異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

262話 ブロッケン現象 -2-

公開日時: 2021年5月13日(木) 20:01
文字数:3,856

 朝食が終わる頃には日も随分と高く昇り、霞も晴れてきた。

 これでもう、ブロッケン現象が見られることはないだろう。

 

 ……と、思っていたら。

 最後の最後に、とんでもない光景が俺たちの前に現れた。

 

「お兄ちゃん、見てです! あたしたち、空に浮かんでるですよ!」

 

 教会を出た俺たちの影が、上空に浮かんでいた。

 それも、あちらこちらに無数に。

 

「……どういうことかな、これは?」

 

 空に浮かぶ無数の影に、エステラも戸惑い気味だ。

 ジネットやパウラたちはぽかーんと口を開けて空を見上げ、ロレッタやマグダは手足を動かしてどれが自分の影かを探り、ノーマは達観したように煙管をふかした。

 

「ちょっと考えられないことだが、無理やり理由をつけるとすれば……乱反射、かな?」

 

 高く昇った太陽から日光が降り注ぎ、その光が銀色に輝く雪に反射して俺たちの影を上空へ映し出した。

 ただし、積もった雪は決してなだらかではないため反射した光は様々な方向へ拡散して、いくつもの影を浮かび上がらせた。

 

 あとは、俺たちの目線の高さの霞は晴れて視界はクリアになっているが、上空にはまだ霞が残っており、そこがスクリーンになって影が浮かんでいる……とか?

 

 そんなことが起こり得るのか?

 日本で聞いたなら「んな都合よくいくかよ」と鼻で笑いそうな空論ではあるが……実際目の前でその現象が起こっている以上、「なくもない、のか?」と釈然としないまでも思わざるを得ない。

 科学的に「こういう現象が起こり得る」という推論ではなく、目の前で起こっている不可思議なことに対して無理やり理由付けするという真逆の方法を取っているわけだから、理論が破綻していようが俺のせいじゃない。

 クレームなら、こんな奇怪な現象を遠慮もなく全力で巻き起こしやがった精霊神に言ってくれ。

 

「お兄ちゃんといると、いろいろ不思議な出来事に遭遇するですね」

「俺のせいにすんじゃねぇよ」

 

 俺だって、こんな非常識な出来事に遭遇したの初めてだっつの。

 

「あぁ、そうだジネット。この後どうする?」

 

 この後は、屋根の雪下ろしをして、庭と店の周りの街道の雪かきを行う。

 そして、集まった雪でかまくらと雪像作りをするのだが……

 

「教会の雪かきも手伝うんだろ?」

「はい。多少、ですけれど」

 

 教会には男手がない。

 いるのは、料理と裁縫に長けた寮母のオバサンたちだけだ。

 去年までは、ベルティーナとガキどもで必要最低限の場所だけ雪かきをしていたらしいのだが、去年陽だまり亭のかまくらを見て今年は是非やりたいと言い出したそうだ。ガキどもが。

 

「まずは陽だまり亭の雪かきを終わらせないと話にならないよな」

 

 ガキどもの相手をしたら、体力なんぞあっという間に枯渇する。

 疲れた体で陽だまり亭へ戻ってみたら雪が山積み……なんてのは御免だ。

 

「お兄ちゃん。ウチの弟たちが物凄く張り切ってたですから、いくらでも貸し出すですよ」

「お前ん家の雪かきはいいのかよ? 敷地、広いだろ?」

 

 なにせ、ヒューイット家には三棟もの家が建っているのだ。

 専有面積も当然それに合わせて広くなっている。

 結構大変だぞ。……と、思ったら。

 

「ウチの雪かきはもう終わってるですよ。日が昇る前に終わらせたです」

「相変わらずパワフルだな、お前んとこの弟どもは」

「かまくら用の雪も、ちゃんとストックしてあるです」

「今年はあっちこっちにかまくらが出来そうだな」

 

 今年はかまくらカフェをしても、そこまで客は集まらないだろう。

 きっと大通りにもかまくらが並ぶだろうし、客は分散するな、こりゃ。

 

「じゃあ、教会の雪かきを手伝いに来たらかまくら教えてやるって言っといてくれ」

「分かったです! きっとあの子たち喜ぶです!」

 

 ロレッタがハム摩呂に合図を出し、ハム摩呂が喜び勇んでうずたかく積もる雪の中へ飛び込んでいく。

 雪の壁に穴を掘って、雪のトンネルをズンズン突き進んでいって、姿が見えなくなった。

 ……そういや、あいつら穴掘りの天才だったな。雪かきくらい、お手の物ってわけだ。

 

「おかしい……豪雪期はとてつもない積雪のため、表を出歩けない時期だと聞いた気がするんだが……」

「四十二区には獣人族が多いからね。多少は、他の区よりもパワフルな過ごし方になるさ」

 

 随分といいように解釈している微笑みの領主。

 このレベルの豪雪は、日本でも災害認定される規模なんだぞ。

 そんな日に「かまくら~!」「うはは~い!」ってガキを連れて表を出歩くとか……SNSに投稿した瞬間大炎上間違いなしだ。

 

 去年は、イメルダが遭難しかかってたってのに…………あ、今年もか。

 

「イメルダ……来年はどんな風に遭難するんだろうな」

「そんな恒例行事を生み出すつもりはございませんわ!」

 

 いいや、お前はきっと来年も遭難する。

 毎年わずかずつ面白さをアップさせてな。

 

