異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

13話 川漁ギルドのギルド長 -5-

公開日時: 2020年10月12日(月) 20:01
文字数:3,992

「んで、農家のモーマットから聞いたんだが、あんたらギルドより高く食材を買い取ってくれるんだって?」

「それは違う」

 

 その解釈には語弊がある。

 俺たち『ゴミ回収ギルド』が出来るのは、あくまで『商品にならない廃棄物』を買い取る行為だ。

 そして、その買取価格が行商ギルドよりも少し割高というだけのことだ。

 どれだけを余剰分とするかは各々の勝手だが、あまりに目につく行為を続ければ行商ギルドも黙ってはいないだろう。

 ゴミ回収ギルドが廃業に追いやられるだけならまだ可愛いもんだが、行商ギルドのヤツらがそれだけで終わらせるはずもなく、俺らと関わりを持った者たちに必ずや鉄槌を下すだろう。それこそ、死人が出てもおかしくないほどの制裁をな。

 だいたい、それ以前の問題として俺たちに資金の余裕はない。つまり、どんなに余剰分を用意してもらおうと、俺たちが買い取れるのは『自分たちが必要な分だけ』だ。

 

「変な期待をされても応えられないからな」

「じゃあ、具体的にどんなものを買ってくれるんだ?」

 

 具体的にか……

 

「例えば、大量に捕れ過ぎるもの。もしくは捕れても売り物にならないもの、だな」

「売り物にならないものってんなら、そこのが全部そうだ」

 

 言って、デリアはアゴで樽を指し示す。

 

「…………は?」

 

 今、なんと?

 

「その魚は身が赤いんだ。川魚は白身と決まってるだろ? だから、赤い身の川魚なんて気味が悪くて食べられねぇって、行商ギルドは買取を拒否してんだよ」

「ば…………」

 

 バカなのか、行商ギルド!?

 

「焼いて食うと美味いんだけどなぁ……こいつはあたいら漁師しか食わない下魚なんだよ」

「バカなことを言うな!」

 

 鮭は日本人の心!

 煮てよし焼いてよし加工してよしの最強魚だろうが!

 

 これは、買いだ!

 

「とりあえず、この魚は定期的に欲しい。捕れる時期はいつくらいだ?」

「こいつなら、年がら年中ここで捕れるぜ」

 

 マジでか!

 異世界すげぇな!

 

「な、なんだか、ヤシロさんが熱いです!?」

「彼のスイッチは、たまに理解しかねるね。……いや、いつも理解しかねるか」

 

 ふん!

 なんとでも言うがいい!

 鮭を食う習慣がないだなんて、お前ら人生の半分を損してるぞ!?

 

「よし。じゃあ、こいつを優先的に譲ってくれ」

「いいのか? こんなもん出したって、客は食わないぞ?」

「なら俺が食う。俺が食って、こいつがいかに美味いかを分からせてやる。それでも分からんヤツは食わなくていい!」

 

 ここでの会話で、俺は重要なワードを聞いている。

『川魚は白身と決まってる、赤い身は気味が悪い』

 なら、こいつを海魚として提供してやればいいのだ。

 嘘にはならない。

 客にはこう言ってやればいいのだから。

 

『大海原を回遊した赤い身の魚だ』とな。

 

 捕れた場所は川だが、こいつらは一度海に出て戻ってきた魚なのだ。

 なぁに、こいつらが日本の鮭と同じだという確証はある。

 同じ環境にいなければ、ここまで似た外観にはならない。

 同じサケ科でも川で一生を終えるヤマメは、鮭とはまるで別物みたいな外観だからな。

 

 つか、わざわざ川だ海だと言わずに、『鮭のムニエル』とか『焼き鮭』とか、そういうメニューにしてやればいい。

 それでも食わないってんなら、フレークにでもしておにぎりとして出してやる。

 でなきゃ、鮭のあら汁か?

 こいつはどんな調理法も出来る便利な食材だ。損をすることはない。

 

 こいつらがその価値を知らないと言うのであれば……買い叩いてやる!

 

 ジネットはこれまで、川魚の入荷に10キロあたり1600Rbも使っていやがった。

 鮭が三尾前後で一万六千円とかあり得ないだろう? どこの高級ブランドだよ?

 

「この魚、10キロ100Rbでどうだ?」

 

 日本だと、大きめの鮭一尾で三千円くらいだ。

 この鮭は3キロから4キロってとこだから、一尾三百円程度で買おうって腹だ。……さすがに買い叩き過ぎか?

 

「そんなにいいのか!?」

「……え?」

「あんた、いいヤツだなぁ!」

 

 デリアが俺の両手を取り、ブンブンと上下に振る。

 やめろっ! 肩がっ! 肩が外れるっ!

 

「こいつはな、あたいの大好物なんだが……どうも人気がなくてなぁ……ちょっと悲しかったんだよ、実際」

 

 自分が努力して捕らえた魚を忌避されるのは、漁師にとってはつらいことかもしれない。

 寂しげな表情を見せたデリアは、少し儚げに見えた。

 

「んでも、あんたはこいつに値をつけてくれた。モーマットの言った通り、あんたはいいヤツだな!」

 

 いや。

 お前たちの無知を利用して買い叩いているだけだが。

 

「実は、行商ギルドの連中にさ、『陽だまり亭と取引するなら買取価格を下げる』って脅されちまってな」

「そう言われて、なんで取引しようとしてんだよ?」

「だって、ムカつくだろ!? 命令されてるみたいでさ!」

 

 まぁ、確実に命令してんだろうけどな。

 

「だから、行商ギルドが嫌う『陽だまり亭』ってのがどんな連中なのか、この目で見てみたかったんだ」

「見た感想はどうだ?」

「なんか、可愛いな!」

「いや……誰がジネットの見た目の話をして……」

「バッカ! あんたがだよ!」

 

 デリアはそう言うと、俺の首に腕を回しグイッと抱き寄せた。

 きょ、巨乳が! 巨乳が顔にっ!?

