎を受けて相好を崩す。
ガキ嫌いではないようだ。むしろ、少し好きなのかもしれない。そんな感じの喜びが顔に表れている。
……まさか、この中の九歳女児辺りにときめいている、なんてことはないと信じたい。
…………ないよな?
「こんな温かい歓迎を受けたのは実に久しぶりだ。感謝する」
ドニスの言葉に、ガキどもが顔を見合わせてわっと声を上げる。
喜ぶガキどもを見て大いに頷くドニスだが、ほんの一瞬だけ、眉根を寄せた。
おそらく、怪我をした獣人族のガキどもについて、何か思うところがあったのだろう。
この教会がそういう連中を保護、扶養しているということは知っていたのだろうが、実際会うことはそうそうない。
バーバラに確認したところ、ドニスがこの教会を訪れるのは初めてなのだそうだ。
何かある際は、バーバラが領主の館へと呼び出されているのだとか。
毎朝教会に飯をたかりに来るどこぞの領主とは対照的だな。
まぁ、この教会の意義を考えれば、みだりに部外者を入れられないってのは分かるのだが。
「元気のいい、子供たちだな」
「はい。元気は、この子たちの特技ですから」
ベルティーナがそんなことを言う。
ドニスは少し驚いたような表情を見せたが、微笑むベルティーナを見て「そうか」と呟いた。
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