異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

10話 ジネットへのテスト -1-

公開日時: 2020年10月9日(金) 20:01
文字数:2,004

 教会への寄付から始まり、ベルティーナやエステラとの出会い、そしてモーマットとギルドの衝突からアッスントとの対決、その後は閑古鳥の鳴く食堂で椅子と机を直し、グーズーヤの踏み倒した代金の支払いを約束させた。

 そんな、いろいろなことがあった一日が終わり、また新しい朝がやって来る。

 

 ……昨日と同じく、陽も昇る前からジネットは活動を始め、俺はそのいい匂いによって目を覚ます。

 

 そして、昨日と同じくまだ暗い中庭へと降り立ち……

 

 昨日と同じく中庭に張られた白い大きな布――桃源郷への入り口を目撃する。

 

 昔聞いた話では、桃源郷を離れた漁師は二度と桃源郷にたどり着くことは出来なかったらしいが……俺はたどり着いたぜ。今再びの桃源郷!

 昨日手に入れたトレジャーはジネットによって没収されてしまったからな。

 今日こそ、俺は手に入れるぜ、トレジャーを。いや……ハピネスを!

 

「ん?」

 

 桃源郷へのゲートをくぐろうとした俺は、昨日はなかった注意書きに気が付いた。

 割と大きめの紙が布に張りつけてある。

 そこにはこう書かれていた。

 

 

『立ち入り禁止です。立ち入ると、高圧電流が流れます』

 

 

 ……ふっ。

 ジネットよ。吐くならもうちょっとまともな嘘を吐け。

 高圧電流?

 このド田舎の、俺から見れば寂れ廃れ果てたような異世界で、高圧電流?

 はっはっはーっ!

 面白い冗談だ。ベストユニーク賞をくれてやろう。

 

 いいかジネット、よく覚えておけ。

 俺たちトレジャーハンターはな、罠があれば尚更燃えるのだ。

 その先に、求めるトレジャーがあると知っているからな!

 

 こんな脅しが通用するか!

 むしろ微笑ましいくらいだ!

 

「いざ、行かん! 希望の楽園へ!」

 

 俺はためらうことなく、白い布を捲り上げた。

 その瞬間、全身に激しい電流が流れる。

 

「アバババババッ!」

 

 指先からつむじとつま先に向かって、凄まじい衝撃が走り抜ける。

 血管の中に氷をぶち込まれたような冷たさが走り、その後から燃えるような熱が広がっていく。

 神経がバカになって、俺の意思とは関係なく手足がおかしな動きを始める。

 ついには立っていられなくなり、俺は地面に転がり、ぴくぴくと全身を痙攣させた。

 

「ヤシロさんっ!?」

 

 鳴り響いた轟音を聞きつけ、ジネットが厨房から中庭へと出てくる。

 

「危険だと書いたのに、どうして触れるんですか!?」

「……そ、…………そこに……夢が……ある、か………………ら」

「ないですよ!? この向こうにあるのは洗濯物だけです。おまけに、今日洗ったのは布巾やタオルばかりですよ?」

「パ、パンツ……は……?」

「そんな毎日毎日、大量に洗い物が出るわけないじゃないですか!?」

 

 言われてみれば、昨日のパンツはどう考えてもまとめて洗ってあった。

 要するに、あの夢の光景は月に一度あるかないかということか……

 下ごしらえに一日のほとんどを費やしていたジネットは、きっと洗濯にまで手が回らなくて洗い物を溜めてしまっていたのだろう。

 ということは、今回のこれは……罠? トラップだってのか!?

 

「……騙…………された………………しくしくしくしく……」

「あ、あのですね、エステラさんが、このように書いて貼っておけと……それで、この機械を仕掛けておけと言われまして…………」

 

 ジネットが、手のひらサイズの黒い箱を見せる。そこにはメモリとダイヤルスイッチがついており、あからさまに怪しい二本のコードが延びていた。

 昨日、エステラがジネットに渡していたのはこれだったのか……

 あの女……余計な物を…………そして、なんでこんなもんにだけテクノロジーが活かされてるんだ……

 

「あの、わたしは、ヤシロさんはそんな罠には引っかからないと言ったんですが、エステラさんは『賭けてもいいけど、絶対引っかかる』と…………わ、わたしは、ヤシロさんを信用して、絶対引っかからないだろうと思って設置をしたんです。なのに……なんで引っかかるんですか!?」

「……男には、自分の世界があるから…………例えるなら、それは……空を駆ける一筋の流れ星で……」

「言ってることはよく分かりませんけど、危険だと書いてあるじゃないですか。なら、開けちゃダメじゃないですか」

「……嘘だと、思ったんだもん…………」

「わたしは、嘘を吐きませんよ」

「嘘だと、思いたかったんだもん……」

 

 いけない。

 痛みのせいで心が弱っている。……涙が出ちゃう。男の子だもん。

 

 ジネットは、俺の体を支え食堂へと運んでくれた。

 安定した椅子に座らせてくれ、甲斐甲斐しく介抱をしてくれる。

 ……やはり、伝承というものは正しいのだな…………たどり着けなかったよ、桃源郷。

 

「……しくしくしく」

「ヤシロさん、まだ痛みますか? あの、わたしに出来ることでしたら、なんでも言ってくださいね」

「じゃあ、パンツをください」

「それは無理ですっ!」

 

 真っ赤な顔をしてジネットは厨房へと引っ込んでしまった。

 机に突っ伏し、俺はさめざめと泣いた。

 本日俺は、すべての業務を放棄し、不貞寝をすることを誓った。

 

 

 

 

 

 

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