イラストを見た会場の者たちからは「わぁ」と感嘆の声が漏れる。
よしよし。この分野ではまだベッコにも負けてない。
この世に存在しそうでしていないものは、人の創造力を引き出し、かき立てる。
「ヤシロちゃん! 私、このお洋服作りたいです!」
ウクリネスが見事に釣れた。
美しいドレスをあえて引き裂いたような、それでいて均整の取れた映えるデザインだ。
「へぇ……結構可愛いね」
エステラも、二枚のイラストを見て感心したような声で言う。
話の内容はちょっとアレだが、イラスト自体に恐怖感を煽るような要素はない。
まぁ、若干白い法衣が赤く滲んでいたり、花嫁の顔が泥で汚れていたりはするけれども。
このような仮装メイクをしても、モデルは十分に可愛く見えるであろう仕上がりになっている。
ジネットを見ると、恐怖の表情はすっかりどこかへ消え失せ、まったく別の表情が顔を覗かせていた。
それは、「あれ? ……いや、でもまさか……でも…………ん~?」みたいな、困惑の表情だ。
う~ん……ジネット以外のヤツなら一発で気付くと思うんだけどなぁ。
こんなに分かりやすく描き上げてきたのに。
じゃあ、もう一方のモリーは……というと。
「兄ちゃん」
少々不機嫌そうな表情で、お盆を持ってパーシーの前へと戻ってきた。
お盆には布がかけられていて中は見えない。……が、あの膨らみは。
「モリー! どこ行ってたんだよ!? いいか、さっきのはあんちゃんの創作だからな? オレ、一切関係ねーから! 怒るなし、マジで!」
「……じゃあ、兄ちゃんは私が結婚したいって男の人を連れてきたらどうする?」
「そりゃ殴るけど」
「…………」
「だぁ~、待って! 違う! そーじゃなくて、とりあえず最初に話し合って、で、話し合ってから殴るから!」
「はぁ……兄ちゃんは、まったくもぅ……」
呆れた顔でお盆を差し出すモリー。
戸惑いながらもお盆を受け取るパーシー。モリーの行動の意味を把握しかねているようだ。
「へ? これ、なに?」
「一応、真面目に働いて、納期に間に合ったみたいだから」
「納期? ……あ、あぁ! 砂糖な。うん、間に合ったぜ。時間ドンピシャ! 最後の追い上げがマジすげーの! 終わった後みんなで抱き合って喜んだもんなぁ、マジで」
「くす。楽しいでしょ、お仕事?」
「ん~……まぁ、モリーがいれば、もっとだったかなぁ」
「私がいたら、兄ちゃんいなくなるじゃん」
「うっ……そ、そこは、ほら、……分担? 的な?」
「……兄ちゃん?」
「あぁ、いや! オレも真面目に働くし! つかゼシカおばさんに『あんま遊び歩いてると家からも工場からも追い出す』とか言われてっし! あの人、マジでやる人だし!」
「あの家、私一人だと広過ぎるから……追い出されないように頑張ってね」
「おう! 任せとけって!」
「じゃ……頑張った兄ちゃんにご褒美」
言って、お盆の上の布を取り去る。
お盆の上には綺麗な三角形のおにぎりが三つ並んでいた。隣には湯気の上るお茶もある。
「モリー……これ?」
「私が握ったんだよ。どう、上手でしょ?」
「モリー……」
照れくさそうに俯くモリー。
パーシーは、感動でもしたのか固まっている。
あぁそうか。
モリーはこのために「今日中にマスターする」っておにぎりの練習をしていたのか。
んだよ。
パーシーのくせに。
果報者。
「すっげぇ! マジすげぇよ、モリー」
「おにぎりくらいで、……大袈裟」
言いながらも、モリーは嬉しそうだ。
「いや、マジでビビったって。お前、家事全般引き受けてくれてっけど、料理だけはどんなにやっても上達しないもんなぁ。他は完璧なのに、料理だけはエグいくらいに出来なくてどん引きレベルなのに――」
「食べたくないなら返して」
「食うって! 是非食べたい! だって、見た目がまともだもん!」
「……兄ちゃん? 家、出るよ?」
「なんでだよ!? 褒めてんのに!」
いや、盛大にディスってるよ、お前は。
そうか、モリー……料理ダメなのか。まぁ、あれもこれもなんでも出来る人間なんてそうそういないもんな
特に、幼いうちに母を亡くしていると、料理を教えてくれる人がいなくなるからなぁ。
