異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

121話 三者会談 -4-

公開日時: 2021年1月27日(水) 20:01
文字数:2,970

「さて……と、その前に水を飲んでもいいか?」

「あぁ。ゆっくり飲むといい」

 

 デミリーが答えてくれる。

 これは、「私も聞くつもりがある」という意思表示だ。友好的な態度を見せることで、出来る限り協力をしたいと思っていると、暗に伝えているのだ。

 

 あらかじめ、最悪の結末を明示し、全員の意識をそこに結びつける。

 そして、『最悪、それだけは避けたい』と思わせることで、それよりも『マシ』な案で妥協するように仕向けるのだ。

 ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックの応用だな。

 

 リカルドのおかげで、今この場にいる者の意識は皆同じ位置に並べられた。

「一度でも判断を誤れば、即戦争」

 その緊張感から、話の腰を折ったり、自分の要求だけをゴリ押ししたりはしにくくなる。

 誰だって、開戦のきっかけが自分だとは言われたくないからな。

 

 ゆっくりと水を飲み、口の中を潤す。

 さぁ、いっちょやってやるか。

 

 オオバ・ヤシロ、ソロ公演だ。

 

「俺がやろうとしているのはただの勝負事だ。死人は出ない。だが、勝敗如何によっては領土を失うこともあり得る」

「それは……物騒な話だな」

 

 緊張に耐えられなくなっているのだろう、デミリーが明るい声で言う。

 だが、その愉快な空気はすぐに沈黙にのみ込まれる。

 

「話を続ける。決められたルールに則り、正々堂々勝負をして、明確に白黒をつける。あとから文句のつけようがない、誰の目にも明らかな勝敗を、群衆の前でな」

「観覧試合にするんだね」

「そうだ。各区の領民にとっても、この勝負は重要な意味を持つからな」

 

 エステラの表情がいつになく真剣だ。

 こいつは俺に馴染んでいるから、俺の考えがなんとなく分かっているのかもしれない。

 やってやろうという気持ちと、言い知れない不安。そんなもんが混ざり合ったような顔をしている。

 

「勝者を決めて、それでどうするんだ?」

 

 リカルドが背もたれにもたれて、横柄な態度で聞いてくる。

 だが、視線は真剣そのものだ。

 

「勝者は、敗者に一つ、好きな条件をのませることが出来る」

「……ほぅ」

 

 リカルドの顔があくどく歪む。

 あ、こいつ今勝った時のことを考えたな。はい、それ、負けフラグ。ご愁傷様。

 だが、ここでリカルドが乗ってこないと話にならないので、もう少しだけ神輿に担いでおいてやる。

 

「もし四十一区が勝ったら、素直に街門の設置計画を白紙撤回しよう」

「その代わり、そっちが勝ったら街門を作った上で、通行税を取らないように俺たちに指示できるわけか」

「そうしたいと、思ったならな」

 

 当然、それ以上のことでも可能だ。

 

「四十区にはデメリットの方が大きい話だね」

「まぁな。得るものが少ない上に、リスクが高い」

「オジ様。今回のことはボクたちの区の問題です。どうか、ご無理はなさらず……」

「いや、エステラよ。我々だけが安全圏に立ち、二区の勝負を高みの見物というわけにはいかんよ。中立と言った以上、不干渉は筋が通らない。私たちは『中立』という立場で、この問題に参加したのだからね」

 

 こういう者がトップを務める街は運がいい。

 もしここで四十区が、中立を理由に不参加を表明したら……

 

「勝った方が負けた区を吸収して侵略戦争を仕掛けていた可能性があるな」

「あぁ、俺もテメェと同じことを考えたぜ。同じフィールドに立たなかったヤツに、情け容赦は必要ねぇからな」

 

 腹立たしいことに、リカルドと意見が合ってしまった。

 どっちつかずは、どちらにも嫌われる。そんなのは、子供でも理解できることだ。

 最もリスクの高い四十区がリスクを回避するには、同じフィールドに立つのが最もいい。

 

 同じフィールドに立ち、一番傷の浅い方法で負けるのがいいだろう。

 例えば……どちらかと結託して、傷の残らない負け方をする、とかな。

 勝ちに行くならば、それはそれでありなんだが……やはりメリットは少ないだろう。

 