 

 ……と、思ったのだが。

 デリアの巨乳が頬に触れる寸前、エステラの手が俺の頬とデリアのおっぱいの間に挟み込まれた。

 

「えぇい、エステラ! なぜ邪魔をする!?」

「商談相手から賄賂をもらうのは、交渉人として失格だと思ったものでね」

「賄賂ではない! 誠意だ!」

「……君は汚職塗れの議員のようだね」

 

 くっそ!

 この手の向こうにぽよんぽよんが待っているというのに!

 張りのある、ダイナマイツなぽよんぽよんがっ!

 

「ん? あ、悪い悪い! 男にこういうことしちゃいけないんだっけな」

 

 エステラの妨害のせいで、無防備なおっぱいが警戒レベルを上げてしまった。

 デリアは俺を拘束していた腕を離し、俺を解放する。

 

 くそぉ!

 もうちょっとだったのに!

 

「…………なんて、弾力なんだ……」

 

 俺の邪魔をしたエステラが、俺以上にへこんでいる。

 何がしたかったんだよ、お前は。

 

「とにかく! あたいはあんたらが気に入った! ギルドが難癖つけてくるかもしれないが、そんなもんは知らん! あたいにケンカを売る勇気があるなら買ってやるさ!」

 

 行商ギルドも、こういうタイプ相手には交渉がしにくいだろうな。

 

「あ、あの、でも。決して無理はなさらないでくださいね」

 

 ジネットが不安げな顔で言う。

 

「交渉というのは、きちんと考えて、状況を判断した上で行わないと足をすくわれてしまいますから」

「どの口が言ってるんだっ!?」

 

 思わずツッコミを入れてしまった。

 

 こいつ、よく言えたな、そんなこと!?

 無計画、無配慮になんでも「YES」と言ってしまうお人好しが!

 

「けどなぁ……行商ギルドより、あんたらと仲良くしたいからなぁ」

「しかし、君だけの判断で川漁ギルド全員の生活を脅かすわけにはいくまい?」

「川漁ギルド全員の?」

 

 あぁ、こいつ、分かってないんだ。

 エステラがそのあたりのことを噛み砕いて説明し始める。

 

「陽だまり亭には金銭的余裕はない。よって、自分たちで使う分しか買い取ることは出来ない。その金額は、決して川漁ギルド全員の生活を保障できるものではない」

 

 うんうんと、デリアは頷きながら話を聞いている。

 

「必然的に、川漁ギルドは今後も行商ギルドと付き合いを継続する必要がある。その際、陽だまり亭に加担したせいで不利な条件を吹っかけられる危険があるんだよ……分かるかな?」

「つまり…………殴って黙らせればいいのか?」

「いや、違う……ヤシロ。ボクはこの手の人が苦手なんだが……」

 

 エステラから選手交代の要請が来た。

 しょうがねぇな。

 

「デリア、行商ギルドにはこう言っておけ」

 

 この手のタイプには、簡潔に、分かりやすく、それ以外考える余地のないことを端的に告げるに限る。

 

「『陽だまり亭には、赤い身の川魚を売ってやることにした』ってな」

 

 行商ギルドが売り物にならないと判断している下魚。それを売りつけてやったということは、川漁ギルドが陽だまり亭との商談を突っぱねたという意味合いになる。

 まさしく『売り物にならないゴミを売りつけた』ということになるのだ。

 

 このオールブルームにおける物の価値と知識のある者相手だからこそ、有効的な一言だと言っていい。

 そう言っておけば、行商ギルドも当面は川漁ギルドに対して風当たりを強くすることもないだろう。

 尚且つ、それによって俺らゴミ回収ギルドへの今後の警戒が弱まればさらに都合がいい。

 ちなみに、『赤い身の魚以外を売らない』とは言っていないところも重要なポイントだ。

 

「そう言えばいいのか?」

「あぁ。そう言えば、行商ギルドもうるさく言わないし、俺たちもお前たちもみんなハッピーだ」

「うん! 分かった! んじゃあ、そう言っとくぜ!」

 

 たぶん、何も理解していないのだろう。

 だが、それだからこそ、行商ギルドに探りを入れられてもボロが出ることはないはずだ。

 理解していないヤツは隠す以前に何も知らないのだから。

 

 こいつは事実だけを言えばいいのだ。

 

 そして、その事実をどう解釈するかは相手の勝手、ということだ。

 

「君にしては、まともな交渉だったね」

「俺は、こう見えて善人なんだぞ?」

「その言葉……今回だけは『精霊の審判』にかけないでおいてあげるよ」

 

 まるで信じられていないようだ。

 まぁいいさ。

 こっちは格安で川魚と海魚の鮭を手に入れることが出来たんだ。

 大儲けと言ってもいい。

 

「ヤシロさん!」

 

 そして、嬉しそうに微笑む陽だまり亭の店主。

 

「みんな幸せで、嬉しいですね!」

 

 ……なんだろうなぁ。

 こいつのお人好しは、最早病気じゃないかと疑うレベルなんだよなぁ。

 

 まぁ、もっとも……

 最近はその笑顔にちょっと癒されている俺が、いたりするんだけどな。

 

 

 ……少し気を引き締め直さないといかんかもしれんな。

 浮かれている場合じゃない。

 

 俺は、こいつらとは住む世界が違うんだ。

 それだけは……絶対に忘れちゃいけない。

 

 

 

 

 

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