「ちょぃとヤシロ。雪かきを手伝えば、誰でもかまくらの作り方を教えてくれるんかぃね?」

「なんだ? 乙女がかまくら作りたがってるのか?」

「そうなんさよ。去年はちょっとしか堪能できなかったって言ってね、今年は金物通りにかまくらを作りたいんだとさ」

「どうせ大通りにいっぱい出来るっつーのに」

「その大通りのかまくらを、ヤツらが占領してもいいんかぃ?」

「それは困るな」

 

 営業妨害以外の何物でもない。

 下手すれば飲食ギルドが大ダメージを負いかねない。

 

『四十二区の飲食店は、店の前に乙女の入った雪の檻がある』なんて噂が流れたら、外からの客が怖がってやって来なくなる。

 折角ニューロードが出来て外からの客が増えているこの時期に、それは看過できない。

 

「つっても、教会の雪かきにそこまで人出はいらねぇしなぁ……」

「ほんじゃ、何か別の仕事をやらせればいいさね」

「だったら、金物通りから教会までの街道を通れるようにしてもらうっていうのはどうかな?」

「それはいい案さね。そうすりゃ、連中も行き来が楽になるだろうし、陽だまり亭にも客が来やすくなるからねぇ」

 

 なんて言いながら、俺にウィンクを寄越してくるノーマ。

 エステラまでもがしたり顔だ。

 さも、「そーゆー利益が欲しいんだろ?」とでも言いだけだ。

 ふん、好きにしろよ。

 

「んじゃあ、教会でかまくら講習会でもするか」

「はいはーい! あたし特等席予約ね!」

 

 パウラが誰よりも意気込んでいる。

 

「アレ、簡単だぞ? 丸めて穴掘るだけだからさぁ」

 

 それが出来るのはお前くらいなもんだよ、デリア。

 力任せでどうにかなるほど、雪玉は軽くないんだ。普通なら、人がゆったり入れるくらいのサイズのかまくらなんか出来ないんだよ、その手法じゃ。重過ぎて。普通ならな!

 

「では、ヤシロさん。わたしはシスターに今決まったことを伝えてきますね」

「そうだな。教会の庭の使用許可をもらわないと」

「見返りは、温かいお汁粉でどうでしょうか?」

「それなら、交渉成立間違いなしだな。……餅も入れるか?」

「入れましょう! おぜんざいですね」

 

 お汁粉とぜんざいの違いはいまいちよく分からないが、焼いた餅が入っているのはぜんざいって感じがする。

 今回はそっちを作ろう。

 どうせ、かまくら講習なんかしてると、手が余るヤツがいっぱい出るんだから。

 

「今年は売り上げ期待すんなよ」

「はい。今年は、みなさんとのんびり過ごしたいです」

「ジネットちゃん、騙されちゃダメだよ。『利益を期待するな』って言ってる本人が、『いかにして利益を上げてやろうか』って考えてる顔をしているからね。かまくらで稼げない分、何か別のことを仕出かすかもしれないよ」

 

 ふん。

 利益が下がるのは去年から想定していたことだ。

 ただまぁ、何か別の方法で稼げるならそれに越したことはないと、思ってはいるけどな。

 

 かくして、教会で開催されたかまくら講習には「おい、ハムっこ、どんだけ宣伝して歩いたんだよ……」ってくらいの人数が詰めかけ、その大所帯が道中の雪かきをしてくれたおかげで、豪雪期初日だってのに街道はすっかり歩きやすくなっていた。

 来年から、もう保存食とかいらねぇんじゃね?

 

 途中雪がぱらついたり、容赦なく体温を奪っていく冷たい風にさらされたりと、悲鳴と絶叫がこだましていたりもしたのだが、参加者はみな楽しそうにかまくらの作り方を学んでいった。

 俺がやったのは、雪玉をピラミッド型に積み上げて、隙間を雪で埋めながら形を整えていくオーソドックスな作り方の伝授だけだ。

 参加者全員が教会の庭にかまくらを作るわけにはいかないので、聞くだけ聞いて、実践するのは各々のフィールドに帰ってからということになった。

 

 そんな聞くだけのつまらない講習会の隣では、ガキどもが楽しげに餅つきを始め、「ぺったんぺったん」の大合唱が巻き起こる。

 ……お前らに教えるためのかまくら講習会なんじゃなかったのか、これ?

 

 そして、飽きてきたのか、気付いたらベッコとイメルダによる雪像講習会が同じ会場で開催されていた。

 そっちは女子に人気だった。

 

「みなさ~ん! 寒い中お疲れ様でした~! 温かいおぜんざいを召し上がってくださ~い!」

 

 ジネットの声に歓声が上がる。

 例年なら、これから始まる長い豪雪期を憂いているような時間に、どいつもこいつも楽しそうに笑顔を見せている。

『焼き餅、誰が一番伸びるか大会』なるものまでもが即興で開催され、言い出しっぺのロレッタが優勝をかっさらっていった。

 

 豪雪期はまだ続く。

 日が落ちれば雪が降ることもある。

 

 このまま酒盛りでも始めそうだった連中を一喝して、日が暮れる前に解散し、それぞれを帰路に就かせた。

 

 くたくたになった体を引き摺って、ようやく陽だまり亭に戻れたのは、茜の空が紺色に飲み込まれていくような時間だった。

 

 

 

 

 

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