「なぁに、デミリー。心配はいらんぞ」

 

 椅子から立ち上がったハビエルが、デミリーの肩をバシンと叩く。

 

「お前にはワシら木こりギルドがついておるんじゃ。狩猟ギルドに手を焼くかもしれんが、負ける気はせんぞ」

「はっ! なぁに抜かしてやがんだい、このヒゲ親父が! アタシら狩猟ギルドに力で勝とうってのかい!? 身の程知らずがっ。百年森ん中で修行しといで!」

「なんだと、このババァ!?」

「やんのかい、ヒゲジジイ!」

 

 ハビエルとメドラ。

 デカい二人が立ち上がり、バチバチと火花を散らす。

 怪獣映画のポスターかっつうの。

 

「あ、あの、ヤシロさん……」

 

 恐る恐る挙手をしたのはイメルダだ。発言権が欲しいらしい。

 リカルドとデミリーを見ると、どちらも「了承」の合図をくれた。

 

「発言を許可する」

 

 俺が言うと、イメルダは立ち上がり、静かな声で言った。

 

「その条件では、四十二区があまりにも不利です」

 

 イメルダの隣でアッスントとウッセが激しく首を縦に振っている。

 

「木こりギルドも狩猟ギルドも、どちらも腕に覚えのある者揃いですわ。いくら四十二区にマグダさんやデリアさん、ウッセさんたち狩猟ギルドの支部があると言えど、戦力差は歴然。また、選抜された者同士が勝負をするにしても、やはり人材に大きな差がありますわ。具体例で言うならば、全区から一人だけ代表者を選び試合をする場合、マグダさんでメドラギルド長やウチの父に対抗できるとはとても思いませんわ」

 

 アッスントにウッセ、それにエステラまでもが同じ意見のようで、みなしきりに首肯している。

 見れば、デミリーやハビエル、メドラも俺に同情的な視線を向けている。

 

「おい、お前。名前なんつったっけ?」

 

 リカルドが目を閉じて俺に話しかけてくる。

 頭の後ろで手を組んで、悠々と足を組んでいる。

 

「オオバ・ヤシロだ」

「ヤシロか…………」

 

 体を起こし、膝に肘を置いて前傾姿勢で座り直すリカルド。

 手を組んで、睨むような上目遣いで俺を見つめてくる。

 

「……お前、そんな内容の勝負で勝てるとでも思ってんのか?」

 

 これは忠告か?

 ふふん。なかなか親切なところがあるじゃねぇか。

 これで「ぷぷぷ、あいつ気付いてない。よっしゃ楽勝!」とならないあたり、筋を通せとうるさいメドラがガキの頃からそばにいた影響なのかもしれないな。

 

「勝てるかどうかはまだはっきりとは分からんが……惨敗することはないと思うぜ」

「相当腕の立つヤツでもいるのか、四十二区は? 軍備拡大もただの噂だったんだろ? それでどうやってメドラみたいなバケモノと……」

「リカルド」

「……あ?」

 

 呼び捨てにされたのが気に入らなかったのか、リカルドがスゲェ怖い顔で睨んできた。

 ま、構わず続ける。

 

「お前は、この勝負がどんな内容だと『思い込んで』いるんだ?」

「はぁ?」

 

 どいつもこいつも筋肉自慢、力自慢ばかりしやがって。

 俺がそんな野蛮な勝負方法を提案するわけがないだろう?

 

「俺の提案する勝負方法は、完璧に白黒がつきつつも安全で平和的、血なんか一滴も流れないにもかかわらずドラマティックで感動すら出来る、そういう素晴らしいものなんだ」

 

 日本のテレビでこれをやると、結構な視聴率を叩き出す、企画力抜群の大人気コンテンツだ。

 

「ヤシロ」

 

 エステラが立ち上がり、俺の目を見つめて尋ねてくる。

 

「君は、何をやろうとしているんだい?」

 

 ナイスな振りに感謝しつつ、俺は全員の顔を見渡して、たっぷり間をあけてもったいぶった後、ゆっくりはっきり大きな声で言ってやった。

 

 

 

「大食い対決で、白黒つけようぜ!」

 

 

 

 

 

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