「うんめぇ! なにこれ! ちょー美味いんですけど!?」
「もう…………大袈裟」
おにぎりを頬張って大騒ぎするパーシーに、モリーが恥ずかしそうに顔を背ける。
が、背けられた顔は嬉しそうに緩んでいた。
なんだかんだ、モリーも結構なブラコンなんだよなぁ。
「モリー、オレのために練習してくれたんかぁ~。かぁ~! ウチの妹最高! 世界一可愛い!」
「も、もう! 恥ずかしいから、そういうことみんなの前で言わないで!」
二人きりの時は言ってほしいと。
あ~ぁ、パーシー喉詰めてもんどり打たないかなぁ。
「やっぱモリーは最高だなぁ! 一生誰にも渡さない!」
「………………兄ちゃん?」
嬉し恥ずかしゆっるゆるだったモリーの顔が一瞬で絶対零度のキリッとした冷たい表情へと変わる。
わぁ~お、ドライアイスみたいな白い冷気を幻視しちゃう。
……俺の創作オバケ話、フィクションじゃなくなっちゃうかも。
「さっさと食べてさっさと帰れば」
「ちょっ、モリー! 褒めてんだって!」
縋りつくパーシーに背を向けるモリー。
そして、舞台の上で掲げられている二枚のイラストに気付く。
じっと見つめ、「……え?」と呟いて、足早にイラストへと駆け寄る。
至近距離でイラストをじっと見つめて、油の切れたブリキ人形のようなぎこちない動作で俺へと視線を向ける。
「あ、あの……ヤシロ、さん?」
ぎぎぎ……と、軋むような動作のモリーの後ろに、いつの間にかジネットもやって来ていた。
モリーと並んでイラストを見て、「……やっぱり」と呟いている。
「気のせいだとは思うんですけれど……これって」
亡者花嫁と亡者シスターのイラストを前に、揃って俺を見つめるモリーとジネット。
「なんだか、私たちに、似て……ません…………よね?」
否定したい思いが文法をねじ曲げているが、「似てませんか?」を「似てませんよね?」に換えたところで現実は変わらない。
だって、お前たちがモデルだもん。
っていうか、思いっきりそっくりに描いてあるだろう?
亡者シスターの方なんか、他ではあり得ないくらいの巨乳、いや、爆乳だしね☆
「これが、お前たちがハロウィンで着る衣装だ」
「「えっ!?」」
声を揃えて驚いて、二人同時にイラストを再度見る。
そして、これまた二人一緒に頬を押さえて――
「「お、おなかが……」」
――と、同時に同じ言葉を呟いた。
そうなんだよなぁ。
土砂で服が破れて、亡者花嫁も亡者シスターもお腹丸出し……っていうか、お腹に視線が向かうようなデザインになってるんだよなぁ。
「「……アレ、本気だったんですね……」」
俺が言った言葉。
『お腹を出して大通りを歩いてみるか?』
嘘でも酔狂でもなんでもなかったんだぜ。
「本番まで、一緒に頑張ろうな」
「「はぅ……っ!」」
ジネットとモリー、それぞれの肩に手を置くと、二人はこれまた同時に自分のお腹を両手で覆い隠していた。
その後、優秀者の発表が行われ、新作お菓子が授与される。
最優秀賞を手にしたのは――すっげぇ悔しいんだけども――ルシアだった。
「家宝にしよう!」
「食えよ!」
「食べたらなくなるだろうが、カタクチイワシ!」
「お前はイメルダか!?」
じろじろ見つめて、あちこちで自慢した後、「この次も食べてやるからまた作れ」と、随分と上から目線でほざきやがった。
この次は金を取るからな?
そうして、閉会の挨拶が終わった後は、当然のように大宴会へとなだれ込んだ。
運動会の時のように、カンタルチカから酒と肉が運び込まれ、陽だまり亭もアッスントの食材を簡易調理場で料理して参戦した。
どんちゃん騒ぎが夜遅くまで続き、陽だまり亭に帰り着いたのはすっかり夜も更けた後だった。
ジネットもマグダも眠そうにしていて、陽だまり亭に着くなり自室へ戻ろうとしていたので、なんとかマグダを確保して――今夜最後のトイレを完遂した。
これ以降は明日、日が昇ってからだ。
……どうか、窓が変な音を立てずに、大人しく眠れますように…………
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